<食満と小田、潮江>※年齢操作(六年→一年)

 一年は組の食満留三郎は、一年い組の潮江文次郎と犬猿の仲である。「同学年のい組とは組は仲が悪い」という学園の様式美を地でいく二人であり、出会い頭に言葉を二つ三つ交わせば次の瞬間には喧嘩に発展してしまう。
 そんな留三郎が、犬猿の相手でもある文次郎がやっかみを受ける場面に出くわす。これは、彼の中では珍しいケースだった。

「なぁ潮江。お前って会計委員会に入ったんだってな。」
「会計委員会が暴れてるもんだから、俺等の委員長が困ってるんだよ。」

 文次郎が、年上の二年生らに囲まれている。二年生たちは留三郎に対して背を向けていて、文次郎はそんな二年生たちを睨み返していて、偶然にも物陰に遮られて留三郎に気付いていないようだった。

「会計委員会は予算を厳選しているだけです。暴れてなんかいません!」
「そうかぁ?あのおっかねぇ委員長の事だから、予算を好き勝手にしてるんじゃないのか?」
「先輩はそんな事しません!」
「何だと!一年生の癖に生意気だな!」

 おかしい。
 その様子を見ていた留三郎は、不意にそんな感情を抱いた。文次郎は留三郎と喧嘩をする時、文句を言えば文句を言い返し、拳を上げれば拳を打ち返す。けれど、二年生と対峙している時の文次郎はどんなに手を挙げられても拳で抵抗しようとしない。精々、我が身を守ろうとするだけだった。
 留三郎は不思議で仕方ない。どうして文次郎は反撃しないのか、と。――考えに集中する余り、留三郎は不意に己の隣りを横切った男の存在に気付けなかった。

「ちょっと失礼しますよー。」
「え、――うわっ」

 その場に不似合いな、脱力してしまいそうな気の抜けた声。そんな声がしたかと思えば、次の瞬間に二年生たちの体は強引に引き上げられ、放られていた。二年生らは各々に悲鳴を上げながら、地面を滑る。

「と、徳先輩!」
「(げ!)」

 見上げる大きな体に、長い髪。藍色の制服を纏う彼は五年生の会計委員・小田徳ヱ門。留三郎は、この先輩が苦手だった。

「ダメですよー?文次郎。反撃する気がないのであれば、逃げなければ。意味のない傷は負うものではありません。」
「す、すいません。先輩達が、予算の事で話があるって・・・。」
「予算?・・・ははぁ。」

 不意に徳ヱ門は、片腕に抱えていた書類の束を文次郎に手渡した。

「文次郎。この書類を職員室の安藤夏之丞先生にまで届けてくれませんか? 私はちょっと用事が出来ましたんで。」
「ぁ、はい。分かりました。」

 学園教師の安藤は、会計委員会の顧問教師でもある。文次郎は先輩からの頼みに頷いて、書類を抱えてその場から立ち去ってしまった。それまでの出来事を見ていた留三郎に、結局文次郎は気付かなかったようだ。

「さて、と。――予算についてのお話でしたよね。文次郎は最近入ったばかりで、受け答えに不備があったと思います。宜しければ、私が伺いましょう。」
「っ、ぁの、その・・・」

 ゆっくりと振り向いて、徳ヱ門の影が二年生に覆いかぶさった。五年生の中でも、徳ヱ門は忍者には似つかわしくない程に体が大きい。太陽の逆光も相まって、二年生側から見る彼は恐ろしい事になっているだろう、と留三郎は他人事のように思う。

「各委員会の予算につきましては、何がどれだけ必要かを記載した書類を、会計委員会の上級生にまでお持ち下さい。下級生に書類を渡しても、それは認められませんのでご注意下さいね。」
「は、はい・・・。」
「書類はその場で内容について検討しますので、我らが委員長を納得させるだけの正当性があるのであれば。いつでもどうぞ。」
「わ、分かりましたーっ!」

 耐え切れなくなったのだろう。二年生たちは、逃げるように・・・否、逃げた。
 徳ヱ門は彼らを追い掛ける事なく、手をひらひらさせて「お待ちしておりまーす。」と呑気に笑っている。が、二年生たちが見えなくなった頃で、その声質がガラリと変わる。

「・・・見てるんだったら助けたらどうですか?」
「っ」
「あーゆー場面で、一番迷惑なのが傍観者なんですよ。見世物じゃありませんからね。文次郎に気付かれてたら、今度は二年生と一緒に私刑にでもする気だったんですか?」
「、俺はそんな事しねぇよ!」
「さて、どうだか。」

 目元は長い髪で隠れていたが、分かった。今の徳ヱ門は、これまでのどの表情とも違う感情を剥き出している。文次郎を助けた時の笑顔でも、二年生を相手にした時の笑顔でもなく、敵対心に近い笑顔を留三郎に向けていた。

「助けるとまではいかなくても、二年生を止めるくらいは出来たでしょうに。」
「何で、おれが文次郎にそこまでしてやんないといけないんだよ!」
「・・・これが流行りの、ツンデレってやつですか?」
「違ぇよ!!」

 留三郎は、徳ヱ門を相手にする時だけは不愉快さを隠せない。他の教師や先輩なら、どれだけの不満があっても目上の人として接するのだが。徳ヱ門だけは、そうはならない。何かが、圧倒的に気に入らない。その腹立たしさを、我慢出来ないのだ。

「大体、俺が文次郎と喧嘩してる時もそうだよな!突然に放り投げやがって!上級生なら、もっと穏便に止めようとは思わねぇのか!」
「三度も声をかけておいて、気付かない方もどうかと思いますけどね。」
「そ、そうなのか・・・?! って、今は声もかけなかっただろう!」
「時と場合にもよりますよ。貴方が割り込む様子がなかったので、私が割り込んだだけの事です。」
「〜っ」

 言い返せない。
 あの場に割り込まなかったのは、確かに良くなかった。と、今更に留三郎は思う。けれど、その時はそう思わなかったのも事実なのだ。割り込んだら、・・・きっと自分は文次郎を助けるどころか、傷つけてしまうだろう。

「(・・・って、何を心配してるみたいな考えしてんだ俺はー!)」
「一人でトリップしないで下さいよー?・・・これだから用具委員は。誰も彼もが思い込み激しくて。」
「用具委員会を悪く言ってんじゃねぇ!」
「あ、悪口に聞こえました?すいませんね、でも事実ですから。」
「〜〜〜〜っ、もう我慢ならねぇ!その無駄に長い前髪引っこ抜いてやるー!!」



* * *



「・・・で。見事に返り討ちにされた訳だ。」
「なははは!無様だなー、留三郎!」
「・・・・・・。」

 案の定と言うべきか。五年生に喧嘩を売って返り討ちにされてしまった留三郎は、ふくれっ面のままに同輩の保健委員・善法寺伊作の話し相手になっていた。保健室には、委員会帰りに足を擦りむいてしまったという一年ろ組の七松小平太の姿もある。小平太の屈託ない笑い声に、留三郎は益々惨めな気分になった。

「君も結構、無茶するよね。五年生に喧嘩売るなんて。文次郎と喧嘩した方がまだましだよ。」
「うるせー!あんな奴が五年生なのが悪いんだ!」
「・・・それは、仕方ない事だと思うけどなぁ。生まれは決められないんだし。」
「喧嘩に負けただけでなく、保健室まで運ばれたからな!悔しいんだろう!」

 小平太の言う通りだった。留三郎は売った喧嘩に惨敗しただけでは飽き足らず、気絶した後に徳ヱ門の手によって保健室に搬送されたのである。喧嘩と言えども、殴りかかった留三郎をいなした徳ヱ門は首筋に容赦ない手刀を入れ、その衝撃で気絶させてしまったという。勝負にもならない結果だった。

「虎岩春市先輩が言っていたぞ!小田先輩は、武道の使い手だとな!」
「武道って、どれ?剣道とか弓道とか色々あるでしょ?」
「全部だ。」
「全部ぅ?!」
「学園で教えている武道は、一通り習得したらしいな。夜間鍛錬だと、その都度戦い方が変わると言っていた。」

「何だか意外だな。あんなに“ふんわり”って言葉が似合いそうなのに。」
「は!伊作は何も分かってねぇな。ありゃあ刀を麻布で包んでるようなもんだ。」
「鞘が布なのか!意味がないな!」
「そう!あいつは、見た目ほど温厚な奴じゃねぇよ。」
「そこは納得だよ。留三郎がやられた首筋、先輩が言ってたけど結構な力が入ってたらしいし。」

 治療を受けた今でも、じんじんと痛みが響くようだ。と、留三郎は腫れた首筋を感じながら思う。主観を抜きにしても、五年生が一年生に与えていい攻撃ではない筈だ。けれど、徳ヱ門は何の迷いもなく、留三郎の首筋を狙ったのだ。

「確かに!あの先輩は、結構えげつないぞ。私は、よく虎岩先輩と会計委員会に殴り込みに行くんだ。文次郎を人質にしてな!」
「・・・何やってんだよ、体育委員会。」
「で、いつも会計委員会の上級生に返り討ちにされる!」
「威張れる事じゃないよ・・・。」
「その次の日の委員会には、大抵虎岩先輩が集合に遅れるんだ。」
「え、何で?」

「集合場所に来ない先輩を探して、五年長屋に行くとな?小田先輩に吊るし上げられてる。」
「「えぇ?!」」
「何か小田先輩がな、「私の後輩に手を出した・・・」とか「何度言っても理解しないのなら、体に覚えさせないと・・・」とかブツブツ言ってるんだ。怖くて近寄れん。」
「「・・・・・・。」」

 どうしてこうなった、五年は組。
 小平太の所属する体育委員会の委員長代理、虎岩 春市は小田 徳ヱ門と同じ五年は組だった。体育委員長代理を勤めるだけあって、春市の力有り余る行動力は時として他の生徒から「猛獣」とまで称される。その名にそぐわぬ力強さを知る、一年は組の二人は、そんな先輩を吊るし上げるという徳ヱ門により恐怖したのは言うまでもない。

「ほら、虎岩先輩がそんな事になっちゃうんだから。留三郎も無闇に喧嘩売らない方がいいよ。」
「俺は喧嘩なんか売ってねぇよ!向こうが俺に喧嘩を売ってんだ!」
「そうなのか?」

 話に花を咲かせる一年生たちは気付いていなかった。文次郎を囲っていた二年生たちが、満面の笑みで追い返されただけなのに対して、留三郎には手を上げる事までしている。その違いの意味に・・・。



* * *



「・・・また、あの用具委員の一年生に手を上げたって話を聞いたんすけど?」
「相変わらず、貴方は話が早いですね。林蔵。」

 徳ヱ門が会計室に戻って来た時。そこにいたのは文次郎ではなく、四年生の御園林蔵だった。用事を終えた文次郎は徳ヱ門に報告しようとしたのだが、明日の授業で準備をしなければならないと、林蔵に言伝を託して行ってしまったのだという。

「用具委員会については、本当に見境ないっすね。あんた。」
「それは私も自覚していますよ。」
「何で文次郎と同い年の一年生に、そこまで苛め返したりしてんですか?」
「さて・・・、どうしてでしょう。」

 問われた徳ヱ門だったが、林蔵に答えられる程明確な答えがある訳ではなかった。言ってしまえば、「何となく」。文次郎と犬猿の仲なのも、幼いながらも鋭い眼光で不正を許さないのも。全てが気に入らないのだ。・・・と、そこまで考えて、一つの可能性に思い至る。

「この感情は・・・何て言いましたっけ・・・? ねたましい?にくらしい?うらやましい?」
「・・・いくら相手に認知されないからって、下級生いびりも程々にしてやって下さいね。」

 文次郎が二年生に苛められて、そこに徳ヱ門が現れた事は林蔵も文次郎から聞いていた。その時は円満に追い返したようだが、その二年生の夜は背後・・・或いは天井か床下にも気を配るべくなのだろう。面と向かっただけ、あの用具委員の一年生はまだマシなのだ。

 そんな徳ヱ門を、文次郎は尊敬していると言う。徳ヱ門と文次郎の共通点と言えば、我らが会計委員会委員長・浜 仁ノ助の存在だ。二人は誰よりも、何よりも、仁ノ助を尊敬している。だからこそ、同じ立ち位置からお互いを見る事が出来るのだ。一年生の文次郎には、仁ノ助に努力する徳ヱ門を悪く言う事はないのだろう。

「(けど、文次郎のやつって・・・。どこまで小田先輩このひとの本性理解してんのかねぇ。)」

 知っていたら知っていたで、知らなかったら知らなかったで。ひと波乱ありそうだな、と林蔵は他人事のように思っていた。

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