「明日の委員会は一日出かける。」

 そう言った会計委員長の浜仁ノ助に対し、会計委員一年生の潮江文次郎は異を唱えた。明日は授業があるあら、丸一日は動けない、と。
 けれど、仁ノ助は首を振る。

「授業や用事がある者は断りを入れろ。先生方には既に話している。」

 全員参加、無断欠席は許さない。と、その鋭い目が暗に告げている。

「・・・仁先輩。授業を休んでまで、しなければならない事なのですか?」

 他の会計委員はさも当然のように受け入れていたが、真面目な性格の文次郎には理由も聞かないままに頷く事が出来ない。何せ、授業を欠席してしまう事になるのだから。

「そうだ。本来は次の休日に出かける予定だったが、先方の都合によって早められた。」
「・・・・・・あれ、そういや大丈夫なんすか?明日の昼過ぎから、五六年合同の演習があるって聞きましたけど。」

 六年生の仁ノ助も、五年生の小田徳ヱ門も欠席するのか。と、四年生の御園林蔵が訪ねて来る。上級生の演習は過酷なもので、評価を落とすと進路に響くと言われていた。

「用事が済み次第、俺と小田は演習に向かう。」
「遅れる事は先生方にも連絡済みですから、帰りは任せましたね。」

 評価に響く演習を休んでまで、会計委員会全員で向かわなければならない場所とは、一体どういう所なのだろう。自然と、文次郎は緊張していた。





目的不明の外出の段





「え、それじゃあ文次郎は今日いないの?」
「あぁ。委員会で出かけたらしい。」

 その日の一年生の授業は、組合同の実習演習。普段は組に遮られる彼らだが、この時ばかりは休み時間のように集まる事が出来た。

「会計委員会が、委員会として外出なんて珍しいね。」
「算盤叩くだけが仕事じゃなかったんだな。」
「何にせよ、少し寂しいな。文次郎がいないのは。」
「・・・もそ。」

 一年い組の文次郎の同級生、立花仙蔵の言葉に、他の四人の反応はそれぞれが。共通しているのは、どんな感情であれ、この場にいない文次郎を気にかけているという事。

「何しに行ったんだろ。仙蔵は何か聞いてないの?」
「いや、本人も何をするかまでは聞かされていないらしい。」
「案外、授業サボって団子食ってるんじゃないのか?」
「団子か!私も食べたいな!」
「・・・そうと決まった訳じゃない。」

「お前たち!集合だ、組ごとに集まれ!」

 はしゃぐ一年生たちに、実技教師が集合の声をかける。素直な一年生たちはそれに頷き、この場にいない文次郎の話題はそれで途切れてしまった。





* * *





 その頃。早い時間から外出している会計委員会たちと言えば、とある村を訪ねていた。粗末な小屋に、数人程度の村人。はじめて来た文次郎の目にも、質素なものだと感じられた。

 仁ノ助が、その村の代表と少しばかり話をし、その後何故か真新しい墓参りをして、到着したのはとある民家。また盥回しに歩かされるのかとも思ったが、どうやらこの家が最終目的地らしい。

「・・・あの、一体何を、」
「文次郎。説明は後でしてやるから、今はこっち手伝え!」

 問いかけた文次郎の言葉を、林蔵が遮って指示を出す。既に双子の三年生・蓬川甲太と乙太も活動を初めていた。問答無用で家に上がり、中におかれている日用品を物色し初めている。

「ちょ、これって泥棒じゃ・・・!」
「いや、村の代表と家主には許可取ってるから大丈夫。文次郎は、あの双子が掘り出したやつを荷車に運んでくれ。」
「は、はぁ・・・」

 言われるがまま、用具委員会から借りて来た荷車に荷物を乗せていく。持っていく物と持っていかない物が決まっているらしく、これは違う、これは別、と区別する徳ヱ門の姿はあったが、いつの間にか仁ノ助の姿は消えていた。

 荷物を積み終えた所で、仁ノ助が戻って来た。再び村の代表と話をしていたらしい。文次郎たちは、それからまた墓参りを済ませ、村を後にする。

「それじゃ、私たちは直接実習に向かいますので。林蔵、帰り道はお任せしますね。」
「うぃーっす。」

 村の影も見えなくなった所で、仁ノ助と徳ヱ門の姿が消える。結局、文次郎は今回の外出が何だったのか、問いただす事が出来なかった。

「あの小屋は、寺子屋だったらしくてな。今回あの村に行ったのは、もう使わなくなった筆とか硯とかを買う為だ。」

 帰り道。仁ノ助と徳ヱ門を除く四人で荷車を引く。先頭を林蔵と文次郎が引き、背後を双子が押す配置だった。
 そんな中、文次郎の心境を悟ってか、林蔵が呟くように話し始める。

 曰く。あの小屋の、寺子屋の主人は既に鬼籍に入っており、あの墓の主だという。
 学園長の友人でもある彼が、ある時夢枕に立ち、不審に思った学園長が仁ノ助を学園の使いとして村に向かわせた。既に葬式も終えていたが、調べていくと、その村は金銭面で苦労していたらしい。

「夢枕で、何度も「筆を買え」「硯を買え」って、言われたらしいぞ。学園長先生は。」
「じゃあ、その為に俺たちがここに?でも、どうして会計委員会なんですか?」
「そりゃ、委員会で使うから。」

 会計委員長・浜仁ノ助は常々言っていた。
 会計委員会の仕事は記録する事であり、他の委員会と比べても、その活動は極めて非生産的なもの。会計委員会の予算は、どの委員会よりも削るべきなのだと。

「新品買うよりも、こうやって中古品買った方が安上がりなんだ。文次郎が会計委員会に来てからは、初めてだったけど。前々からやってるんだ。」
「そうなんですか?」
「本当は、次の休みにちゃんと委員長から教えるつもりだったんだけどな。急がなくちゃならなくなってな。」
「急ぐ?」
「・・・・・・あの村、戦場になるんじゃないかって話があるんだ。」

 林蔵の聞いた噂はあくまで噂。何の確証もある訳ではない。
 けれど、その話を聞いた学園長と仁ノ助は、予定を早める判断をした。「村の代表と話をした」と言っていたが、あの時も村の周囲を調査していたのかもしれない。

「俺だって、一から十を知ってる訳じゃないし。"たまご"と言えども、忍者の仕事は開かされない。――ただ、学園長もウチの委員長も、寺子屋の主人が夢枕に立ったのは、お金に困ってるだけじゃないって判断したみたいだな。」
「――――。」

 学園に帰ってから数日後。文次郎はある戦の話を人伝に聞いた。
 それが、あの村かどうかだったかは分からないが、"偶然"にも戦をしようとしていた双方の城が考えを改めたらしく、最近になって戦場の場所を変えたのだという。
 詳しい事は全く分からないが、少なくともあの新しい墓が踏み荒らされる事はなくなったのだと、文次郎は静かに安堵していた。

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