<"彼女"と神崎>※年齢操作(六年→四年,三年→一年)

 神崎左門が"彼女"の存在を知ったのは、一年生の頃。一年長屋が迷子になり(本人談)、四年長屋に来てしまった時の事である。

「・・・それでは、行ってきます。」
「まったく、普段からそのように大人しければ良いものを。」

 四年長屋の、い組の部屋。そこから現れる、一人の女性。艶やかな着物を見に纏い、顔には整った化粧、お淑やかな身のこなしでスラリと歩く姿は正に、百合の花。
 左門が見とれていると、彼女を部屋から見送っていた四年生・立花仙蔵が此方に気付いて声をかけて来る。

「ん?お前は一年ろ組の神崎か。何か用か?」
「ほげっ、あ、いえ・・・!用という事はないのですが・・・、」
「委員会で何かあったか?生憎文次郎の奴は出かけてしまったのだが・・・。」
「いえ、潮江先輩の事ではなくて!・・・さ、先程の女性はっ、立花先輩の伴侶なのでしょうかっ!」
「っ、げほっ!」

 決断力のある方向音痴、神崎左門。本日も平常運転である。

「先輩?」
「けほっ、いや・・・済まない。気管に入ってしまってな・・・。・・・・・・それで、あぁ・・・。先程の女性の事か?」
「潮江先輩の居ぬ間に長屋に連れ込むのは、不躾と思うのですが」
「いや、そもそも違う。彼・・・女は、伴侶ではない。――作法の、首化粧の事で話をしていたのだ・・・っ!」
「そうなのですか?でも確かに、立花先輩は四年生でありながら作法委員長代理を務められているのですからな!」
「あ、あぁ・・・」

 何とか、話題を反らす事に成功した。自意識過剰という訳ではないが、仙蔵は顔が整っているので"その手"の噂を毛嫌いしているのだ。
 自分の所属する委員会に誤魔化せる理由があって良かった、と仙蔵はこっそり胸を撫で下ろす。

「という事は、先程の女性は化粧に長けているという事でしょうかっ!」
「まぁ、月並みだろうがな。」
「その女性は、何処にっ」
「何だ神崎。あの女性に惚れたのか?言っておくが、彼女は学園の人間ではないぞ。」

 次いつ来るのかは私にも分からない。
 仙蔵の言葉を聞いているのか、いないのか。左門は"彼女"が去って行った方を見たままでいた。


* * *



 ――という出会いを左門が語ると、語られた相手はさして興味もないような無表情で、ゴリゴリと乾燥させた薬草を磨り潰しながら、ポツリと呟いた。

「・・・それ、"おふみちゃん"なんじゃないの?」 「天日先輩も知っていましたか!」
「(すっかり、"天日先輩"が定着しちゃったなー。)」

 左門が天日先輩と呼ぶ相手は、実の名を蓬川甲太と言う。学園一の問題児とも呼び声高い双子の上級生の片割れなのだが、どうにも左門はそれに臆さずズケズケを物を言って来る。左門は甲太と、双子の片割れ・乙太を揃って天日先輩と呼ぶのだが、実際の名前は知らず、どうやら双子である事にも気付いていないらしい(双子はそれを面白がっている)。
 因みに、天日先輩の由来は「出会った時に薬草の天日干しをしていた」からである。

「・・・知ってるっちゃ知ってるけど、知り合いじゃないよ。会った事ないし。」
「そうなのですか?ですが、僕はどうしても、彼女にお会いしたいんです!」

 知り合いでないと言っているのに、自分の意見を言って来る。話を聞いているのかと、不意に甲太は思ってしまう(この気持ちを、双子に迷惑している人物が知ったら「お前が言うな」と言っている事だろう)。
 仕方ないので、甲太は助け舟を出す事にした。

「・・・あー、でも。」
「でも?」
「君の尊敬してるっていう、"潮江先輩"なら、知ってるんじゃない?」


「――というお話を聞きましたので!潮江先輩!"おふみちゃん"について、教えて下さい!」
「〜〜〜っ」

 甲太からの助言を受けた左門は、直ぐに行動を起こす。その決断力は遺憾なく発揮された。
 だが、そのタイミングは会計委員会の委員会活動真っ最中。当然、その空気は凍り付いた。

「左門!何を言い出すんだお前は!」
「"おふみちゃん"にお会いしたいのです!」
「そういう事じゃない!委員会中に何を言い出すのかと行っているんだ!」

 二年ろ組の田村三木ヱ門が、文次郎よりも先に声を荒げる。元々、中が悪いとされる隣り合った学年同士。更に、話題が話題だった為に、三木ヱ門は看過出来なかったようだ。
 それを切欠に騒ぎ出す後輩二人に、漸く復活した文次郎は「今は委員会に集中しろ」と促し、左門には委員会を終えてから、という事で、その場を乗り切る事にした。


* * *



「・・・で、左門。お前、その"おふみちゃん"と会ってどうするつもりなんだ。告白か?」
「違います!不埒な事ではありません!お化粧を教わりたいのです!」
「はぁ、化粧だぁ?」

 曰く、先日の女装の授業で一年ろ組は化粧を行ったらしい。『決断力のある方向音痴』の左門は、張り切って化粧に取り掛かったそうだが・・・。結果は言わずもがな。「化粧云々の前に、お前は"普通の女性"というものを知っていた方が良い」と、教師に言われたそうなのだ。

 忍術学園は、実は"普通の女性"とは縁遠い場所にある。食堂のおばちゃんを"女性"と見れる生徒はいないであろうし、女装が得意(本人談)な教師・山田伝蔵の"伝子さん"や、くノたま教室など論外だ。かと言って、街に出て忍者も知らない一般女性に、少年が化粧を尋ねるというのも奇妙な話で。

「"おふみちゃん"であれば、学園の事情も少なからず知っているでしょうし!何より"普通の女性"そうでした!"普通の女性の、普通の化粧"を知るには良い機会かと!」
「・・・普通普通って、連呼しないでくれないか。」
「潮江先輩の事ではありませんよ?」
「いや、それは分かっている・・・。」

 文次郎は、悩んだ。
 正直、嫌な予感はしていたのである。仙蔵との賭け事で負けて、罰ゲームとして「"おふみちゃん"になれ」と同輩に言われ、そのまま買い出しに行けと命令され、出かけた矢先で左門と目が合った時には。
 だが、ここで左門を退けては、彼は次の女装の試験で赤点を取ってしまうかもしれない。自分にだって、覚えはある。

「・・・・・・分かった。今度の休みに、来れるかどうか確認してやる。」
「本当ですかっ?!有難う御座います!」

 結局、折れたのは文次郎の方。そして、とあるハプニングによって"おふみちゃん"の正体が左門にバレてしまうのは、そう遠くない未来の話である。

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