作法委員会では、今日も今日とて首実検の練習。その中で、一年い組の立花 仙蔵は誰の目から見ても分かる程にご機嫌だった。その理由は、今日の授業が女装の化粧についてのものであり、その事で教師だけでなく同級生からも絶賛された事がある。
 化粧の技術を褒められ、今日の委員会活動も化粧。自然とそれらを結びつけ、上機嫌になるのも無理はなかった。

 そんな仙蔵に、とある言葉が降り掛かる。

「あーあ。林蔵が戻ってくれりゃあなぁ・・・。」

 作法委員に所属している四年生の言葉だった。溜息にも似た呟きに、作業を進めていた仙蔵の手がピタリと止まる。

「林蔵、・・・先輩ですか?」
「あー、仙蔵は知らないか。嘗て作法委員だった、俺の同級だよ。」

 同級、という事は話題に登った彼も四年生なのだろう。しかし、「戻って」とはどういう意味なのか。
 仙蔵が問いかけるよりも先に、作法委員の四年生が説明をしてくれた。

「林蔵は俺と同い年な訳だが、変装技術は既に六年生並みでな。俺も純粋に凄いと思ってる。特に、化粧についてはかなりの拘りの持ち主で、俺等が二年・・・いや、三年の最初までは一緒に作法委員をやってたんだ。変装や化粧の技術と正確さは教師陣も認めていて、・・・例えば、仙蔵。今お前がやってる首実検の練習も、今なら同じ時間でお前のこなした数の倍以上を拵えるだろうさ。」
「!」

 そう言われて、仙蔵は絶句。そして、改めて自分のこさえた生首フィギュアの数を数えた。
 作法委員会では文字通りに作法を重んじる。首実検の練習といえど、詰まなければいけない手順も多い。今日は上機嫌だったという事もあり、自分の作業効率は中々にハイペースだと自負していた。けれど、話題に登った先輩は、仙蔵と同じ時間で、仙蔵の倍以上の数をこなしてしまうらしい。

 憧れに近いものが、とくん、と仙蔵の胸で高鳴った。

「その・・・先輩は、お名前は何と言うのでしょう?」
「本名は御園 林蔵。――そういや、「りんぞう」と「せんぞう」で名前が似てるな。四年生ながら、変装の名人と名高い忍たまだ。」

 名前が近い。それだけでも、彼に近付いた気がした。

「先輩・・・。御園先輩に会ってみたいです。」
「そうだな、化粧の話でお前となら盛り上がれるかもしれん。確か、林蔵のいる“ろ組”は明日だったら授業もないって言ってたから、長屋に行けば会えるんじゃないかな。」
「じゃあ、早速明日行ってみます!」

 明日とは、実に運が良い。一年い組も明日の授業は休みだった。
 四年生にして、変装の達人とまで言われる御園 林蔵。どんな人物だろうか、と仙蔵の胸は高鳴り続けた。

 だが、しかし。作法委員会が終了して解散した直後。作法委員の四年生は、林蔵が最近、休日に足繁く出かけている事や、彼が会計委員会に所属している事を伝え忘れていたのを思い出した。
 ・・・けれど、既に仙蔵は長屋に戻ってしまった後で。態々伝えるまでもなく、直ぐに分かる事だろう、と今から仙蔵を追いかけて伝える気にはなれなかった。




「っくし!」

 一方。時を少しばかり遡って、こちらは会計委員会。いつものように会計を付ける中、林蔵は盛大なくしゃみを催していた。
 その事に逸早く気が付いた、三年の蓬川 甲太、乙太兄弟が様子を問いかける。

「さっちゃん先輩、大丈夫ー?」
「風邪ですかー?鉄粉おにぎり食べますかー?」
「このクシャミは、多分風邪じゃねーから大丈夫だ。てか、鉄粉おにぎり食っても風邪は治んねーよ!そして、さっちゃん先輩と呼ぶなと毎回言ってんだろ、悪食双子ー!!」

 このやりとりも、最早日常だった。しかし、今日は二人を咎める委員長はいない。六年生と五年生は、今日から野外演習で数日間、留守の予定なのだ。つまり、今は四年生の林蔵が事実上の会計委員長代理である。

「美味しいのにねー、鉄粉おにぎり。」
「ねー。風邪なんて、直ぐ治っちゃうのにねー。」
「そう思ってんのはお前らだけだっての。――・・・というか、文次郎。大丈夫か?」

 いつも真面目に帳簿を付けている一年い組の潮江 文次郎を見て、林蔵が問いかける。それに倣うかのように、蓬川兄弟も視線を逸らした。よくよく見ると、彼は涙目になりながら算盤を鳴らし、帳簿をつけている。
 が、林蔵が問いかけた事が引き金になってしまったらしい。ボロボロと、彼の大きな眼から涙が溢れかえった。慌てた林蔵が咄嗟に彼に駆け寄る。ついでに、蓬川兄弟の野次も飛ぶ。

「も、文次郎?!どうした!」
「「あー、さっちゃん先輩が泣かせたー。」」
「泣かしてねーよ、泣いてんだ!」

 涙で帳簿を汚してしまわぬように(委員長が怒るだろうし、文次郎も自責に駆られるからだ)、そっと手ぬぐいで涙を拭う。この一年生が鳴く虫なのは有名な話だった。彼は「い組」に所属しているが、仲が悪いと言われる「は組」の生徒に泣かされたり、一つ上の二年生から目の敵にされて泣かされていたりするらしい。
 けれど、今回はどうやらそれらが原因ではないようだ。

 慰められた文次郎が、すすり泣きながら話してくれる。
 今日、一年い組では女装についての化粧の授業があったらしい。一年生という事もあり、本当に顔に化粧をするだけで終わってしまったのだが。文次郎はその化粧が上手く出来なかったのだ。それに加えて、長屋で同室の仙蔵の化粧が誰の目から見ても麗しいものであると教師や同級生に褒めちぎられ、引き目を感じてしまったのだとか・・・。

「・・・せっ、仙蔵は何も悪くなくて・・・!お、俺がっ・・・、ふがいないからっ・・・!」
「(そうやってぐるぐる考えてる内に、自己嫌悪のツボに嵌っちまったのね・・・。)」

 彼らしいと言えば彼らしい。と、林蔵は誰にも気付かれないように溜息を吐く。
 ここに、委員長たちがいなくて良かった。もしも今の話を聞いていれば、「弛んでいる」と一蹴された後、帳簿の計算から鍛錬に委員会活動が変更されていた事だろう。

「(それにしても、女装・・・か。)」

 女装、変装。林蔵の注目は自然とそこに行く。会計委員長の浜 仁ノ助の変装術についての話はあまり聞かないが、五年生の小田 徳ヱ門の変装はひどいものだと聞いた事があるのだ。何せ、十人十色の対応や態度が面倒になって、誰にでも通用する敬語を日常的に話すようになってしまった人なのだから。徳ヱ門が女装しても、力仕事が得意な農家のおばさんにしかなれない、と嘆いていた気がする。
 この件に関しては、上二人の協力は仰げないだろう。厄介な事になりかねないし、己の最も得意とするジャンルだったので、態々応援を呼ぶ必要性が感じられなかった。

 癖者揃いの『地獄の会計委員会』。その中では比較的、常識人と言われがちな四年生・御園 林蔵。
 けれど、彼も会計委員の慣例から外れる事なく、潮江 文次郎の庇護者の一人だった。見捨てる気など、毛頭ない。

「・・・文次郎。明日は授業あるか?」
「ぃえ、ないです・・・。」
「そうか。俺も明日は授業がないから、朝飯食ったら四年ろ組の教室まで来い。」
「え、林先輩?」
「女装、上手くなりたいんだろう?俺が教えてやるよ。」
「さっちゃん先輩ー。」
「僕らも教えて下さーい。」
「お前らは来んな!教室を鉄粉まみれにしやがったら、お前らの長屋にある鉄粉を全部処分してやるからな!!」
「「ひどいよー!」」

 先輩が教えてくれるという希望。いつもの掛け合い。
 いつの間にか、泣きじゃくっていた文次郎の涙は引っ込んでいた。

「じゃ、今日の委員会はここまで!文次郎はちゃんと顔洗って寝ろよ、泣いた後だと化粧がしにくいからな。」
「はい。有難う御座います。」
「「さっちゃん先輩、食券乱用だー!」」
「それを言うなら職権!」




 林蔵は、決まった時刻通りに委員会を終わらせた。彼には、委員長のように帳簿が終わらないからと、鍛錬をしたり後輩をいつまでも会計室に縛り付けるような事はしない。というか、あれは委員長だから出来るカリスマなのだと思う。
 その為、文次郎は比較的早く、一年い組の長屋へと戻る事が出来たのだった。

「ただいま。」
「おや、文次郎。今日は早かったな。」
「先輩が早めに切り上げてくれたんだ。それと、仙蔵。明日は俺、用事があって朝食食べたら行くから。」
「そうか。私も明日は行きたい所があるんだ。あ、だが、朝はしっかり起こすんだぞ。」
「分かってる。仙蔵は休みになると昼まで寝ちゃうからな。」

 行きたい所がある。それを聞いて、文次郎はほっとした。
 これで、少なくとも仙蔵は長屋にずっと篭りっきり、という事がない。帰って荒れ果てた長屋に対面する可能性はなくなったのだ。

「「それじゃ、おやすみ。」」

 二人はお互いに、何処へ何の用事があるかは訪ねようとはしなかった。
 どうせ、明日はそれどころではなくなってしまうだろうから、と思っていた為である。





変姿・地獄の会計委員会の段





 朝。文次郎に起こされて顔を洗って着替えて、一緒に朝食を食べて。文次郎とは食堂で別れた。
 仙蔵は初めて上級生の長屋に、一人で向かった。作法委員の先輩に付いて来て貰えば良かったか、とも思ったが。五、六年生は野外演習で不在であるし、作法委員の四年生は授業があると言っていた。会って、話を聞くだけなのだから、と仙蔵は己の奮起させる。

 そして、やがて見えて来る長屋の「御園」の文字。意を決して仙蔵は戸を引いた。

「しっ、失礼します!御園先輩はいらっしゃいますか!?」

 少し声が掠れたが、上級生を相手にこれは及第点だったと思う事にする。中には数人の四年生がいた。が、仙蔵は林蔵の顔を知らないので、どれが誰かは分からない。

「ん?一年生?委員会か何かか?」
「御園・・・、あー、林蔵のヤツか!」
「林蔵なら、朝飯食って直ぐに出て行ったな。」
「そ、そうですか・・・。いつ戻られるか・・・、分かりませんか・・・?」

 肩透かしに遭った気分だった。ここまで来て、話にだけ聞く憧れの先輩に会えないとは。自分の決意は何だったのだろう。と思いつつも、僅かな望みをかけて仙蔵は問いかける。
 が、四年生の反応は宜しくなかった。一年生には分からない、矢羽根で緊急会議が始まる。

『おい、見るからにショゲちまったけど、どうすんだコレ・・・。』
『んな事言ったって、林蔵がいなくなるのはいつもの事だし・・・。行く場所って言ったら、やっぱ・・・アソコだろ・・・?一年生に言えねーって!』
『流石に、なぁ・・・。一年生に言うのは、なぁ・・・。』
「あー・・・。残念ながら、俺たちも知らないな。伝言とかあったら、聞くけど・・・?」
「・・・いぇ、大丈夫です・・・。有難う御座いました・・・。」

 明らかに落胆した肩のまま、仙蔵はトボトボと長屋から離れて行った。その背中を見送る四年生たちの罪悪感は果てしない。
 だが、言えないものは言えないのだ。御園 林蔵が、休日になると足繁く花街に通っている等と、一年生には言えないし、四年生の威信にも関わるのだから。


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