<小田と浜>※年齢操作(六年→一年)

 『地獄の会計委員会』の仕事は、帳簿相手の机仕事だけではない。会計委員会を作り直した現委員長・浜 仁ノ助の意向により、体を鍛える鍛錬も委員会活動に含まれていた。会計委員会に入ったばかりの一年生、潮江文次郎もその事は承知している。寧ろ、仁ノ助の意見に賛同して鍛錬にはこと意欲的だったのだ。

「――今日の委員会は、これまでにしましょう。」
「え・・・?」

 だから、会計委員会の五年生・小田徳ヱ門がそう申し出た時には、目を丸くして驚いた。委員会を切り上げるには、早過ぎる時間だったからだ。

「徳先輩、どうしてですか? まだ時間はありますよね?」
「・・・明日は、五六年合同の演習がありまして。その準備があるんですよ。」

 長い前髪の向こうでニコリと笑う徳ヱ門。けれど、仁先輩はそんな事言わなかった。と、文次郎が抗議しようとした瞬間。

「よっしゃ!今日の委員会終了〜っ!風呂入って寝るとするか!」
「「お風呂だ、お風呂ーっ!」」
「えっ、林先輩っ!こーた先輩とおーた先輩までっ!」

 割り込んで来たのは、四年と三年の会計委員たちだ。四年生を御園林蔵、三年生の双子の生徒を各々蓬川甲太、乙太と言う。普段は滅多な事では意見の合わない、隣り合った学年の者たちが、この時ばかりは一緒になって撤退しようと言って来る。
 この事にも、文次郎は違和感を感じた。――が、向こうには学年でも有名な、「ごまかしの達人」がいる。

「何だ文次郎。まだ鍛錬し足りないってのか?じゃあ、風呂上りに俺の部屋こい。みっちりと女装の伊呂波を叩き込んでやる。」
「・・・いえ、いいです。」

 女装を教える。その言葉に、文次郎は引き下がるしかない。この御園林蔵という男。こと女性に関しては、学園教師の山田伝蔵とタメを張れる程に強い拘りを持っているのだ。苦手意識の女装を教わるとなれば、例え文次郎が万全の状態であっても、終わった時には疲労困憊している事だろう。
 この苦手意識が、また林蔵にとっては文次郎を操る手段となっている事を、幼い彼は知る由もない。

「じゃ、俺等先に上がってますんでー。」
「「先輩おやすみなさーい。」」
「はい、お疲れ様です。」

 林蔵と双子の三人に促され、とうとう文次郎は撤退を余儀なくされる。納得のいかない顔で徳ヱ門を睨みつけても、彼はニコニコと普段と変わらぬ笑顔で彼らを見送るばかりであった。
 そんな徳ヱ門の背後から声がかけられたのは、文次郎たちの姿が見えなくなってからの事である。

「・・・合同演習など、無かった筈だ。」
「えぇ。こうでも言わないと、あの子は今でも下がらなかったでしょうからね。」

 背後から現れた仁ノ助に動じる事もなく、徳ヱ門は振り向いてニコリと笑みを深める。
 仁ノ助からしてみれば、鍛錬中に教師に呼び出され、戻って来てみれば委員会活動が中断されているのだから、溜まったものではない。

「何の真似だ。」
「簡単な話です。手当、させて下さいね!」
「・・・・・・。」

 両の手の平を音もなく合わせ、女性のおねだりの如く告げる徳ヱ門。そのふてぶてしい様子に、仁ノ助は絶句してしまう。

「・・・手当はした。保健委員長の小野寺弓彦に捕まったからな。」
「いえいえ、その後の怪我ですよ。最低限の止血しかしてないでしょう?」

 浜 仁ノ助は、学園一の嫌われ者として有名だ。それは会計委員長として、他の委員会と敵対関係にある事が由来である。だが、それを鵜呑みにして、仁ノ助を貶めようとする生徒も後を絶たない。彼らに対して基本的に仁ノ助は無視を徹底しているが、それでも時には傷を負わされる事もある。

「あの双子もソワソワしてましたよ。文次郎はまだ気付いていなかったようですが、あの子も聡いですからね。」
「・・・会計委員会が、薬を無駄使いする訳にはいかない。」
「必要費ですよ。怪我を治す為の薬なんですから。」

 普段ならば、徳ヱ門は仁ノ助に付き従う立場にいた。しかし、このような時に限って、徳ヱ門は仁ノ助の意見すら耳に入れなくなる。

「私の治療の練習とでも思って下さい。それが嫌なら、反撃して下さい。」
「私用で忍術は使えない。」
「正当防衛でしょう。貴方が、彼らの鬱憤の捌け口になる必要はない筈です。」
「・・・徳ヱ門。」
「生憎と、私は貴方のように聞き分けの良い性格はしていませんので。私の好きにします。目下、私の行動は貴方を治療する事です。」

 傷つけられる事を許されるのであれば、治されることも許して下さい。
 ――こんな時の徳ヱ門には、とても敵う気のしない仁ノ助であった。

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