<死ぬ気の女装>

 中在家長次が委員長を勤める図書委員会の後輩にあたる一年は組のきり丸が、長次の同輩にあたる潮江文次郎と口論しているように見えたので、長次は仲裁に入ったのだ。口論の理由は、文次郎がきり丸のアルバイトの誘いを断ったから。
 きり丸は、学園でも有名なドケチ精神の持ち主で、それが培われた背景には決して裕福とは言えない彼の生活がある。この学園にいるだけで掛かる学費にも、彼は連日のようにアルバイトで工面をしているのだ。
 その事を知っている長次は、「特別な用事がなければ、手伝ってやれ」と文次郎の説得にかかる。文次郎自身も、きり丸の身の上は理解しているので、大きく断れない事は知っていた(だからこそ、冒頭のような口論に発展してしまったのだろうが)。

 結果、折れたはやはり文次郎の方。文次郎は「・・・せめて、現地集合にしてくれないか」と妥協案をきり丸に提案し、きり丸はそれを受け入れた。何のバイトかと尋ねれば、物売りの店番らしい。日時は今度の休日。「先輩も手伝ってくれません?」と言って来たので、特別な用事もなかった長次は同輩も連れ出そうと密かに思いながら、静かに頷いた。


* * *



 バイト日当日。きり丸は接客業という事もあってか、女装姿で物売りをしていた。一年生でこの女装の出来の良さは、末恐ろしいと長次は思う。・・・自分や周りの女装のひどさを知っているだけに、それは顕著だった。
 店番を頼まれた物売りは、後に集合した長次と同室の七松小平太の姿に、明らかに安堵していたようだった。流石に、いくらしっかりしていても、年端もいかぬ子供(しかも女装姿)に全てを任せるのは不安だったのだろう。

「そういや、文次郎は?来るんじゃなかったのか?」
「・・・昨日、確認した。から、来る筈・・・」
「早く来ないかなー。最近、鍛錬の誘い悪くてあんまり話してないんだよなぁ。」

 先日。自身も手伝ってアルバイトの手伝いをこぎ着けた筈の文次郎は、まだ姿を現していなかった。流石に生真面目な彼の事、後輩との約束を反故にするような事はしない。が、今思えば・・・彼は当初何をそんなに渋っていたのだろう、とは思う。
 きり丸のアルバイトを手伝うなど、いつもの事ではないか・・・。

「・・・あの、すみません。」
「お?」

 客人だろうか。一人の女性が声をかけて来た。特別に整った顔ではなかったが、中々に愛嬌のある顔で、長次も小平太も悪い印象は抱かない。

「お客様ですか。何かご入用で?」
「・・・い、いえ・・・その、ここに、・・・きり、子という子がいると聞きまして・・・」

 呼んで貰えないでしょうか。と、問いかけて来る。今日限りのバイトである筈の、きり丸(の女装姿)の名前を知っている。その手の者かと、少し警戒しそうになってしまう。

「・・・お名前を、お聞かせ願えますか。」
「あ、お・・・おふみ、と申します。」

 名前を言えば分かって貰えるかと、と言うので、たまたま店の奥に引っ込んでいたきり丸を、小平太が呼びに行く。きり丸がひょっこりと顔を見せると、「あ!」とその顔を輝かせた。

「来てくれたんっすね!良かった!実は来ないんじゃないかと思ってたんすよ!」
「っ、ぁの、そこのお二人はっ・・・!」
「何をシドロモドロしてるんすか!いつもバイトに来てくれてるの、知ってるでしょう?」

 どうやら、本当に知り合いだったらしい。一年は組はトラブルメーカーだが、その分顔も広いのだ。

「さ、今日は一日お願いしますよ!この店のもん、全部売り飛ばすくらいに!ね、潮江先輩!・・・・・・あ。」
「っ・・・」
「・・・・・・へ?」
「・・・なに?」

 しおえ、せんぱい。きり丸は、上機嫌のあまりそう言った。
 きり丸がそう呼ぶ人物を、長次も小平太も、知っている。――が、あまりに目の前の人物とは結びつかず、二人は忍術学園最上級生とは思えない程に、呆然としてしまっていた。


* * *



「・・・何でお前らがいたんだよ。マジで引き返そうと思ったんだぞ・・・。」
「私たちが、きり丸のアルバイトを手伝うのはいつもの事だろ?な、ちょーじ!」
「・・・寧ろ、そっちの方に驚いた。」

 その日のバイトを何とか終え、予想以上の売上に上機嫌だった物売りからのバイト料を貰い。六年ろ組の二人が、文次郎に詳しい事情を聞く事が出来たのは、その日の夕食の事だった。文次郎が化粧を落としたのは、学園に帰って来てから。それまでは、ずっと"おふみ"の動きと口調であった為、二人は強く出られなかったのである。

「ありゃ、"死ぬ気の女装"だ。」
「死ぬ気の女装?」
「文字通り、潮江文次郎は死んだもの、として自分を別の人間に思い込ませる。それが"おふみ"だ。」

 文次郎が、女装が苦手なのは同輩ならば皆が知っている。話を聞いている長次や小平太も、決して上手いとは言えなかったが。文次郎の同輩が、女装でもレベルの高い立花仙蔵である為、必要以上にそれが目立ってしまうのだ。

「しんどいんだよ、あれ。やるってなったら、まず隈を薄めなくちゃならねぇし。」
「あ、だから私たちとの鍛錬も断ってたのか!」
「委員会の仕事も溜まっちまってる!畜生っ!」

 普段、彼が鍛錬や委員会に費やす時間を眉を消す時間として消費した上での、あの化粧と身なり。成程、化粧を取った今の文次郎の隈は確かに普段よりも薄かった

 事の発端は、以前に授業で"おふみ"を演じた帰り。学園できり丸と、三年の神崎左門にその姿を見られた事にある。左門が堂々と「潮江先輩!」と名指しで呼んでしまったが為に、"おふみ"の正体がきり丸に知られてしまったのだ。

「・・・それで、きり丸に"おふみ"でバイトを手伝ってくれ、と。」
「長次が来なけりゃ、断ってたのに・・・。」
「何でだ?キレーだったぞ、文次郎。私、あれが文次郎とは思えなかったもの!」

 褒めてるのか、そうでないのか。分からない言葉であるが、文次郎は気付かれによって突っ込む気力も無くしていた。

「さっきも言ったろ、しんどいんだよ。あれ、まず思い込みが必要だから。」
「大袈裟だな。死ぬ気って言っても、文次郎は生きてるじゃないか。」
「いや、一度死んだ気になる。――あれは先輩から叩き込まれた奥の手だ。」
「奥の手?」

『どうしても男が捨てられねぇんなら、一度捨てたと思いこみゃいいんだよ。』

 文次郎の脳裏に、嘗ての先輩から言われた言葉と、その後に起こる悲劇が思い起こされる。女装の覚えが悪いからと、女装癖のある先輩にやられた最終手段。・・・あまりの恐怖感に、文次郎は肝が冷えたように背筋を震わせた。

「お、おい・・・文次郎?」
「想像してみろ。実際に自分という男が殺されるのと、フリで良いから完璧に女性になり切るのと、どっちがマシだと思う?」

 言いながら、文次郎は己の右手でハサミを作り出し、"何か"を"ぢょきん"と切るような動作をして見せた。最初は何を意味しているのか分からなかった二人だが、やがて気付いて咄嗟に"そこ"を守るような動きをしてしまう。

「あ、潮江先輩!今日のバイト有難うございましたっ!」

 そんな彼らを知ってか知らずか(恐らく知らない)、きり丸が彼らの元に駆け寄って来る。特に文次郎は、数時間前まで会っていた人とは思えず、斬新に見えていた。
 実は、あの物売りからは"おふみ"には特別、と給料を預かっていたりするのだが・・・。きり丸の、他者に渡す事が出来ないという染み付いたドケチ精神がそれを許してはくれなかった。文次郎はそれを気にせず、「大切に使えよ」ときり丸が持つ事を了承する。すると、心の憂いがなくなったきり丸は、また満面の笑みになった。

「今度のバイトも、是非"おふみ"ちゃんでお願いしまーす!」
「二度とやらねぇからな!」

 何度切らせる気だ!と、決してきり丸には通じないであろう文句。
 但し、長次と小平太にだけは伝わっており、彼らはきり丸を応援してやる事も、文次郎を助けてやる事も出来ないのだと、その場は無言を貫き通していた。

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