翌日。仙蔵たちが貰い風邪で寝込むというお約束の真っ最中の中で、文次郎の熱は下がり、彼は直ぐ様 会計委員会に復帰した。
 そんな中での、後日談。

「先輩、帳簿終わりました!」
「見せてみろ。」

 文次郎から手渡された帳簿を、仁ノ助は一通り睨みつける。羅列する文字と漢数字、一年生特有の文字のバランスの悪さが目立つが、内容には差し支えがない。

「・・・問題ないな。良くやった。」
「はいっ!」

 仁ノ助が褒めると、文次郎はとても嬉しそうな顔をする。滅多に褒めるという事をしない厳格な先輩だからこそ、褒める言葉が嬉しいのだろう。仁ノ助としても、決して顔にも口にも出さないが、己の言葉を真摯に受け止める文次郎を気に入っている。

「これで予算会議にも間に合いますね。今日はもうお開きにしますか?」
「・・・そうだな。」
「いよっしゃー!終わったー!」
「「疲れたねー。」」

 文机や帳簿に十キロ算盤、筆と硯を忙しなく片付ける会計委員会。この雰囲気だと鍛錬もないだろう事に、林蔵や蓬川兄弟は内心ガッツポーズをしていた。(明日からは予算会議に備えた鍛錬が主な委員会活動になるのだが、今は目を瞑っておこう。)

「そーいや、文次郎。昨日は熱出して倒れたって聞いたけど、委員会での鍛錬の後、ちゃんと汗流したのか?」
「はい。委員会の後でお風呂に行って・・・、ぁ、・・・長屋に戻る途中に厠の帰りだった長次と会って、返却期限が近い本をまだ読んでいないのを思い出して。寝る前に読もうと思って・・・それで、寝不足になって朝から少し調子も悪くなってて、同室の仙蔵を起こして着替えさせての布団を片付けて顔を洗って、それから朝ごはんを食べてから保健室に行こうと思ったのですが・・・「今日は休みだから皆でバレーをしよう」って小平太に引っ張られて、バレーに参加する事になって・・・。そこで、留三郎のアタックを慌てて避けた為に伊作がバランスを崩して、倒れそうだった伊作に気付けなくて・・・そのまま・・・・・・」
「・・・・・・・・・。」
「―――。」

 事のあらましを説明する文次郎に、会計委員たちは各々に絶句した。
 半分は自業自得だが、もう半分は・・・・・・。

 シャッ、と仁ノ助の持つ算盤の天の珠(算盤の一番上の珠。計算を始める時に払う)が払われる。

「・・・これより、予算案を組み直す。」
「え?」
「おい、双子ー。文机仕舞うな、戻しとけー。」
「とりあえず、体育と用具の予算はなしですね。」
「・・・作法委員会の予算もゼロだ。」
「組頭先輩ー、図書はどうしますー?」
「保健委員会はー?」
「図書に関しては文次郎にも非がある。保健委員会は、風邪薬代という事でそのままにしておけ。但し、どんな不運で予算を紛失しようと追加予算はなしだ。」
「(ぁー、作法もゼロか・・・。化粧品とか相談されてたんだけどなー、委員長の虫の居所が悪かったって事でごまかしとこ。嘘じゃねーし。)」

 帳簿の計算がやっと終わったという雰囲気だったのにも関わらず、急変する委員会。一年生の文次郎だけが理解できずに首を傾げた。

「あの・・・委員長・・・?」
「文次郎、帳簿は何度確認してもいい。寧ろ、一回出来たからと安心する方が危険だ。」
「そ、そうなのですか・・・?」
「これから、出来上がった帳簿のどこを見るべきかを教える。ここに座れ。」
「は、はいっ!」

 そう言って文次郎を座らせるのは、仁ノ助の膝の上。またか、と林蔵は隠れて溜息を吐いた。

「(流石に、お前を倒れさせた原因の友人がいる委員会の予算を却下する、とは言えねーよなぁ。アイツらも可哀想に。ウチの委員長にしては、珍しく緩い予算案だったってのになぁ。)」

 仙蔵たちに「文次郎を辞めさせる訳にはいかない」と言っていたのでさえ、実際には仁ノ助が文次郎を手放したくがないが故。彼が文次郎を溺愛しているのは、会計委員会では有名な話だ。だからこそ、文次郎の発熱の切欠が自分たちにあると知って、仁ノ助は仙蔵たちの話を聞いていた。普段なら「くだらん」の一言で一蹴された事だろう。
 ところが、発熱のきっかけは会計委員会にあっても、倒れるきっかけは間違いなく彼らにあると発覚してしまった。
 無口な会計委員長なりの(当人達には絶対に伝わらないであろう)、信頼の証だった予算案は白紙に戻った。


 数日後に迫る予算会議は、昨年と同じく「合戦」と読む戦場へと変わるだろう。そして、終わりに差し掛かっていた筈の会計委員会は間違いなく今日も徹夜である。
 ご愁傷様、と会計委員会唯一の常識人でもある林蔵は誰に向ける事もなく、ひたすらに己の心の中で合掌していた。


「・・・文次郎。会計委員会は辛いか?」
「え・・・?」
「辞めたいと、思うか?」


 「辛いのであれば辞めてしまえ!」――文次郎が同級生に言われていた言葉だ。
 文次郎は泣き虫だが、決して弱音を人に見せようとはしなかった。口ではあれこれと言えても、心の内では会計委員会に対する鬱憤が溜まっているのかもしれない。


「・・・いいえ。辞めたいなんて、思いません。」
「本当か?」
「会計委員会の活動が大変だとは思います。けれど、それ程に重要な仕事をしているという誇りがあります。帳簿が上手く出来ないのは俺が至らない為で、会計委員会の所為ではありません。――三禁を守り、正心を貫く浜先輩こそ、俺は忍者のあるべき姿だと思っています。そんな浜先輩のお側にいられる事が、先輩のような忍者になる事が、俺にとってはとても大切な事です。」


 一年生にしては仰々しい言葉、真摯な目。徳ヱ門から見て、仁ノ助はその言葉に感動しているようだった。(林蔵以下の後輩には分からないようだったが)
 徳ヱ門から見れば、文次郎と仁ノ助は似た者同士だ。目指しているものが純粋過ぎる。仁ノ助はそれを追求し過ぎて自分よりも上の先輩、果ては同級生にまで嫌煙されるようになってしまった。自分以下の後輩たちが会計委員会にいるのも、情けや別の都合だと思っているかもしれない。

 けれど、文次郎は違うのだ。仁ノ助と同じように純粋だから、何処までも仁ノ助の在り方に憧れる。
 自分にないものを持っている。そんな理由で憧れた自分が恥ずかしい、と時折 徳ヱ門は隠れて自嘲してしまう。


「そうか・・・。」
「・・・浜先輩?」
「――帳簿の整理がつき次第、予算会議に向けての鍛錬に入る。逃げたり寝入ったりするのは許さんからな。」
「はいっ、頑張ります!」




 この残酷な戦乱の時代に、純粋過ぎる考えを持って生まれてしまった似た者同士。
 彼らが出会う事は、偶然の中に生まれた必然だったのかもしれない。

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