朝。
 年が変わり、学年が一つ上に上がったこの日。忍術学園の新垣は、いつものように学園長のありがたーいお話から始まる。
 朝食前に行われるこの朝会は、殆どの生徒が眠気と空腹から学園長の言葉を聞き流す。そして、「以上じゃ!」という最後の言葉だけには「やっと終わったか・・・」と過剰に反応するのだが・・・。

「朝会を終える前に、ある生徒が君たち全生徒に伝えたい事があるそうじゃ!心して聞くように!・・・良いぞ。」

 最後の言葉は、一個人の生徒に向けられたものだ。程なくして、整列していた生徒たちの合間を縫って一人の生徒が彼らの前に出て来る。その姿に、何人かの上級生がざわついた。

「おい、あれって・・・」
「浜、先輩・・・?!」
「仁ノ助・・・?」

 浜 仁ノ助。藍色の衣を纏う五年生。性格は自他共に認める厳格さで、三禁を守り正心を貫き、強さを追い求める鍛錬馬鹿。
 彼は基本的に無口な方だったので、このような場所に自分から出たがる事は殆どなかった。それだけに、彼を知る同級生や先輩、果ては教師もがその行動に驚いたのだ。

「・・・まずは、貴重な時間を割いてしまう事をお詫び申し上げます。ですが、これは全生徒・・・教師陣の方々にもお伝えすべき事だと思い、学園長先生にご許可を頂きました。」

 低い声。丁寧な物言い。
 同じ組の生徒でさえ、彼がここまで流暢に話すのを見る事は滅多にない。

「私(わたくし)、浜 仁ノ助は本年度より会計委員会委員長代理に就任しました。そして、今ここに会計委員会委員長代理として宣言致します。――本日、たった今、この時を以て。我が会計委員会は『地獄の会計委員会』として業務に臨む所存であります!」





誕生・地獄の会計委員会の段




 会計委員会。忍術学園では言わずと知れた、お飾り委員会。
 活動内容は「算盤遊びに帳簿との睨めっこ」のみという、あまりにも質素なもの。その為、所属する殆どの生徒が気弱な者、サボりたいだけの者たちばかり。去年卒業した、「お人好し」という言葉をそのまま具現化したかのような委員長の存在が、そこに拍車をかけていたと言って良いだろう。
 予算会議とは名ばかりで、各委員会が予算を申し出れば認印を押すだけの簡単な作業。何処か地味ながらも、重要な火薬を扱う火薬委員会よりも、その存在を問題視されていた委員会だった。

 そんな会計委員会が、『地獄の会計委員会』を立ち上げる――?

 それを聞いた時、大抵の生徒がそれを笑い飛ばした。
 何かの冗談か、学園長の思いつきか。いずれにしても、ありえない。現実なし得ない事なのだと。

「差し当たりまして、新任しました各委員会委員長、及び委員長代理に告ぎます。本日中に各委員会の予算案を私に提出して頂きたい。明日以降はそれらを受け付けず、提出されなかった委員会に対しては、今年の予算を零とします。」

 しかし、後に「地獄の会計委員会委員長・初代組」の初代として名を馳せる事となる浜 仁ノ助は本気だった。




「計算如きに音を上げるヤツなど、会計委員会にはいらん!どこの委員会へとも行くがいい!」
「適当に予算を組み上げて、それが通るを思っているのでしたら大間違いです。改めて予算案を組み直して再提出して下さい。」
「本日の委員会活動は終了した。お前の手に持つ予算案は受け付けない。当然、予算も零だ。」

 仁ノ助は上にも下にも、そして内部にも厳しかった。
 サボり癖の付いた従来の会計委員を軒並みに除籍させ、会計室からは例え相手が下級生であっても容赦せずに文字通り放り出す。一つ上の最上級生からの予算案も、妥当性がないと判断するや否や、受け取るに値しないと突き返し。委員会活動を終了した直後にやって来た、同級の委員長代理からの予算案も受け付けなかった。

 その結果。体育、保健、図書、用具、作法、生物、火薬、ついでに学級委員長委員会。忍術学園に存在する全ての委員会の予算が全額却下されるという、前代未聞の事件が発生した。
 当然、各委員会の委員長や委員長代理、顧問の教師が黙っていられる筈もない。除籍させられた元会計委員の生徒たちも交えて、仁ノ助に直訴する形となった。けれど、仁ノ助はそれにも抗ったのだ。

「今までが贅沢の極みだったのです。去年までは前会計委員長の考えに甘んじていましたが、その結果・昨年だけでも全委員会で使われた予算の合計が、各学年の授業予算よりも多いのです。このままでは、忍術学園は散財の壺に嵌ってしまいます。――それに、未だに貴方たちは我々を「お飾り」だとお考えのようだ。私は全生徒の前で、『地獄の会計委員会』を宣言した筈です。何の反論もなかったのは容認と同じです。忍術学園の金銭面は我ら会計委員会が厳格に、厳正に扱うべきだと、我々は自負しています。」

 頑固一徹。それでいて、元々は無口の筈が流暢に話す仁ノ助。その姿に、同級生たちの何人かが思った。
 これは、鬼だ。仁之助が持つ怒りが、厳しさという性格と絡まって彼を鬼にしている。――彼が、初めて人を殺めた時に似ていた。他者に、自分に、周囲に、何もかもに怒りをぶつけて鬼と化していた。
 仁ノ助の今の目は鬼のそれだった。向かう者には決して屈せず、逆に相手が事切れるまで暴れ狂う。

 いつしか、それは身を潜めたと思っていた。けれど、今回は彼が正気な分だけタチが悪い。
 地獄とはよく言ったものだ。地獄には、神の祟りも仏の救いもない。そこにいるのはは、情けも慈悲もない鬼だけだった。


 同級生を、先輩を、後輩を、教師を、忍術学園に携わる全ての者を敵に回しても、厳格であろうとする彼の意志の顕れが『地獄の会計委員会』なのだ。

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