仙蔵たち一年生を隣の仮眠室へと放り込んで、会計室では帳簿合わせが再開される。三度(みたび)、繰り広げられる算盤の合唱会。仮眠室からは一年生特有の、がやがやと騒ぐ声が聞こえない。一緒になって寝入ってしまったのだろう。夕食の時間に起こしてやらねば、と会計委員会の四年生・御園林蔵は思った。

「もう直ぐ夕食の時間。でも、泣き虫のなっちゃんは、お熱。」
「後で鉄粉おにぎり持ってったら、食べるかな?」
「消化に悪いもんを食わせるな。」

 恐ろしい事を言う悪食双子・三年生の蓬川甲太と乙太に、林蔵の顔がぞっと青くなる。先輩や教師の言葉には、驚く程素直な文次郎の事だ。熱に浮かれた頭でそんな事を言われては、止める間もなく鉄粉まみれのおにぎりを頬張る事だろう。会計委員会の先輩として、それだけは阻止しなくてはならない。

「でも、良かったんですか?文次郎を、あの一年生共に任せちまって。」
「熱がある状態で、仮眠室で一人で寝るというのは文次郎も不安でしょう。それに、委員長も安心してますし。」
「安心〜?」

 疑うかのような視線で、林蔵が仁ノ助を見やる。無口でいつも眉間に皺を寄せている彼の表情は、昨日も今日も変わらない・・・気がしてならない。

「安心してますよ。文次郎にも、同級生の友人がいるって分かったんですから。」
「・・・。」

 文次郎の先輩である限り、自分たちはどうしても彼を残して先に卒業してしまう。委員長の仁ノ助など、卒業まで既に一年を切っている。
 地獄の会計委員会を設立してからというもの、会計委員会は何か他の生徒たちから孤立・対立しがちだった。それを後悔した事はないし、それでも今の会計員会を止めるつもりはない。けれど、それでも仁ノ助にはこの先 確実に残されるであろう文次郎の事が心残りだったのだ。

 事実、潮江文次郎は上級生や教師たちからの反応は良くても、一つ上の二年生や同級生とは対立しがちで、いじめられっ子体質らしい。

「二年生との諍いは、上の学年になるにつれ無くなるでしょう。けれど同級の友というのは、上の学年になればなるほど、得るのが難しいのです。」
「この双子みたいにっすか?」
「「さっちゃん先輩がいじめるー!」」
「だから、そのさっちゃんっつーのをを止めろ!」

 三年生の甲太、乙太は変わり者の生徒だった。人嫌いの気があるらしく、偏食悪食という特徴も手伝って、彼らは委員会を盥回しにされて会計委員会に流されたのだという。尤も、彼らとしてはその事を嘆いた事はなく、今となっては委員会に所属する生徒全員を信頼の証(本人ら談)として、あだ名で呼んでいる。

 けれど、林蔵としてはどうにも上級生として舐められているのではないかと不快になるあだ名だ。由来も、変装の術が見事で「詐欺師にしか見えない」の「詐欺師」からの「さっちゃん先輩」だ。褒められているのか、貶されいるのか微妙な所である。
 因みに、後輩の文次郎のあだ名は「泣き虫」からの「なっちゃん」。先輩に当たる徳ヱ門は「小姓先輩」、委員長でもある仁ノ助に至っては「組頭委員長」だ。――同じ先輩なのに、この差は何だと問い詰めたい。

「少なくとも、私の代までは『地獄の会計委員会』は継続するつもりなので。それまでに生涯の友と言える相手が見つかればいいと考えていましたが。友人思いの良い子たちでしたね。」
「・・・ま、ウチの委員長に殴り込んで来ましたからね。最近じゃ、六年生だってそんな事しないのに。」
「あの目つきの悪い一年生・・・用具委員でしたっけ?彼はいつも文次郎を泣かせているようで、今回も委員長を殴ろうとしてましたね。後々、じっくりとお話ししなくては・・・!」

 にんまりと笑みを浮かべる徳ヱ門の背後に陽炎が見えるのは、気のせいだと林蔵は信じたい。穏やかな雰囲気の持ち主の癖に、この徳ヱ門という先輩は会計委員会以外の生徒に容赦がないのだ。機嫌の悪い彼を相手にしていると、時折、麻布に巻かれた真剣を突きつけられているような気分になる。林蔵と蓬川兄弟のように反発する事なく、一つ上の委員長を神聖視する信者。

 『地獄の会計員会』が所属する生徒を募集していた頃。面白半分に作法委員会から会計委員会に乗り換えた林蔵だったが、機嫌の悪い徳ヱ門を滅多に相手にしなくていいという現状を思うと、ある意味ではファインプレーだったのではないかとさえ思った。

「程々にしてやって下さいね。」
「そうですね。あんまり甘やかしてると、付け上がりますからね。――そうそう、会計室の前で言っていたのを聞きました?私を血の気が多いと言ってたんですよ、失礼な話ですよね。」
「(アンタの会計委員としての振る舞いが異常なんですよ!)」

 口が裂けても言えないので、林蔵は心で思うだけにした。

「委員長の正心を継いで、生涯の友とも言える友人を持つ彼ならば、『地獄の会計員会』も見事に継承してくれる事でしょう。理想としては、そこに彼を支えてくれる後輩が欲しい所ですが。」
「なっちゃんが三年生になったら、小姓先輩卒業ですもんねー。」
「委員長と徳ヱ門先輩みたいな間柄が忍術学園では珍しいですから、まぁそこは仕方ねーでしょう。」
「――という訳で、文次郎の後輩に関しては貴方たちに任せます。」
「丸投げだー。」


 文次郎が入学する一年前。浜 仁ノ助は会計委員会委員長代理として就任するや否や、当時お飾り委員会として知られていた会計委員会を『地獄の会計員会』として立ち上げると全生徒・教職員の前で宣言。当時の委員長、委員長代理を相手に「全委員会予算全額却下」という離れ業をやってのけたのだ。
 サボり癖の付いた会計委員は全ていなくなり、改めて集められた今の会計委員。他所の委員会よりも歴史は浅いものの、そこには確かな絆がある。


「っつか、文次郎がこの先ずっと会計委員会にいるのが確定してるのが前提ですよね。その話。」
「おや?貴方たちは他の委員会に文次郎を任せても良いのですか?」
「嫌でーす。」
「駄目でーす。」
「・・・言ってみただけでーす。」
「お前達、そろそろ無駄話を止めて帳簿を片付けろ。」
「「はーい。」」


 願わくば、この委員会の在り方と絆が、自分たちが卒業した後も尚、紡がれていきますように――。

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