「で、二人共オデコにタンコブを作って来た訳だけれど・・・。何をしたのさ、徳ヱ門。一年生に鉄拳制裁でもしたの?」
「木下 鉄丸先生でもないのに、そんな真似しませんよ。」

 呆れるように問いかける保健委員長に、徳ヱ門は不貞腐れたように告げる。
 徳ヱ門が気絶した二人を保健室に連れて来た時、丁度彼がいて助かった。現在、二人は軽いタンコブを作ったまま仲良く布団で横になっている。

「ただ、仲裁しようと呼びかけても反応がなかったものですから・・・。こう、つい・・・お手玉を・・・」
「お手玉?」

 タンコブを冷やしていた布を水で冷やし直していた、一年生の善法寺 伊作が首を傾げた。彼の記憶にある「お手玉」とは、年頃の少女が行う遊戯の事。こんな場面で耳にするとは思っていなかったのである。
 だが、徳ヱ門の言葉にとある可能性を思い付いたらしい保健委員長は、さっとその顔を青褪めた。

「・・・一年生二人を、お手玉のように投げ回したっていうのかい?出来てしまう君も君だけれど、もう少し加減してあげなよ。五年生。」
「ふははは!一年生二人をお手玉か!それは良いな!」
「わっ」

 まるで球技のボールのように投げ回され、その最中に二人はお互いに額をぶつけ合って気絶してしまったのだ。その光景を思い描いてしまった伊作が、保健委員長と同じく顔を青褪めた時。スパン、と襖が開いて、とある人物が現れる。
 予想だにしていなかった伊作の心臓は跳ね上がり、その瞬間にズルりと魂が抜けてしまう。

「笑いながら入って来ないでよ、伊作の魂が抜けちゃったじゃないか。」

 抜け出た伊作の魂を捕まえて彼の体に戻しながら、保健委員長は溜息混じりに呟いた。襖を開いたのは忍術学園の生徒で、纏う制服の色は徳ヱ門と同じく、藍色の五年生だ。
 魂の戻った伊作は、何所かぼんやりと「体育委員会の委員長代理だっただろうか・・・」と考える。今の体育委員会には六年生がいなかった筈だ。

「それで、保健室に何か御用?怪我でもしたか、させたの?」
「いやいや、今回は違うぞ、保健委員長!私は徳ヱ門を探しているのだ!さっき、保健室に向かっていたと聞いていたのでな!」
「私にですか?」
「おお!いたのか、徳ヱ門!」
「さも、今気が付いたように言わないでくれますか。」

 呆れるように、徳ヱ門は訪れた体育委員長代理を見る。徳ヱ門と彼とは同じ学年の同じ組という間柄だが、いつまで経ってもこの大雑把さは直らない。
 そうしている内に、保健室に敷かれた布団の内の一枚が内側から捲れる。気を失っていた二人の内の文次郎が目覚めたのだ。

「ぃたた・・・」
「ぁ。起きたんだね、文次郎。大丈夫?」

 伊作が問いかけると、文次郎はここが保健室であるという事を自覚したらしい。保健委員長が念の為に、と診断すると、何所にも異常がないと告げられた。

「やり過ぎてしまいましたね、文次郎。申し訳ないです。」
「ぃ、いえ!大丈夫です、徳先輩!それよりも、俺は感激しています!」
「はい?」
「一年生とは言え、俺たち二人をまるでお手玉のように投げては空中で掴み、それを繰り返せる徳先輩の腕力は相当なものなのですね!」
「・・・はぁ、有難う御座います。」

 忍者としては筋肉が付き過ぎたと教師に言われていた徳ヱ門だったが、文次郎の純粋な視線は嬉しいので、とりあえず複雑な心境ながらにも礼を言っておく。その隣で、伊作が「本当にお手玉されたんだ・・・」と絶句していたのには無視を決め込んだ。

「で、何の用ですか?」
「おぉ、そうだ!徳ヱ門、予算をくれ!」
「駄目です。」
「そうか、では砲弾をくれ!」
「分かりました。」

 そこ頷くところ?!――と文次郎と伊作が思った事を責める者はいない。それ以前に、確実に断られるであろう予算の申し出をした彼も彼だが、さも自然な会話をするように断る徳ヱ門も徳ヱ門だ。

「先輩。砲弾をくれって・・・、普通は用具委員会に行くものではないのですか?」
「用具委員会よりも、徳ヱ門の方が近いからいいのだ!細かい事は気にするな!」
「どうせ、壊したか失くしたかで返す物が無くなってしまったのでしょう。」
「ふははは!その通りだ!」

 威張って言える事ではないのだが、体育委員長代理は笑いながらに言っている。この豪快さは、何所となく小平太に通じるものがある気がした。

「それでは、私はこれで失礼しますね。文次郎、貴方は休んでいきますか?」
「いえ、大丈夫です。それよりも、徳先輩は砲弾を持っているのですか?」
「えぇ。私の長屋にあります。一緒に行きますか?」
「はい、是非お願いします!」

 徳ヱ門の長屋がある五年長屋には、直接行った事がない。微かな期待に文次郎の胸が膨れるようだった。

 ――――と、意気込む文次郎を微笑ましく見ていた、までは良かったのだが。

「何だか・・・人数増えてません?」
「そうだな!まぁ、気にするな!」
「そうだ、気にするな!」
「先輩に対して、その態度は気にせざるを得ないのですが・・・。」
「小田先輩も一年生の私に対しての敬語だ!だから、相子だ!」

 いつの間にか、五年長屋に向かう生徒が三人から五人に増えていた。内訳は徳ヱ門に文次郎、体育委員長代理に、小平太と留三郎。
 保健室で昏倒していた留三郎が目覚めたのを皮切りに、用具委員だから!と体育委員長代理が有無を言わせずに連れ出したのだ。そして、道中で必死に砲弾を探していたらしい小平太を引き連れて、今に至る。

「喜べ、小平太!徳ヱ門が砲弾を譲ってくれる事になった!これで用具委員会も怖くないぞ!」
「おぉ!そうなのですか!」
「・・・仮にも用具委員の留三郎がいる前で言う会話じゃないですよね。」
「まぁ、仕方ないですよ。」
「小平太!備品は大切に使えって言っただろう!」

 一年生にして犬猿の仲と呼ばれる文次郎と留三郎だが、今は留三郎の意識が「備品を大切に扱わない小平太」に向かっているので、喧嘩に発展しない。――彼らが喧嘩してしまうのは一種のコミュニケーションのようなもので、根は良い子なのだろうな。と、徳ヱ門は思う。いつだったか、文次郎が寝込んだ時に一年生が四人程、会計委員会に乗り込んで来た事があった。その中には、留三郎と小平太の姿があった筈だ。
 そんな事をぼんやり考えていると、目的地である五年長屋が見えて来る事に気が付いた。「小田」という札がかけられた部屋がある。

「さて、付きましたよ。」
「ここが五年長屋・・・。」
「徳先輩は、一人部屋なのですか?」
「前は、彼が同室だったんですけどね・・・・・・。」

 文次郎の問いに、徳ヱ門がチラリと体育委員長代理を見やる。その視線に気が付いて、体育委員長代理が「ふははは!」と何故か笑った。

「流石に寝れなくなってな、変えて貰ったのだ。徳ヱ門も、よくあの部屋で寝られるな!」
「忍者が寝る場所を選んではいけませんよ。」
「そういう考え方も、あの六年生に似て来たな!」

 嫌味なのか、そうでないのか分からない発言だった。が、敢えて徳ヱ門は言及せずに己の長屋へと続く戸を引く。スパン、と良い音を立てる戸。視界の開けた内部に、一年生三人は揃って「うわぁ」と目を輝かせた。
 手裏剣、苦無、忍者刀、・・・その他色々。ありとあらゆる場所に、様々な武器が飾るように置かれているのだ。その有り余る武器の存在感に、三人は一瞬、ここが長屋ではなく武器庫なのではないかと錯覚してしまう。

「相も変わらず、壮観だな。」
「物が多いのは認めますよ。えぇっと、砲弾が・・・いくつですか?」
「とりあえず、五個くらいかな?」
「五個も何に使ったんですか、貴方たち。」

 問いかけても、体育委員長代理は「ふははは!」と笑うだけ。徳ヱ門も答えを期待している訳ではなかったので、溜息混じりに長屋へと進む。武器は壁に飾られているだけではなく、箱詰めにされて床に置かれている物もあったのだが、彼は慣れた様子でそれらの合間を潜り抜け、がさごそと目的の物を探っていく。

「あ、一年生たち。見るのは自由ですけど、触らないで下さいね。スパっと指が切れても知りませんから。」
「は、はいっ!」
「指が、スパっと・・・」

 「寝られなくなった」の意味がやっと分かった。特に文次郎は、徳ヱ門が武器の扱いに長けている事を知っている。使い終わった手裏剣の手入れをしている所を見せて貰った事があるが、まるで流れるような手捌きで、朝日に照らされる雨露のように手裏剣が輝いていた。・・・そんな、見るからに殺傷能力の高い武器に囲まれて横になって・・・到底寝られる気がしない。
 想像してしまったのか、顔を青くする文次郎と留三郎(小平太はそれよりも武器の存在に目移りしていた)。その様子に体育委員長代理が、また笑う。

「ふははは!だから言っただろう?こんな所では到底寝られん。徳ヱ門は元用具委員だったから、手入れも完璧だしな!」
「えっ、徳先輩って用具委員だったのですか?」
「昔の話ですよ。文次郎が、最初は生物委員だったようにね。――はい、ご注文のあった砲弾です。」

 目的の物を見つけたらしい。部屋の奥から現れた徳ヱ門が、抱えていた砲弾を五個ばかり、己の同級生に差し出した。

「(でも、徳先輩・・・。どうしてこんなに沢山の武器を持っているんだろう・・・。自分で買ったというには・・・多過ぎる気が・・・。)」

「五個の内、三つは私がお手玉にしてた物ですが。まぁ、使えるでしょう。」
「お手玉?!砲弾で、ですか?」
「昔、授業の一環で曲芸師をやった事がありましてね。曲芸の中にお手玉と似た技法があるのです。練習していく内に、もう少し重ければ筋トレになると思って、やってたんです。」
「だ、だからですか!あの人間お手玉をやろうとしたのは!」
「人間お手玉とは、何の話だ?留三郎!」

 目を爛々と輝かせる小平太。咄嗟に留三郎は己の失態を察知してしまった。
 けれど、留三郎が誤魔化すまでもなく、体育委員長代理がそれを説明してしまう。文次郎と留三郎をお手玉の「玉」にした。それを聞いて、小平太の目が一際輝く。体育委員長代理にも出来るのかと尋ねると、彼は「やろうと思えば出来ん事はないな!だが、私はお手玉が出来ん!」と、きっぱり断っていた。
 それよりも、体育委員会に徳ヱ門の「お手玉」が知られてしまった事がまずい。そんな気がした留三郎だった。

「小田先輩!今度、私にお手玉を教えて下さい!」
「お手玉は教わるよりも慣れた方が早いと思いますよ。」
「そして、体育委員会に入って、予算を下さい。」
「嫌です。駄目です。・・・話を聞きませんね、この一年生は。」
「こういう奴です、小平太は・・・。」
「それよりも、小平太!砲弾を一つ持て!食満も!」
「え、って、何で?!」
「お前は用具委員だろう?この砲弾は徳ヱ門から譲り受けた、いわば備品なのだ!備品管理は用具委員会の仕事だ!」
「・・・だからって、体育委員会が備品を毎度 壊したり失くしたりして良い筈がないんですけどね。」

「その通り!備品は我が用具委員会が取り仕切るべき物だ!」

「ん?」

 第三者、もとい、六人目の声。振り向くと、長屋の外に一人の生徒が佇んでいた。纏う衣服は深緑。この場にいない筈の、最上級生。

「委員長!」
「おや、誰かと思えば用具委員長ではありませんか。」

 その上級生と比較的、関わりの強い留三郎と徳ヱ門が声を出す。現れた上級生は、用具委員会の委員長でもあったのだ。
 彼の姿を見た途端、徳ヱ門の前髪で隠れがちの顔がげんなりと歪む。

「何か御用ですか?」
「保健委員長から話を聞いたぞ!用具委員の留三郎がお前に浚われたんだってな!」
「・・・どんな説明を聞いたんですか。浚ったのは体育委員長代理ですよ?」
「わ、私に全てを擦り付ける気か、徳ヱ門!」
「いや、事実でしょう。」
「その辺りはどうでもいい!留三郎を返して貰う!それと、体育委員会!砲弾がまだ戻って来てないぞ!」
「返すも何も、奪ってませんて・・・。」
「すまんな、用具委員長!この通り、砲弾はお返しする!」
「ここにいるという事は、元の砲弾は失くしたのか!まったく、これだから体育委員会はっ・・・!」
「お譲りしたので、用具委員会が要らないのであれば体育委員会で使って下さい。」
「おぉ、そうか!」
「誰も要らないとは言ってないだろう!」

 掴みかかるかの如き勢いで、用具委員長が砲弾を抱えた留三郎をひったくる。因みに、残り四つは未だに体育委員会の手の中だ。
 喧嘩っ早い先輩だな、と文次郎は思う。留三郎は彼に影響されたのかもしれない、と以前に伊作がぼやいていたのだ。
 そんな中、用具委員長が不意に徳ヱ門の長屋の様子を見て呟いた。

「・・・それにしても、お前の部屋は相変わらずの倉庫だな、徳ヱ門。満足に部屋の片付けも出来ないのか。」
「物が多いんですよ。文句があるなら、全部持ってって下さい。」
「持っていけるものならそうしているぞ!用具倉庫に入らないのだから、仕方ないだろう!」
「私の長屋に置く代わりに、私物として私が管理する。そう決まったじゃないですか。何を今更に喧嘩売ってるんですか。」
「この中にある武器の殆どが、前用具委員長が購入したものじゃないか!それを私物化し、尚且つ用具委員会を裏切り会計委員会に入るとはな!」
「裏切るも何も、私、前の用具委員長って好きじゃなかったんですよね。要らないものばっかり買って来ますし。」
「不要だと!あれだけ前委員長に愛されておきながら!」
「本音が出ましたね。もっとはっきり言ったらどうですか?貴方の怒りはただの嫉妬です。」
「徳ヱ門、貴様・・・!」

 何なのだろう、この空気は。
 喧嘩を売って来る用具委員長に、それを流そうともせずに張り合う徳ヱ門。残された面々は呆然としてしまう。いつもと様子の異なる用具委員長に、抱えられる留三郎など涙目に近かった。

「あの・・・体育委員長代理。徳先輩と、用具委員長って・・・・・・」
「んー?知らなかったか?あの二人、犬猿の仲だぞ?」
「まるで、文次郎と留三郎のようです!」
「ふははは!一年生の喧嘩など、まだ可愛いものだ!あの二人は、いつ殺し合いに発展しても可笑しくない。」

 殺し合い。その言葉に、背筋が寒くなる。

「まぁ、詳細は知らんが分かり易く言うと・・・。「徳ヱ門は用具委員会が嫌い」で「用具委員長は徳ヱ門が嫌い」なのだ。――さっき言っていたように、ここにある武器の殆どは元用具委員長・・・徳ヱ門や私の三つ上の先輩が委員会予算で買った物だ。」
「徳先輩の、三つ上・・・。」
「今の六年生が、四年生だった頃の話だな。徳ヱ門が卒業したら、この部屋にある全ての武器を学園に寄付するという前提があるものの。徳ヱ門が卒業するまでは、この武器は徳ヱ門の私物だ。――用具委員長は、それが気に入らないらしい。」

 委員会予算で購入したものなのだから、用具委員会が管理すべきというのが彼の主張である。だが、それは用具倉庫に入りきらない、という理由で学園から却下された。
 私物同然に管理するという事を条件に、徳ヱ門の長屋に仕舞われた武具の数々。前用具委員長の思いが籠ったそれが、徳ヱ門の手元にあるのが用具委員長は気に入らないのだ。

「徳ヱ門は下級生時代、用具委員会に入っていた。だが、よく今の用具委員長とは喧嘩やら苛めやらがあったらしい。で、地獄の会計委員会が発足して徳ヱ門は会計委員会。予算を大幅カットされた用具委員長はご立腹と言う訳だ。」

 今の用具委員長は、口の悪さで有名な上級生だった。そして、気に入らない事にはトコトン反発する性格らしい。
 常に誰とでも敬語で一定の距離を保つ徳ヱ門とは、正に対照的な先輩だった。

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