一通りの口論をした後。用具委員長は留三郎を連れて、体育委員会と共に長屋から離れて行った。目的の留三郎を奪回し、これ以上の相手はしていられないと判断したらしい。
 一方で、残された徳ヱ門はと言えば・・・。長屋に残った文次郎にしがみついていた。

「・・・文次郎。私は、また見誤ったのでしょうか。」
「先輩・・・?」
「私はかつて・・・目先の事に囚われ、大局を見ようとはしませんでした。――それでも、あの人の役に立ちたくて会計委員会に入り・・・彼の手助けをして来たつもりでした。・・・でも、あの用具委員長に言われて・・・まだ、自分はあの人に縋り付いているだけなのかと・・・。ごめんなさい・・・、文次郎。格好悪い所を見られてしまいましたね・・・。」
「ぃえ、徳先輩こそ大丈夫ですか・・・?」
「・・・・・・すみません。少し、このままでいて下さい。」

 目に見えて、徳ヱ門は弱っている。こうなった原因に、文次郎は心当たりがあった。最後の最後に、用具委員長が徳ヱ門に告げたあの捨て台詞が今でも耳に残っているのだ。

『今度は会計委員長におべっかを使いやがって。いつまでも、そうして縋って生きていけると思うなよ!』

 徳ヱ門が仁ノ助に縋っている、と。用具委員長は言っていた。けれど、文次郎はそうは思わない。少なくとも、委員会中の徳ヱ門はよく仁ノ助に尽くしていたと思うのだ。無口な委員長に変わって指示を出したり、分からない計算を教えてくれたり。良い先輩だと思っている。
 彼の仁ノ助に対する感情が、自分のそれと、とても近しいものだと。文次郎はどこかで感じていた。

「・・・徳先輩は、仁先輩がお好きですもんね。」
「文次郎・・・?」
「とても好きだから、仁先輩のお役に立ちたいんですよね。俺もです。・・・でも、俺は一年生で、六年生の仁先輩を助けられるなんて事は出来ません。だから、仁先輩のお役に立つ事が出来る徳先輩が・・・羨ましいです。
 でも、今は・・・そんな風に頑張っていらっしゃる徳先輩のお役に立ちたいです。俺に出来る事でしたら、何でも言って下さい。」

 徳ヱ門の両目を多い隠す長い前髪の向こうで、彼の両目が見開かれているようだ。いつも、忍者として表情を悟られてはいけない、と語る先輩なのにな。と、文次郎は苦笑する。

「・・・文次郎。・・・有難う、ございます・・・。」

 小さな体を潰してしまわないように しがみついて、今にも泣きそうになる徳ヱ門の大きな背中を。文次郎は小さい腕で慰めた。




 文次郎と仁ノ助は似ている。外見もさる事ながら、中身がよく似ている。それは、仁ノ助に強く憧れた徳ヱ門にしか分からない事だった。
 彼らは目の前よりももっと先の物を見ているのだ。そう、例えば・・・未来。予知という大それたものではない。現状を鑑みて、この先起り得る出来事を事前に察知できる力、とでも言うのだろうか。
 その力を持つ故か、二人共周囲に対して怒りも憎しみも抱かない。そこにあるのは、自分自身への憤りだけだ。――自分が正しく動けなかった、という後悔だけ。何と烏滸がましく、そして崇高なのだろう。仁ノ助は三禁に溺れた父に落胆する事もなかったし、文次郎も周りの才ある同級生を僻んだりはしなかった。

 そんな仁ノ助に似る文次郎の言葉だからこそ、徳ヱ門は受け入れる事が出来たのだと自負している。
 遠まわしでもいい。仁ノ助に、己の努力が認められたと錯覚できたのだから。




「文次郎。前に、私が夜間鍛錬している所を見ましたね?」
「はい。」
「その時、私が頭に苦無をしてたのを訪ねたでしょう?――あれは、委員長への憧れですよ。」
「・・・仁先輩への、ですか?」
「委員長は、地獄の会計委員会の創設者。嘗ては三年生でありながら「鬼」と恐れられた人物だったそうです。私は、そんな彼の強さに憧れました。けれど、私は自分の容姿がとても嫌いで・・・。少しでも彼に近付きたくて、まずは形からって事で・・・角を付けてみたんですよ。」

 そう告げる徳ヱ門は、赤面だった。一方で、文次郎は思いがけない言葉に固まってしまっている。

「――――。」
「げ、幻滅しますよねぇ・・・。皆からは止めろって言われるんですが・・・、どうにも・・・、その・・・普段より、強くなれる気がしまして・・・。」
「す、凄いです!先輩!」
「・・・は、え――?」
「徳先輩はそれ程に、仁先輩を尊敬していらっしゃるのですね!憧れている仁先輩に近付こうと努力していらっしゃるのですね!」
「も、文次郎?」
「今度の鍛錬には俺も連れて行って下さい!俺も苦無を指します!一緒に仁先輩を目指しましょう!」

 文次郎の言葉に、今度は徳ヱ門が絶句した。この後輩は、何所までも純粋なのだ。
 それと同時に、自分の行動が本当に認められているのだと、徳ヱ門は理解した。

「・・・ふふっ。本当に文次郎は良い子ですねぇ。」
「先輩?」
「そうですね。文次郎には私が武道を教えてあげましょう。」
「本当ですか!」
「但し、他の皆さんには内緒ですよ?私の悩みを解決してくれた、文次郎へのお礼なのですから。――私の知る委員長の事も、沢山話してあげましょう。」
「有難う御座います!」

 満面の笑みを浮かべる文次郎に、徳ヱ門はふんわりを笑い返した。

 この後輩には、徳ヱ門が憧れる人物と同じように見据える目がある。例え才能が他の者に劣っていようとも、その目がこの先、彼自身を助ける事となるだろう。
 自分と文次郎を繋ぐ時間は、仁ノ助に次いで短い。それまでに出来る限りの事を教えよう、伝えよう。
 仁ノ助の為に尽くすと決めた時のように、徳ヱ門は人知れずにそう決意していた。

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