<とりかえっこ委員長>※年齢操作(六年→一年)

 最早恒例となりつつある、学園長の突然の思いつきにより、各委員会の委員長を取り替える事になった。
 その事を、会計委員長・浜仁ノ助から告げられた会計委員たちは、呆然とその目を丸くしてしまう。それだけ、彼の告げた内容は衝撃的なものだった。

「え、あの・・・・・・じゃあ、委員長の…六年生がいない委員会はどうなるんすか?」
「・・・代理職に就いている者が対象となる。五年生の中では体育委員長代理の虎岩春市と、火薬委員長代理の早乙女亥太郎がこれに該当する。」

 つまり、生物委員会の五年生・梶ケ島友成や、会計委員会の小田徳ヱ門は委員会を変更しなくて良いという事である。その事に安堵する一年生・潮江文次郎であったが、その安心感は直ぐに消えた。

「じゃあ、仁先輩はもう・・・会計委員会ではないのですか・・・?!」
「正確には、次の委員会活動からだ。今日の活動は引き継ぎの準備になる所が殆どだろう。転属先の委員会は既に決定している。」

 というよりも、決めてから生徒に伝えられたらしい。そう告げる仁ノ助は、普段よりも不機嫌そうに見えた。
 同情こそすれ、仕方ないだろう。と、考えるのは四年生の御園林蔵だ。今の委員会において、異端と忌み嫌われる会計委員会がいる中で、どんな思惑があるにせよ、決める前に伝えては生徒に阻止され兼ねない。決定事項にしてしまえば、生徒は従うしかないのだ。

「じゃあ次の会計委員長を、浜先輩は知ってるんすか?」
「次の会計委員長は・・・」



* * *



「・・・・・・ぇー、今日から会計委員長代理となった・・・・・・五年い組の早乙女亥太郎・・・・・・だ。」

 元火薬委員長代理の亥太郎の自己紹介が、尻すぼみになっていく。それもその筈。彼を出迎えている徳ヱ門の負の感情が、凄まじい事になっているからだ。前髪で隠れがちな筈のその顔が恐ろしいものに見えて、咄嗟に文次郎は林蔵の後ろに隠れてしまう。

「・・・言いたい事があるなら、言ったらどうなんだ。小田。」
「では、お言葉に甘えて。――お帰り下さい。」

 開口一番に追い返す気だー!
 文次郎と林蔵の気持ちが合致した。

「会計委員会に五年生は二人もいません。私一人で充分です。」
「学園の決定に異を唱える気か。」
「六年生ならまだ我慢できると思ってたんですけどねぇ――あ、それでもあの人以外の委員長なんて必要ありませんが――。貴方が会計委員長代理なんて論外です。まだ春市の方がいい。」

 自他共に「浜仁ノ助の狂信者」と言われる小田徳ヱ門。
 仮に、この場に来るのが六年生であったとしても、それが仁ノ助自身でない限り、徳ヱ門は会計委員長(或いは代理)の座を明け渡す気はないのだろう。

「お前の都合など知らん。それより、会計委員はお前を含めて五人と聞いていたが。」

 ここにいるのは、亥太郎を除けば徳ヱ門・林蔵・文次郎の三人のみだった。

「三年生になる双子の生徒がいるんですが、来てません。」
「何故だ。」
「あの人がいない会計室に来る気はないそうで。」
「な゛」

 さらりと告げられるサボタージュ。亥太郎は絶句してしまうが、文次郎もまた同じ気持ちだった。
 仁ノ助が会計委員長でなくなる。そんな理由で委員会をサボるだなんて。けれど、この状況を目の当たりにしては、文次郎も密かに帰りたいと思い始めていた。
 生徒の中で、最も嫌われている会計委員会。委員長を取り替えた所で、上手く行く筈もない。

 事実。委員長を変えて初日の委員会は上手くいかなかった。会計に関しては素人同然の亥太郎を、徳ヱ門が執拗に苛めた為である。上級生の見苦しい争いに、文次郎は精神的に疲れてしまった。それを見かねた林蔵が二人を宥め、いつもより早く休憩時間にこぎつけ、漸く文次郎は気負っていた肩を下ろす事が出来たのだ。
 会計室に近い縁側に腰掛けて、はぁ、と重い溜息が文次郎の口から溢れる。初日でこれだけ疲れてしまうとなれば、これから会計委員会はどうなってしまうのだろう。会計委員会を去った仁ノ助は大丈夫だろうか。そんな不安ばかりが文次郎を苛む所へ、一人の影が近づいて来た。

「潮江文次郎。」
「ぇ、ぁっ、さ、早乙女先輩!」

 声をかけられ、振り向いた先にいたのは問題の渦中の人・新会計委員長代理の早乙女 亥太郎だった。自然と、文次郎の体は緊張してしまう。けれど、亥太郎が続ける言葉は、文次郎の予想だにしていなかったものだった。

「・・・・・・まだ、謝っていなかったな。済まなかった。」
「え、え・・・?」
「前に、お前を問い詰めた事があっただろう。今にして思えば、確かにあれは五年生としてあるまじき行為だった。」

 そう言って、深々と頭を下げる亥太郎。確かに以前、文次郎は己が悪くない事で亥太郎に問い詰められた事がある(主に会計委員会について)。けれど、上級生にこんな形で謝罪されるとは思ってもいなかった文次郎は戸惑うしかない。

「あの人の事となると、どうにも気が逸ってしまう。俺もまだまだ、だな。」

 亥太郎は、仁ノ助が火薬委員会にた頃の先輩後輩の間柄を持つ。近しい学年でありながら、亥太郎は仁ノ助を毛嫌う事はなく、徳ヱ門と同じように懐いていたという。それがある日、仁ノ助が『地獄の会計委員会』を作り上げた事で裏切られてしまったと思い込み、以後、会計委員会を目の敵にしていると、文次郎は聞いていた。

「・・・・・・潮江。聞かせてくれ。」
「はい?」
「お前から見た、前の会計委員長の話を。小田に聞いても俺は聞き入れないだろうし、御園に至ってははぐらかされる。この場に来ようともしない双子の問題児は論外だ。・・・・・・俺たち委員会代表を第三者の立場から見て、あの人はどんな人物なのだ?」

 問いかける亥太郎の言葉に、文次郎は悟る。この人は、本気で仁ノ助を嫌ってはいないのだと。
 裏切られたという想いが強すぎるが、それでも仁ノ助を見限る事が出来ない。だから、文次郎を通してでも、仁ノ助の今を知ろうとしているのだ。

 文次郎は語った。己の知る浜仁ノ助の事を。地獄の会計委員会を。恐らくそれは、これからの委員会活動にも必要になってくるだろうと信じて。
 けれど、その言葉は一年生ならではの支離滅裂さであり、文次郎自身が何を言っているのかわからなくなって泣き出してしまいそうになってしまう。涙と熱と、全てを伝えきれない戸惑いがぐるぐると文次郎の頭を回る中で、亥太郎はそっと文次郎の頭を撫でる。

「・・・もういい。お前の気持ちは十二分に伝わった。」
「ぇ・・・」

 涙で満足に目も開かなくなってしまっていた文次郎だったが、その耳に届いた言葉は、何処かいつもよりも砕けた印象に感じられた。



* * *



 休憩後の会計委員会は、それまでが嘘のように恙無く終了した。また徹夜続きになるのでは、と林蔵は危惧していたものの、新委員長代理の初日という事で、その日は早めに切り上げられたのだ。

「・・・小田。下級生に大した興味も持たなかったお前が、あの一年生を気に入る理由が、分かった気がする。」
「はてさて、何の事でしょう?」

 おどけて見せる徳ヱ門に、亥太郎は呆れたような視線を送り返した。同じ者に憧れた同士、彼らの関係は同族嫌悪なのだが、今は起こっている暇はない。

「あの一年生は、あの人と同じ視線をしていた。その先は、俺が見る事が出来ないものが見えているのだろう。・・・小田、お前はそれが何か分かっているのか?」
「分かる訳ないでしょう?」
「・・・・・・。」

 即答された。その迷いの無さに、亥太郎は絶句するしかない。

「私はあの人に賛同こそすれ、あの人の全てを理解している等と自惚れる気はありませんから。」

 恐らくは、徳ヱ門の一つ下の林蔵も、二つ下の蓬川兄弟も。仁ノ助の理想を知ってはいても、理解にまでは至っていないのだろう。

「・・・そういう意味では、文次郎はあの人にとって・・・・・・初めての同類と言えるのでしょうね。」

 感受性が高いが故の慧眼を持つもの同士。彼らの視線の先には、何が見えているというのだろうか・・・。

「あの人は、この学園生活の中で漸く慧眼を手に入れたのだ。しかし、あの一年生は早い段階でそれを持っていた。・・・早い段階で、闇に食われるぞ。」
「そうならないように、上級生わたしたちがいるんですよ。」
「・・・・・・それもそうだな。」

 お互いを、ほんの少し許容しかけていた二人。だが、この学園長の突然お思いつきによって行われた「委員長(代理含む)取っ替え事変」は、会計委員会のみに飽き足らず、他にも多くの委員会所属の生徒から苦情が殺到した為(主に元作法委員長が働かなかったり、各委員会と新委員長との相性が宜しくなかったり)、一週間もしない内に元鞘に戻ってしまった。

 因みに、浜仁ノ助が転属になったのは生物委員会だったのだが・・・。生物委員の五年生・梶ケ島友成が彼に遠慮した事により、大した仕事を任されずに「取っ替え事変」が終了してしまったという。その事を知った、生物委員長に復職した櫻坂誠八郎は、かなり悔しがったというのは、また別の話。

prev next
 gift main mix sub CP TOP
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -