その日。潮江 文次郎は昼まで眠ってしまった為か、真夜中に目が覚めてしまった。
 今回は休日であった為、寝坊するという事態にはならなかったが。明日以降はいつも通りの授業と委員会がある。早く寝付かなければ、と思う心に反して、体は決して眠ろうとはしない。散歩でもすれば眠れるようになるかと思い、長屋を抜け出した時の事である。

「・・・徳、先輩・・・?」
「おや、文次郎。こんな時間にどうしました・・・?」

 文次郎が出くわしたのは、五年生の小田 徳ヱ門だった。彼と文次郎は同じ委員会の先輩後輩でもあったので、他の生徒よりも面識があるのだ。文次郎は一年生だが、上級生にもなると夜間を利用して鍛錬に励む生徒がいるという話は聞いている。徳ヱ門もその一人なのだろう、と結論付けた。
 上級生にしてみれば、厠への通り道でもない場所に、こんな真夜中に一年生がいる事の方が不思議な筈だ。

「実は、眠れなくて・・・」
「さては、昼まで眠ってしまってたんでしょう?睡眠時間を自分で管理するのも、忍者の務めですよ?」
「は、はい!」

 文次郎は聞き分けの良い後輩だ。年の近い二年生ならまだしも、それよりも目上の生徒の言葉には何にでも頷いた。最後に「忍者の務め」という言葉を付け加えれば、彼はもう疑う事もしなくなる。
 忍者というものに素直に憧れる彼らしいとは思うが、時折 それが儚くも思うのだ。

「・・・ところで、先輩。」
「はい?」
「その・・・頭に付けている苦無は、何ですか?」
「あ・・・。」

 可愛い後輩の考察に耽っていた所為だろう。徳ヱ門は、己の頭上に結わえた二本の苦無を隠すのを忘れていた。





憧憬・地獄の会計委員会の段





 問われた瞬間。徳ヱ門は逃げ出したい気持ちで一杯になった。しかし、可愛い後輩の前でそんな事はしたくない。そこで、徳ヱ門は彼にこう告げたのだ。

「このまま大人しく長屋に戻って床に就き、明日の委員会をしっかりこなす事が出来れば教えましょう。」

 ――我ながら、苦しい言い逃れだったと徳ヱ門は思う。勿論、それを実行しようとしていた文次郎も文次郎だが。
 あの夜の逢瀬から、およそ半日。現在は委員会活動の真っ最中だ。委員長を筆頭に、いつもの面々がそれぞれに帳簿と算盤を見比べている。が、そこに文次郎の姿はなかった。
 と、いうのも・・・。

「ふははは!地獄の会計委員会破れたり!――潮江文次郎は我々体育委員会が預かった!返して欲しければ、予算を寄越せー!」
「いけいけドンドンで寄越せー!」

 その光景を目の当たりにした、会計委員の御園 林蔵が一言呟く。「それ、完全に悪役の台詞っすよね。」と。
 会計室への襖を開いて現れたるは、五年の委員長代理が率いる体育委員会。委員長代理の腕には、お縄頂戴された文次郎が抱えられている。隣には、体育委員の一年生・七松 小平太の姿もあった。

 地獄の会計委員会にシフトしてからというもの。各委員会は常々、辛酸を舐めさせられてた。
 反抗しようにも、会計委員会に所属するの生徒たちはマイペース過ぎて相手にならなかったり、煙に巻かれてしまったり。その為、各委員会の魔の手が会計委員会に入ったばかりの一年生・文次郎に向かうのは仕方のない事だった。

「悪役ではない!体育委員会は資材に困窮しているのだ!」
「そりゃあ、自分たちで物壊してちゃ困窮もしますよ。ところで、いいんすか?――もう動いてるみたいっすけど。」

 意味深に林蔵が問いかける。チラ見した視線の先は、己の隣の席。本来ならばいる筈の、五年生の姿がない。
 ――と、小平太が思った瞬間。彼の体は宙に浮いていた。

「何だー?!」
「小平太!?」
「何所を見ている。」
「へ?――あ。ふごっ!」

 小平太に注意を反らしてしまった体育委員長代理。その瞬間、会計委員長の浜 仁ノ助がずい、と彼に近付き。そのまま文次郎を奪還してしまった。体育委員長代理へ、十キロ算盤で顎を付くのも忘れない。

「ぅぅ・・・、いいんちょぉ・・・っ」
「手間をかけさせるな、文次郎。」
「申し訳、ありません。」
「なっちゃん大丈夫ー?」
「怖かったねー。」

 呆気なく奪還されてしまった文次郎。彼の元に、三年の蓬川甲太・乙太兄弟が駆け寄って慰めている。
 痛む顎をさすりながら、不意に背後へ視線を向ける体育委員長代理。そこには、鉤爪により釣り上げられた小平太を抱える徳ヱ門の姿があった。彼は五年生の中でも、隠密と武道という、一見すると矛盾する特技を兼ね備えた生徒なのだ。

「今夜は鉤爪か・・・!相変わらず委員会の事となると容赦がないな、徳ヱ門!」
「形勢逆転です。これ以上、予算を請求するのでしたら、この一年生を頭から地面に落とします。」
「おっかない事を言うな。私としても、必要以上にお前と張り合うつもりはない。今回は負けを認めよう。だが、我が体育委員会は不滅という事を思い知れ!」
「思い知れー、どんどん!」

 最後まで悪役の如き台詞と共に去っていく体育委員会。残された静けさは、まるで嵐が去った後のようだ。

「徳先輩・・・っ、有難う御座いました!」
「今日の武器が鉤爪で良かったです。他の武器だと、こうも手早く奪還出来なかったでしょうからね。」

 小平太を解放した鉤爪を仕舞い込みながら、徳ヱ門は文次郎に笑いかけた。
 上級生の間には、己の力を効率良く発揮できる「得意武器」を持つ生徒がいる。浜 仁ノ助もその一人であり、彼が得意とするのは袋鑓という武器だ。しかし、五年生の小田 徳ヱ門には得意武器がない。――否、得意な武器があり過ぎて、断定する事が出来なかったのである。その為、彼の得意武器は日替わりで変わっていた。

「・・・委員会活動を再開する。文次郎、お前はここで遅れた分を取り戻せ。」
「はいっ!」
「委員長。体育委員会の予算は・・・」
「当分、なしだ。」
「了解です。」

 このやり取りも、ほぼ日常である。会計委員会の夜は今日も更けて行った――。
 因みに、この襲撃事件によって、徳ヱ門と文次郎の約束があやふやになってしまったのは・・・言うまでもない。

prev next
 gift main mix sub CP TOP
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -