<立花の初恋>※年齢操作(六年→一年) 立花仙蔵が恋をした。 これは、ちょっとした大事件に成りうる事だった。何せ彼は見た目良し、器量良し、家柄良しの、同世代の子供が羨むようなものを全て持っているような子供。当然のように人の上に立っており、好きなものと問われれば決まって「自分」と答えるような子だ。 そんな彼が、恋をした。 常に惚けて、授業にも力が入っていない。そんな典型的な「恋の病」の症状を見せる仙蔵を見て、「あれも人の子だったんだな」と安堵した者は数知れず。 彼と特に仲の良い、同輩五人にもその噂は当然広まっていた。 特に、仙蔵と同じ組の潮江文次郎は五人の中でも心許された存在である為、質問は城攻めの弓矢の如く。けれど、文次郎の答えは決まって「分からない」だった。嘘は言っていない。何せ、仙蔵が恋に落ちたその日。文次郎は出かけていたのだから。 当人に問いかければ済む話だと、文次郎は思う。しかし、プライドも人一倍高いあの同輩が、素直に上級生に揶揄いの原因となる話を認める筈がない。というのも分かり切っていた。 結論。この問題は、文次郎たちにはどうにもならないのだ。他でもない、仙蔵自身が動かぬ限りは。 「仙蔵。君って恋してるんだって?」 「っ、い、いえっ!忍者のたまごたるものっ!三禁に溺れるような事は決してっ!」 そんな仙蔵に、ズバズバと切り込む猛者がいる。名を、和野 保次郎。仙蔵の所属している作法委員会の委員長でもある彼だが、実際に委員会活動に出た事は殆どない。同委員会の四年生・谷村 利郎曰く、「やる気がないの"だけ"が、玉に瑕」という事だ。 実際、保次郎は実技も教科も学年トップの優秀生。つまり、学園のトップに君臨している生徒なのである。その手際は、プロに最も近いと言われる最上級生たちの中でも、郡を抜いていた。 「いーじゃない。別に恋したって。僕だって、恋してるし。」 「ぇ、そうなんですかっ?!」 「うん。本当。でも、全然靡いてくれなくてさー。」 意外だった。立花 仙蔵から見る和野 保次郎という先輩は、この世のあらゆる物から抜きん出た存在だと思っていたのだから。それが、仙蔵と同じように、届かぬ者に焦がれている。 「黒髪が綺麗でさー、お淑やかな子なんだ。学園にはいない子だよ、あれは。」 いつの間にか、保次郎は自身の惚れた相手を語り出す。仙蔵の事は置き去りにされた気がしてならないが、彼の語る「彼女」に、どうしても仙蔵は名も知らぬ「彼女」を重ねてしまう。 「あー、本当に去勢しないかなー。」 「?!」 が、次の瞬間。仙蔵の幻想は打ち砕かれた感覚に陥いった。繊細な硝子細工のように、罅割れ砕けたような・・・。 「・・・あの、先輩?」 「何?」 「先輩の好きな方って・・・・・・もしかして。」 「あ、誤解しないでね。僕は「彼女」が好きだよ?ただ、"女装"っていう限定的な所でしか会えなくてさー。」 「――。」 驚愕の事実。己の先輩が好きな相手は、"女装"した相手らしい。けれど、その"女装"を辞めた相手は保次郎が苦手らしく、必然的に"彼女"と出会える時間も限られてしまう。・・・世の中というものは、知り尽くした気でいても広いものらしい。 「店の跡取りとかじゃなかったら、嫌が応にも去勢してたのになー。俺、そういうの拘らないからちゃんと面倒見れるのに。」 生々しい。耳を塞いでしまいたいが、何故か手が動かなかった。 「妹出来たっていうし、そっちから仕掛けようかなぁー。」 「え、妹が、出来た?」 「うん。出来たんだってよ?ちょうど、仙蔵くらいの子。」 ・・・そう言えば、仙蔵の焦がれる彼女の傍にいた妹も、自分と背格好が似ていた気がする。 惚れた女性の名前は聞きそびれたが、その妹の名前は彼女が言っていたので覚えていた。確か、名前は・・・。 「確か――「おふみちゃん」――え?」 数日後。見るも無残に精根尽き果てた仙蔵の姿が、学園の随所で確認される事となる。 「なー、仙蔵どうしたんだ?」 「あれ、あいつって好きな人出来たって浮かれてなかったか?」 「それが、どうにもなぁ・・・」 「・・・失恋だな。」 「あー。残念だねー。断られちゃったのかなぁ。」 「・・・いや、色々あったんだよ。うん。」 説明する言葉が見つからず、文次郎は言葉を飲み込んだ。 仙蔵が保次郎に背負われて長屋に戻って来た時は何事かと思ったが、どうにも「惚れた相手が異性じゃなかった」事に勘づいてしまったらしいのだ。相手は誰か知らなかった当時の文次郎も、深くは追求出来なかった。 そして、去り際の保次郎に言われた一言は、文次郎の心にズシンと今も伸し掛っている。 『僕さ、会計委員長嫌いなんだよね。俺の好きな子盗っていつまでも返してくれないし。――君から、林子さん返してくれるよう言ってくれない?冗談だけど。』 ・・・あの先輩には、下級生の初めての変装などとうに見抜いていたようだ。 そして、好いた相手が異性でないと知りつつの、あの執着心。その恐ろしさに涙さえ引っ込んでしまったのは、誰にも言えない秘密である。 prev next 戻 gift main mix sub CP TOP |