<とある作法委員の悩み>※年齢操作(六年→一年)

 忍術学園の四年い組に所属する谷村たにむら 利郎としろうには悩みがある。それは、己の所属する作法委員会についてだった。
 作法委員長でもある六年生にはやる気という物がなく、仕事の殆どを押し付けられてしまい。作法室にもやって来ず、同輩内では「近い内に利郎は胃に穴が空くんじゃないのか」という噂で持ち切りだ。

「なぁ!頼むって、林蔵。」

 そんな利郎が助けを求めるのは、決まって四年ろ組の御園林蔵の元である。林蔵は三年生の初期までは利郎と同じ作法委員だったのだ。

「せめて、な!今度の作法研修に付き合ってくれよ!俺1人じゃ無理なんだって!」
「・・・自分で企画した研修にも行かないのかよ、あの委員長は・・・。」

 林蔵は呆れるように、二つ上の先輩を思い浮かべる。元々、やる気や根気とは程遠い人だったが・・・。六年生になって、それが顕著になって来たように思う。
 そんな作法委員長の決まり文句は「作法は礼儀という気持ちの現れ。強制された作法は礼儀に非ず」。言葉だけなら立派なものだが、それを委員会に出席しない理由にしないで欲しい、というのが正直な感想だ。

 利郎は同輩の中でも仲が良い方だし、出来る事なら手伝ってやりたい。と、林蔵は思うのだが・・・。

「・・・その研修って、いつだよ。」
「次の休み・・・。」

 林蔵の次の休みには、己の所属する会計委員会全員で甘味屋に行くという予定が入っていた。

「――悪い。その日は無理だ。」
「お前まで俺を見捨てるのかー、林蔵ぉ!」
「見捨てたくはねぇけどなぁ。無理なんだって、その日は・・・」
「女か!?お前は俺との友情より、女を取りやがるのか?!」
「友情と性欲は別物だろうが・・・。」

 このまま泣き付かれるのも面倒臭い。打開策を考えなければ、と林蔵の頭は目まぐるしく回る。この回転が、何故か実技の試験には発揮されないのが悲しい所である。

「・・・分かった。作法委員長に研修出てくれるよう、俺からも頼んでみるから。」

 林蔵がそう言うと利郎の顔は、これみよがしに綻んだ。もしや、これが狙いだったのか・・・と呆れるような目で林蔵が訴えるが、当の利郎は笑顔で「ありがとう!」とその両手を掴んで上下に振るのみだった。



* * *



 和野わの 保次郎やすじろう。六年ろ組の作法委員会委員長。
 林蔵と利郎が六年長屋へ向かうと。案の定と言うべきか、保次郎は図書室で借りた本を枕代わりにして惰眠を貪っていた。図書委員がこの光景を目撃すれば、絶叫ものである。(因みに、保次郎自身には読書精神はこれっぽっちもなく。本を借りる理由は「枕にしやすい硬さと厚さ」を求めての事。――これが同室の図書委員長に知れた日には、作法委員会と図書委員会の間で戦が起こっても可笑しくはないだろう。)

 利郎が保次郎の肩を揺さぶって起こせば、彼はゆるゆるとした動作で起き上がって見せた。

「ふぁあ・・・。おはよぉ、利郎ぉ・・・。何か用?」
「今度の研修の事ですよ。委員長。流石に出ないと、一年生に顔も覚えられないままになっちゃいますよ。」
「いーじゃん別に。もうすぐ卒業なんだしさ。」
「委員長!」

 力の入らない受け答えに、利郎が諌めるように保次郎を呼んだ。このやり取りはお決まりと言っても良く、毎度よくやるな、と林蔵は呆れてしまう。

「俺からもお願いしますって、委員長。せめてイベントには出ないと・・・」
「・・・ん〜、じゃあね。林蔵。君が作法委員会に戻ったら、出ても良いよ。」
「・・・また、それっすか。」

 林蔵はがっくりと項垂れる。自分が四年生になってから――保次郎が六年生になってから――というもの、この手の催促が多くて仕方ないのだ。

「君が話題性のある物に目がないのは知ってたからさ、会計委員会に行くのも見過ごしてたけど。もういいでしょ?とっとと戻っておいでよ。」
「嫌ですねぇ。何言ってんですか、作法委員長。俺が会計委員会にいるのは、作法委員会の為でもあるんですからね?」

 林蔵は会計委員として、作法委員会の帳簿も請け負っている、出来る限りの譲歩はしているつもりだった。

「今ここで俺が作法委員会に戻ったら、作法の予算が今以上にがっつり減らされちまいますよ?」
「君こそ、何言ってんの?僕が会計委員会アイツらから予算を取れないとでも、本気で思ってるの?」

 あ、まずった。――と、林蔵が心の仲で後悔した時にはもう遅い。

作法ぼくが他の委員会みたく予算をせがまないのはね、元作法委員だった君の心象を悪くしない為なんだよ。」
「・・・そりゃ、どうも。」
「遊ぶにはもう充分でしょ。君が戻ってくれたら、僕だって委員会に出るし。利郎も安心するだろうし。予算だって、会計委員会から思う存分捻りとってやるさ。」

 これで作法委員会は安泰だろう?――と、問いかける保次郎。隣でその様子を見ていた利郎は正直な所、動悸が止まらなかった。
 和野保次郎。座学でも実技でも、常に学年トップを保ち続けている六年生。その力量は、恐らく『鬼の会計委員長』たる浜仁ノ助をも上回っている。それを目に見える形で実行しないのは、単に当人の彼のやる気の問題故に他ならない。彼は不可能を語らないのだ。逆に言えば、言葉にした事はどんな手を使ってでも実現してしまう。
 それは、元作法委員の林蔵もよく分かっていた。

「・・・相変わらずですね。アンタが言うなら、そうしちまうんでしょう。――でも、遠慮しときます。」
「どうしてだい?いつ戻っても歓迎するのになぁ。」
「ご冗談を。貴方が戻って来て欲しいのは、俺じゃなくて・・・・・・」

 言いながら、林蔵は己の頭巾と髪紐をしゅるりと解く。重力に従って、手入れされた髪がさらりと背に広がる。

「・・・私の事で御座いましょう?」

 目の前で、御園林蔵という男が消えた。利郎の目に映るのは、四年生の制服を纏う1人の女性だ。
 それを悟ってか、保次郎の目も自然と綻ぶ。

「来てくれたんだ。」
「貴方の為ではありませんからね。・・・あまり、苛めないで下さいませ。」
「だって、苛めたら君は出て来てくれるでしょう?」
「私に会おうと躍起になって下さるのは嬉しいのですが、その度に貴方の後輩イビリを目撃しなければならない私の気持ちもお察し下さい。」

 まるで、多重人格の見世物だ。林蔵は化粧も何もしていないのに、その様子は本物の女性のそれ。
 御園林蔵が四年生ながらに「変装名人」と言われる所以である。

「君は苦手かい?」
「あんな趣味を持つ御人とは、正直な所・・・。後、怠惰な方も好きではありませんね。」
「何から何まで、見られちゃってるんだなぁ。」
「私と共にあろうという殿方が、私に隠し事をなさるおつもりですか?」
「参ったなぁ。勝てない戦はするもんじゃないね。」
「戦なんて、物騒な言い回しですわね。」
「戦だよ。惚れた女を落とすのは、いつだって男にとっては命懸けさ。」
「ま、お上手。」

 互いに笑い合う。パッと見には、お似合いかとも思われそうな美男美女だが、内情を知る者にとっては落ち着きのない。言葉の殴り合いだ。

「今日も僕の負けだ。仕方ないね。御園は諦めるし、研修にも出よう。」
「そうして下さい。」
「でも、君だけは諦めないからね。」
「しつこい殿方は嫌われますよ?」

 林蔵・・・もとい、林子はそう言い残し。しれっとした様子で六年長屋を抜ける。それを見た利郎は咄嗟に保次郎に一礼し、追い掛けるように長屋を後にした。
 見届けた後、保次郎は「やれやれ・・・」と深い溜息を吐く。

「今日もフラれちゃった。女心と秋の空・・・空なんかより・・・ずっと難解だよ。」

 和野保次郎。女装した林蔵・・・林子に本気で恋する六年生である。



* * *



「ぷはっ!しんどっ!」
「だ、大丈夫か。林蔵っ!」

 長屋から離れた瞬間。どっ、と溢れ返った汗を井戸水で流しながら、利郎は林蔵に問いかける。林子はあくまで演技した林蔵であり、多重人格という訳ではない。あのやり取りは、全て林蔵にも伝わっていた。

「やっぱ、あの先輩苦手だわ・・・。死ぬかと思った・・・。」
「死ぬは言い過ぎだ・・・。ま、俺も生きた心地しなかったけどな・・・。」

 四年生2人が、揃って息を吐く。委員会に出なければ問題に、出ても問題になる、難儀な最上級生だ。

「和野先輩もな、あそこまで追い詰める事ないだろうに・・・。」
「・・・そういや。利郎。お前ってさ、よく俺に頼み込んで来るけど・・・。作法委員会に戻れって、言った事ないよな・・・。」

 先程の状態。2対1なら林蔵とて頷くしかなかったかもしれない。けれど、利郎はそうしなかった。
 その事を尋ねれば、利郎は笑う。

「そりゃあ、お前。お前が必死の思いで逃げ出したってのに。俺が連れ戻す訳にはいかないだろ。」
「・・・あ、バレてた?」

 興味本位と称して、林蔵が会計委員会に移った理由。それは嘘ではなかったが、あの先輩から・・・少しでも離れたかった、という理由が無かった訳ではない。

「二年生の頃は・・・何で苦手なんだろうなって程度だったんだけどなぁ。あれだ、天才ってのが苦手だわ。俺。あの、「何でも出来て当然」みたいな雰囲気がダメだ。」
「あー、それは納得。」

 林蔵の演技力は努力と経験の賜物。それを覆してしまい兼ねない「天才」という存在が、林蔵は嫌で仕方なかったのだ。

「でも、林蔵。俺は良かったと思ってる。お前が会計委員会に入って。」
「ぁん?」
「お前、作法委員会にいた頃より、ずっと良い顔してるからな。作法委員会の方は正直シンドいけど、今のお前の方が、俺は良いと思ってる。」
「・・・・・・。」

 思わぬ言葉に、林蔵は言葉を詰まらせた。

「ま、それでも助けを求めたら手伝ってくれるお前で良かったよ。予算の方も、大目に見てくれてるみたいだしな。」

 言うや否や、利郎は井戸水を被った林蔵の頭に、己の手ぬぐいを被せてゴシャゴシャと荒く拭う。

「わ、利郎っ!」
「風邪ひくんじゃねぇぞ!今度の休みに用事あんだろう!」

 そうして立ち去ってしまう利郎に、少しだけ落ち着いた利郎は「・・・素直じゃねぇの。」とぼやきながら、手拭いを取る。拭いたと言っても、まだ髪には水分が残っていた。

「迷惑かけて御免なさいって、言ってみやがれってんだ。」

 今度の休みの日の土産は、あいつの好物な餡団子にしてやろう。と、密かに心に決めていた林蔵だった。

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