結局、殆どの生徒が会計委員会を辞めてしまった。残ったのは『地獄の会計委員会』を立ち上げた五年生・浜 仁ノ助。そして、一つ下の四年生・小田 徳ヱ門のみだった。
 流石にこの人数では委員会活動に支障を来す。けれど、大半の生徒は会計委員会に反感を持っているだろう。それでも、徳ヱ門は会計委員会所属の生徒募集を呼びかける。『地獄の会計委員会』を、たった数年で終わらせる気はなかった。

 そして、募集を呼びかけて数日後。三人の下級生が会計室を訪れる事となる。

「三年の御園 林蔵です。募集があったんで、来てみました。」
「良く来ましたね。歓迎しますよ・・・、と言いたい所ですが。本気ですか?」
「はい?」
「会計委員会が何と言われているか、まさか知らない訳ではないでしょう?」

 冷やかしならば帰れ、と暗に告げていた。
 徳ヱ門はいつからか、仁ノ助の右腕かのように付き従う忍たまだ。何が切欠なのかは仁ノ助には分からない。徳ヱ門も言おうとはしなかった。「私が勝手に憧れているのです」――悪い気はしなかったので、放っておく事にした。
 無口で厳格な仁ノ助とは対照的に、徳ヱ門は饒舌で穏やかだ。性格の全く異なる二人。しかも、仲が悪いと言われる隣り合う学年同士。奇妙な関係であると、自覚はしている。

「・・・地獄の、会計委員会でしょう?てか、先輩たちが言い出した事ですよね。」
「その通りです。あまりの代わり映えに、当分の間 会計委員会は孤立する事でしょう。各委員会からも、各学年からも。それに入るという事は、貴方も孤立するという事ですよ?」
「心配しねーで下さい。他人と話を合わせるのは得意っすから。これでも、変装の術はいい評価貰ってるんです。」
「では、どうして会計委員会に?」
「いやー、言っちまえば好奇心です。全ての生徒、教師を敵に回してまで作ろうとしている委員会がどんなものかなーって。――あ、ちゃんと算盤も使えるし計算も得意な方っすよ?」
「・・・ならばいい。今日からお前は会計委員だ。」
「どーもー。」
「委員長!宜しいのですか?!」
「今、この委員会が求めているのは即戦力だ。それ以外はアテにしない。今後の活動で辞めると言い出しても、所詮その程度だったという事だ。」
「うわ、きっびしー。・・・でも、予想通りだわ。」
「?」
「俺ね、アンタに憧れたんですよ。全生徒の前であんな啖呵切ってるの見て。正直、痺れました。俺には一生出来ねー事を五年生がやってんだー。って。」

 林蔵は人に合わせるのが得意だった。入学するまでの環境がそうさせたのだろうが、誰かに逆らってまで貫く信念がなかったのが最大の理由だろう。だからこそ、仁ノ助の有り方に心惹かれるものがあったのだ。

「・・・憧れで全てが成し得る程、この会計委員会は甘くないぞ。」
「お手やらわかにお願いしまーっす。」

 兎にも角も。林蔵の会計委員会入りは確定した。
 委員長が決めたのだから、徳ヱ門はそれに従うだけだと小さく溜息を吐く。

「けれど、これで三人ですか・・・。理想としては各学年に一人ずつ・・・、二年生と一年生からも欲しい所なんですが・・・。」
「流石に一年生はビビッて来ねーと思いますよ?てか、六年生はいらねーんですか?」
「浜委員長(代理)を抑えようという猛者は出ませんでしたね。逆に、顎で使われると思ったんでしょう。」
「軟弱な事だ。鍛錬が足りんな。」

 興味がないかのように仁ノ助が呟いた時。スラリと襖が廊下側から開けられた。
 三人の視線が、自然とそちらの方へと向けられる。

「二年の蓬川 甲太でーす。」
「同じく、乙太でーす。」
「げっ!二年生の偏食悪食双子!」
「「あ、さっちゃん先輩だー!」」
「さっちゃん言うなー!」
「「会計委員会に入りに来ましたー。」」

 襖を開けて、姿を現した全く同じ顔の生徒が二人。咄嗟に反応したのは林蔵だった。
 彼らの制服は二年生のもの。三年生の林蔵が、演習などで最も関わる事が多かった。林蔵は一度だけ、この双子の片方(どちらかは覚えていない)と一緒に演習を行った事があるのだが・・・。正直、二度とやりたくなかった。

「偏食悪食?」
「知らないんすか?三年の間じゃ有名ですよ。二年生一番の落ち零れ、飯の食い方も見ていてイライラするくらいに酷くて、いざ食堂で食わせようものならその箇所一体が戦場跡地みたいになっちまう!」
「ひどいよねー、戦場なんてー。」
「好きなものを好きなだけ食べてるのにねー。」
「何でもかんでも鉄粉をかけて食ってるのは完璧に悪食だってーの!偶々隣にいた俺の飯にまで鉄粉かけやがって!」

 食堂のおばちゃんの手前、お残しは許されなかった。が、己の猫舌故に冷め切った飯の上にかけられる鉄粉は、正直まずかった。
 それ以来、林蔵は蓬川兄弟とは絶対に食堂では会わないと心に決めている。姿を見かけようものなら、例え食い逸れようとも逃げ切る気でいたのだ。だが、彼らの目の前で鉄粉入りご飯を(無理矢理)完食してしまったのが運の尽き(その後は当然の如く、保健室に搬送された)。双子は林蔵に懐いて事あるごとに探している、と同級生から伝えられた。
 彼らの前では、お得意の話術で気を紛らわせる作戦も通用しない。この年齢にして、完全なる己の世界を持つ末恐ろしい双子だった。

 蓬川兄弟・甲太と乙太。学園でも有名な問題児。双子から話を聞くと、一年生時は片方が保健委員、片方が生物委員だったらしい。しかし、彼らの持つマイ筆ならぬマイ鉄粉が薬やら餌やらに混ざるというアクシデントが多発。後期には二人揃って図書委員となったが、そこでも問題を起こして幽霊委員として委員会活動を謹慎していたらしい。
 つまり、会計委員会に来たのは体の良い委員会追放だったという訳だ。

「(一年生だった癖に、どんな問題行動しやがったんだ。この双子・・・)」
「確認しますけど、算盤と計算はできますか?」
「「二人ならできまーす。」」
「二人?」

 それはどういう意味なのか。――林蔵がそ問いかけるよりも先に、仁ノ助が行動を起こしていた。

「簡単な計算問題を出す。算盤を使ってやってみろ。」
「「二人でやってもいーですかー?」」
「構わん。」

 渡された問題と算盤。二人はそれらとお互いを交互に見渡し、やがて二人で一つの算盤を動かし始める。
 パチパチパチ、と楽器のように鳴る算盤。三人はまじまじと、その様子を見ていた。

「(二人で一つの算盤使うヤツって初めて見た・・・。)ってか、早ぇ!」
「(簡単、って言っても委員長の事だから生易しいものではないと思うのですが・・・。あ、お互いが一段飛ばしに数字を見て把握してるんですね。)」
「・・・・・・・・・。」

 文章だけの読者用に解説すれば、「一+二+三+四+五=?」という計算問題だったとする(分かり易さ重視の数字にしています)。双子が行っている算盤の使用方法は、甲太が「一」と入力した瞬間に乙太が「二」と入れ、更に甲太が「三」を弾く、というような使い方だった。
 お互いに把握している数字は「一、三、五・・・」「二、四・・・」というように一弾飛ばし。その算盤を動かすスピードも、数字を把握する為の目の動きも、常任のそれとは比べ物にならなかった。
 乙太がパチン、と最後の珠を弾いて計算が終了。甲太が、それをさらりと紙に書いてみせた。

「出来ましたー。」
「千三百八十五ですー。」
「・・・・・・正解だな。」
「マジっすか・・・。」
「とんだ掘り出し物でしたね。」

 上級生ならばともかく、下級生でここまでの速さで算盤が打てる生徒は滅多にいないだろう。
 恐らくはこの双子、二人一緒で作業をして初めてここまでの集中力を発揮するタイプなのだ。

「委員会活動には何ら問題がない。二人の所属を許可しよう。」
「「有難う御座いますー!」」
「(うわぁ・・・。)」

 林蔵は、内心げんなりと顔を青くした。上級生二人は何とも思っていないようだったが、この双子とまともに付き合える気がしないのだ。
 入ったばかりだが、唐突に委員会を辞めたくなった気もした。(名目上、それを口に出す事はないが)

「・・・これで、五人。委員会活動は可能ですね。それでは委員長。今日の委員会活動はどうしますか?」
「今日は・・・、算盤片手に長距離走だ。」
「何で?!」
「健全な精神は健全なる肉体に宿る。『地獄の会計委員会』には他所の委員会にも負けぬ力と精神力が求められるのだ。――徳ヱ門。三人に渡してくれ。」

 仁ノ助が指示を出す。するとと、徳ヱ門が静かに頷いてある物を三人の前に出した。目の前に置かれたそれは、会計委員会らしく一見すると普通の算盤。しかし それは予想以上の重量を持っており、危うく林蔵は足の上に落としてしまいそうになってしまう。

「重た!何すか、コレ!」
「委員長特性の十キロ算盤です。今後の活動はこれを使っていきます!」
「じ、十キロ?!何でそんな物・・・!」
「鍛えるなら早い方がいいからですよ。少なくとも、委員長が卒業なさるまでの二年と私が卒業するまでの一年。合計三年間は、「予算会議と書いて合戦と読む」が座右の銘ですからね!」
「(あんまり鍛えると女装が不自然になるから嫌なんだけどなー・・・)こんなの、俺でもギリギリなのに・・・!あの双子が持てる訳が・・・!」
「「二人だったら二つ持てましたー!」」
「何でだー!」




 地獄の会計委員会。これが全ての始まりである。
 創設者である浜 仁ノ助が忍術学園を卒業しても尚、後輩たちは彼の意思を継いで地獄の会計委員会を会計委員長として継続。後に彼らは一年後に入学する潮江文次郎を最年少とする歴代会計委員会委員長――通称『初代組』と呼ばれる事となる。

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