<浜仁ノ助の就職先>

「お主が浜か。」
「浜 仁ノ助と申します。」
「噂に聞く、良い面構えじゃ。よくぞ我がツチノコ城に来てくれた。」

 忍術学園を卒業した浜 仁ノ助は、スカウトされる形でツチノコ城の忍者隊にやって来た。正直に吐露すれば、それは意外でしかない。彼は学園一の嫌われ者であり、他者も自身もそれを理解していた。その為、仁ノ助は自力で就職先の城を探そうと思っていたのである。
 その矢先に、スカウトの話が学園から持ちかけられた。比較的、小さな城だったが。その城や街を調べた末、仁ノ助は「是」と頷いた。城主の野心が心許無い気はしたが、城も町も「平和」と言うには申し分なかったのだ。
 配属されたのは二つある内の「亀」と言う忍者隊。主な仕事は城の警備。城を守る為の忍者隊だった。

「お前が忍術学園から来たという浜か!」
「学園での話を聞かせてくれよ!」

 新参者の仁ノ助に、彼らは良くしてくれた。忍術を学ぶ所としては名門の出という事もあって、ちやほやとされていたのだ。

「お前が、新入りの浜 仁ノ助か・・・。」
「可哀想になぁ。あんな鈍臭い亀隊なんかに入っちまうなんてよぉ。」

 もう一つの忍者隊「兎」からは、言ある毎にやっかみをかけられた。
 ツチノコ城に存在する、二つの忍者隊。元々は一つの忍者隊であったが、やがて忍者隊としての考え方が二分化するようになり、そのまま二つに別れてしまったのだ。
 慎重派として知られる亀は行動力こそ低いものの、兎にはない安定感がある。血気盛んな者の多い兎は目先の事に囚われ易いが、先制力には事欠かない。
 互いに牽制し合う事から、南蛮渡来の物語に登場する動物に擬なぞらえたというのが由来らしい。思わず失笑してしまうが、的を得ているというのが仁ノ助の率直な感想だ。

「兎の奴らに何か言われたのか?!」
「いつでも助けになるからな!」

「亀隊にいちゃあ、学園で学んだ技術も生かせないだろうなぁ。」
「こっちに来たいのなら、いつでも言ってくれ。」

 嘗ての忍術学園では、己が諍いの渦中にあった。これが巻き込まれる側の心境なのか、と仁ノ助は今更に納得する。『地獄の会計委員会』を作った事を後悔する事はない。が、その為に周囲の人間(主に下級生)たちに不快な思いをさせてしまった事だろう。
 仁ノ助を置き去りにして、相手側が悪いと決め付けて。双方の言い分に、仁ノ助はどちらにも「己が未熟というだけの事です」と、返答を徹底した。どちらの言い分にも、頷かないし否定もしなかったのだ。
 その話を聞きつけてか。ある日、双方の忍者隊を束ねる組頭に付く人物に話しかけられた。

「お前の事を中途半端などっち付かずと言う者がいるんだが・・・。お前はこの城にとって、どちらの隊が必要だと思う?」
「・・・どちらも城を支え、守る忍者隊としては必須でしょう。・・・纏まりがないと言えばそれまでですが・・・、凝り固まっていては思考力が鈍るものです。」
「そんな事を言うとは、お前も中々に変わっているな。大抵の奴らは、亀か兎の考えに凝り固まっちまうってのに。」
「人として生きるのであれば、それも可能でしょう。・・・・・・ですが、私は忍者としてここにいるのです。身内の忍者が落城の原因では、笑い話にもなりません。」

 ツチノコ城が抱える唯一の懸念は、この二つの忍者隊の抗争だろう。今はまだ暴走せずにいるが、いつこの均衡状態が崩されるかも分からない。この城を狙う者に知られれば、目も当てられない結末を迎える事は避けられない。

「・・・お前なら、どうする。この二つの隊を、そのままにしておくべきだと思うか。」
「いえ。ですが、無理矢理に統合するのも危ういでしょう。二つの隊には各々の矜持があるのですから。」
「ならば、どうする?」
「共通の敵を作ります。共通の敵に対して、お互いが手を組まねばならぬ状態に追い込めば、自然と諍いは無くなります。」
「そうか・・・。お前は“やはり”、そう考えるか。」

 やはり。組頭の言葉は、まるで仁ノ助がそう答えるのを分かっていた、否、待ち望んでいたかのようだった。

「仁ノ助。俺が城主とお前を会わせよう。その時、今の話と全く同じ話をお前の口から言え。」
「・・・。」

 後日。仁ノ助は組頭に言われた通り、お目通りした城主に同じ事を告げた。二つの隊の正しさ、危うさ。諍いを止める方法。
 すると、城主は頬を歪めて笑って見せた。

「そうかそうか!お前は“やはり”そう思うか!」
「(また、やはり・・・。)」
「この話は、お主にこそ相応しい!」
「・・・・・・。」

 数日後。新たに作られた忍者隊。名を「鯨」。名目上は、城主が個人的に忍者を使う為の少数衛生。亀と兎、双方の忍者隊から寄り優りの人材を選出して作られる。“そこ”に、ツチノコ城に来て一年も満たない仁ノ助が配属された。

「おい、浜!何でお前が鯨に選ばれるんだ!」
「・・・城主に、作った甘味がお気に召されたとか。」
「はは、その年で賄賂かよ!憎たらしったらないな!」

 良くしてくれた亀の先輩も、言ある毎に兎に引き入れようとしていた先輩も。仁ノ助が鯨に配属される事を知って、一様に嫉妬から彼を遠ざけた。名門校出身であるのを良い事に、忍者と関係ない事で城主に気に入られた。各隊の中で、仁ノ助の評価はガタ落ちだった。

「済まないな、浜。こんな目に遭わせてしまって・・・」
「・・・・・・構いません。私自身が決めた言です。」

 申し訳なさそうに言う組頭に、仁ノ助は淡々と告げる。因みに、仁ノ助が鯨隊に選出されたのは賄賂ではない(仁ノ助の甘味を気に入ったのは本当だが)。
 鯨の存在理由は、城主と組頭が厳選した少数精鋭。しかしてその実態は、二つの忍者隊の憎まれ役だった。亀と兎、二つの隊がお互いを憎まずに存在していられる方法。それが、共通の敵を作る事だったのだ。

「・・・私は、己が周囲に溶け込めない人間だと知っています。」
「流石に、忍術学園で全ての生徒と対立していただけの事はあるな。」
「・・・ご存知でしたか。」
「というより、その話があったからこそ。お前をスカウトさせて貰った。」

 忍術学園の全生徒を敵に回した。その話を聞いた時、組頭は唖然としてしまったものだ。忍術学園の生徒は基本的に、仲間割れを念頭に置いていない。仲良く、という表現には語弊があるものの。そこでしか育たない絆があるのは明確だった。その中で、浜 仁ノ助という生徒は自らそれを捨て去った。それも自分の為ではなく、学園を守る為に。
 卒業してしまえば何の関係もなくなってしまう学園の為に、その時にしか手にする事の出来ない絆を捨て去ったのだ。

 嫌悪の目に晒されて尚、平常心を保てる生徒。ツチノコ城の忍者隊が欲している人材だった。

「・・・合理的だと思います。」
「お前は、それでいいのか。」

 職場環境は最悪に近いぞ、と組頭は告げる。まるで、辞めたいのであれば辞めてもいいと言わんばかりに。
 けれど、それを直接言わないのは立場上の事でもあるし、仁ノ助以上の適任者が見つからない為でもあるだろう。
 争い続ける、二つの忍者隊。遠ざける事も、混ぜ合う事も叶わず。共通の敵を作る事によって、兎と亀の睨み合いを鯨だけに向けさせる。
 言葉では容易だ。しかし、それを実際に行える人間は少ないだろう。何せ、四六時中、敵意の目に晒される事になるのだから。

「・・・憎む事で、恨む事で。楽になれるのならそれが良いでしょう。」
「苦労性だな、お前。楽な生き方が出来ない。」
「楽をしたくて忍者を目指した訳ではありませんから。」

 鯨の実態を知って、選抜を拒絶した忍者も少なからずいた。だが、仁ノ助は全てを知って尚、それを受け入れると言ったのだ。彼の覚悟の何と凄まじく、何と哀れな事だろう。
 憎む事が、恨む事が楽である。確かにその通りだ。このご時勢、憎悪も怨恨も、己の内を吐き出すには絶好の手段だ。それが肥大化すれば、戦や搾取に繋がるというだけの事。

 それらの感情の捌け口を、一身に受けると覚悟を決めた浜 仁ノ助。哀れだとは思いつつ、助ける事のできない組頭は、せめて彼の手助けが出来る人材が合われる事をささやかに願う他なかった。

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