<髪の短い先輩>※年齢操作(六年→一年)

 昔は、これでも髪が長い方だったんだよ。それこそ、同室の三枝久右衛門と同じくらいにはね。でも、僕が四年生の頃だったかな。とある一年生が保健委員会に入って来たんだよ。
 名前は・・・、"どっち"だったかな。覚えてないや。

 僕は気軽に挨拶してみたんだけれど、彼は何も応えなかった。最初は人見知りなんだろうなとは思ってたんだけどね。それだけじゃなかった。
 貴重な薬や機材は鉄粉塗れにしてしまってね。衛生面に気を配る保健委員会としては、ありえない事だろう?"彼ら"はいつも、食べる為に鉄粉を持ち歩いていたんだ。それを無造作に振り撒くものだから、当時の保健室は治療よりも掃除している事の方が多かったかもしれないな。

 でも、そんな生徒でも長所というか、目を見張るものはあってね。薬の作り方は水を飲むように覚えていったよ。当時の委員長も驚いてた。一年生ができる事じゃないってね。
 ・・・今思えば、それが原因だったろうね。

その生徒が作っていた特別な薬湯を、僕が頭から被ってしまったんだよ。不運と偶然が重なった末にね。――それで、髪の毛が全部なくなってしまった。
 吃驚したよ?洗い流そうと水を被ったら、同じように髪の毛がするりと流れていくんだから。あの時は堪えたなぁ・・・。
 で、それから僕の髪に纏わる不運は始まったんだ。何の後遺症もなく生え戻ったかと思ったのに、いざ実習になると木の枝に引っかかった結果・赤点になってしまうなんてザラだったし。酷い時には火矢が飛び火して髷が燃えてしまったし。髪を伸ばせば伸ばすだけ、悪い結果が出てしまうようになってしまったんだ。


* * *



「――とゆう訳で、僕は髷も結えれないくらいの髪の長さを保っているんだよ。」

 格好悪くてごめんね、と苦笑するのは、六年は組の保健委員長・小野寺おのでら弓彦ゆみひこである。話を聞いていた一年生の善法寺伊作は、「どうして髪の毛が短いんですか?」と興味本位で訪ねた張本人だ。しかし、予想異常に衝撃的な事情であった。
 学園に入って、薬学を学ぶ尊敬している先輩が、薬の効果で髪の毛を失ってしまうとは。何という皮肉だろうか。

「そんなに気にしなくてもいいんだよ?抜ける時も何の痛みもなかったし、頭皮に異常はないって新野先生も仰っていたし。そういう意味では、あの薬湯は最高級の脱毛剤だったって事だろうしね。」

 最高級の脱毛剤。効果は確かに凄まじいのであろうが、どうにも伊作は納得いかなかった。

「・・・その、薬湯を作ったという生徒はどうしたんですか?」
「来て一年もしない内に、委員会を辞めてしまったよ。その次は図書委員会に入ったらしいけど、そこでも上手くいっていなかったみたいだね。」

 伊作の中で、薬というものは怪我や病を治すものという認識だ。それは今でも変わらない。だが、それを被って悪影響とも言える状態になっているのに、どうしてこの先輩は笑っていられるのだろうか。
 そんな胸中を悟ってか、弓彦は告げる。

「伊作。これだけは覚えておいてくれ。薬は万能薬ではないんだ。だから、一生懸命に薬を学んでも、それが報われるとは限らない。薬を作ろうとして、毒になってしまう時もある。作った薬を、ひっくり返してダメにしてしまう事もある。」

 保健委員会ぼ く た ちは不運だからね、と続ける弓彦は、どこか影を背負っていたように見えるのは、果たして気のせいだっただろうか。

「報われる事を考えてはいけないよ。怪我人に見返りを求めるようでは、ちゃんとした手当てはできない。僕たちは保健委員会なんだからね。」
「・・・はい。」
「そうだ。伊作も作ってみるかい?薬湯。」
「えっ、良いんですか?!――でも、また小野寺先輩の髪の毛がっ!今度は永久脱毛みたいになってしまったらっ!」 「・・・・・・君は薬を作る前から、僕の頭皮を狙うのかい。」

 変な解釈で物事を進めてしまうのは、一年は組の性さがなのだろうか。と、弓彦は考えてしまう。けれど、言葉には出さない。嘗ては己も、一年は組だったのだから。
 出来る事なら、伊作だけは"あの双子"と関わらずにいて欲しい。と、弓彦は考えている。贔屓をするつもりではないが、"彼ら"と伊作は、どうあっても馴染めない気がするのだ。

 けれど、関わってしまうのだろう。とも思う。
 何せ、自分たちの所属する保健委員会は不運を背負う生徒が多いのだから。一年生にして、既に薬学への才能を見せている伊作は、それこそ最大級の不運を背負ってしまうのかもしれない。

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