<浜と火薬委員会 後編>※年齢操作(六年→一年)

 生物委員会の飼育小屋から、梶ケ島友成の長屋に移動して。改めて友成は話し出す。同じ五年長屋でも、小田徳ヱ門のような武器庫の長屋とはまるで印象が違っていた(あれが特異すぎるという事もあるが)。

「今の会計委員長って、元々は火薬委員会に入ってたらしいんだ。」
「えっ、そうなのですか・・・?!」

 真偽を問う、というよりは驚愕のあまりに確認する潮江文次郎に、友成は頷いた。
『地獄の会計委員会』を作り出した事から、『鬼の会計委員長』とも呼ばれる六年生・浜仁ノ助。彼は一年生の頃から一貫して会計委員会に所属していた訳ではない。

「今の火薬委員長代理・・・早乙女 亥太郎はその時の先輩後輩に当たる訳だ。隣り合う学年の二人にしちゃ、早乙女の奴はえらく今の会計委員長に懐いてて。・・・そういう意味では、今の小田の奴と一緒か。」

 流石に、あの狂信者程ではなかったが。という言葉は飲み込む。今、重要なのはそこではないからだ。

「けど、俺等が二年生の頃・・・あの先輩は突如として委員会を変えた。それも、当時は「お飾り委員会」として有名だった会計委員会に、だ。」
「ど、どうして・・・」
「さてね。俺が聞いた噂だと実習先のトラブルに巻き込まれたからとか、どうとかって。」

 そこはよく知らない、と告げる友成に罪はないだろう。先を促す文次郎に、友成は言葉を続けた。

「今思えば、あの人が火薬委員会に戻って来るのを誰よりも心待ちにしていたのが早乙女だったんだろうよ。最初こそ、立ち直ればあの人は直ぐにでも戻ってくると思ってたんだ。けど、結局あの人は五年生の頃に『地獄の会計委員会』を作り上げた。」

 仁ノ助を待ち続けていた亥太郎にとって、それは明確な決別だった。だからこそ、亥太郎は一年経った今でも『地獄の会計委員会』を継続させている仁ノ助を目の敵にしているのだ。

「早い話、早乙女の奴は懐いてた先輩に見捨てられてスネてんのさ。」
「でも、それって八つ当たりじゃ・・・!」
「そうだな。けど、早乙女に限らず・・・大半の生徒が会計委員会を的に回しちまう程、奴らは容赦がなかったのさ。」

 今の会計委員会に入れ込んでいる文次郎に、いかにして説明するか。友成は妙案を思い付いた。多少、血腥いのには目を瞑って頂きたい。

「前に生物委員会で、菜園で育ててる植物の手入れの仕方を教えただろう?病気になった枝や葉っぱは切り落とすしかない。でないと、健康な他の部分も毒されるからな。」

 覚えているか?と問いかければ、文次郎は素直に頷いた。

「それは人体にも言える事でな。壊死した腕や足は切るしかない。放っておけば、全てが駄目になるからな。――『地獄の会計委員会』は、それを見越して問答無用で麻酔なしに腐った部分を切り捨てたって感じだ。」
「――っ」

 そこまで言えば、流石に文次郎の顔色も青くなる。想像してしまったのだろう。

「仕方なかったとは言え、その痛みはかなりのものだ。だから、会計委員会を許せない奴は大勢いる。」

 話を聞いた事で、すっかり今日の午後を使ってしまった。文次郎は友成に一礼して、一年長屋に戻ろうと歩き始めた。が、直ぐに思い当たる事があり、近場の長屋・・・小田徳ヱ門の長屋に立ち寄った。事前に連絡をしていた訳ではないが、彼は運良く長屋にいた。

「・・・徳先輩。」
「おや、文次郎。どうかしましたか?」
「先輩は・・・仁先輩に捨てられたら、どう思いますか?」
「・・・もしかして、火薬委員長代理の事ですか?」
「・・・・・・。」

 今朝の出来事もあり、文次郎が何を考えているのかを悟ったのだろう。問われた文次郎は何も答えなかったが、それが肯定を意味すると知っていた。だからこそ、徳ヱ門は笑って文次郎の問いに答える事にする。

「委員長に見捨てられたら・・・ですか。そうですねぇ、追いかけましょうか。」
「お、追いかけるんですか・・・?」
「私は会計委員長代理の早乙女のように、待ち続けるなんて出来ませんよ。あの方が私を捨てたとなれば、それは私が至らないという事なのでしょう。」

 それでも尚、追いかけるらしい。
 会計委員会の五年生・小田徳ヱ門。彼の事を「狂信者」と呼ぶ生徒は何人かいるが、聞きしに勝る徹底ぶりである。極端な話、仁ノ助が命じれば、彼は己の親だろうが恋人だろうが殺してしまうのだろう(仁ノ助の性格的にそれは有り得ないのだが)。

「・・・そう言えば、早乙女先輩って・・・徳先輩の事も恐い目で見てましたよね。」
「同学年でも、彼とは「い組とは組の中」ですからね。それに、彼は委員長が会計委員会を辞めない理由が私にあると思っているようですし。」

 思い上がりも甚だしい、と呆れるように徳ヱ門は言う。

「私がいようがいまいが、あの人が己の道を違える筈がないのに・・・。」
「・・・・・・。」

 仁ノ助に、前の委員会に戻って来て欲しいと願う早乙女 亥太郎。
 どんな道であれ、仁ノ助の思う道を進んで欲しいと考える小田 徳ヱ門。

 張り合う二人だが、案外似たり寄ったりなのかもしれない。



* * *



 火薬委員長代理・早乙女 亥太郎との確執については、文次郎は仁ノ助にも訪ねたい事があった。だからこそ、彼は委員会が終わった直後。皆が散り散りになっているのを見計らって、彼に尋ねる事にしてみたのだ。

「先輩。仁先輩は、地獄の会計委員会を・・・五年生の頃に作られたんですよね・・・?」
「・・・そうだ。」
「その事、誰かに話したりしたんですか?」
「自主的に話したのは、教師くらいのものだな。生徒に言えば、良い顔をされないのは目に見えている。」

 仁ノ助は、首を横に降る。
 これまで自由に、それこそ湯水のように使えていた委員会予算が使えなくなるという話なのだ。当然、会計委員会以外の委員会には良い顔をされない。サボり癖のついていた当時の会計委員たちも、仕事が増えるのを良しとはしないだろう。

「吹聴する事でもなかった。邪魔をされてしまう可能性もあったからな。・・・生徒に話したのは、徳ヱ門くらいなものだ。」
「徳先輩、ですか・・・?」
「あれの方から訊ねて来た。思えば、あれも物好きな奴だ。」

 仁ノ助が何かをしようとしている事に感付き、大した面識もない内にそれを聞き出し、終いには「お手伝いします」と言い切った後輩。その当時から、酔狂っぷりが目に見えていた。けれど、彼がそう言い出さなければ・・・果たして事はこう上手く行ったかどうか・・・。

「・・・仁先輩は、早乙女先輩の事が嫌いなのですか・・・?」
「・・・否。あれは出来た後輩だと思っていたから、私が戻らずとも・・・火薬委員会を継続させる事は出来るだろうと思っていた。新たな会計委員は欲しかったが、早乙女を引き抜く事は、火薬委員会の弱体化にも繋がった。」

 だから、捨て置く形で亥太郎を火薬委員会に残したのだろうか。恐らくは、仁ノ助が誘えば彼も徳ヱ門と同様に会計委員会に入っただろう。けれど、火薬委員会の弱体化を防ぐ為にそうはせず、亥太郎にも何も告げなかった。

「俺が会計委員長として、あれに謝る事はない。あれが俺を恨むというのであれば、好きにさせればいい。」
「でも・・・」

 仁ノ助は己の非を認めている。それでも、亥太郎に謝る事をしないのは。それが各委員会との均衡を崩す事に成りかねないからだ。今の段階で、地獄の会計委員会は何者にも頭を下げる事をしてはならない。

 それでも、と文次郎は考えてしまう。亥太郎に掴まれた肩が、今でも熱を持っているかのようだった。恨んでいると言っても、彼の本心はそこではないのかもしれない。『どうしてあの人はこんな事をする、こんな事を続けられるんだ・・・!』と叫んだ顔が、悲痛に滲んでいるように見えたのはその為なのだろうか。

「・・・文次郎。忍者が正当な評価を受ける事は少ない。忍者はその存在そのものが闇。目的の為に動く駒に過ぎないからだ。
 ――人を助けたいのであれば医者となれ、力を認められたいのであれば武士や剣豪となれ。実力を認めるべき職は他にもある。」
「はい・・・。」
「忍者はあらゆる評価を捨てて、それでも結果だけを求める。精神的な報酬はあれ、物質的な報酬は無いに等しい。逆に言えば、全てを捨ててでも得たい結果を求める力が必要になる。」
「全てを、捨ててでも・・・」
「・・・早乙女 亥太郎は、優秀な後輩だ。私を毛嫌う事もなく、良くしてくれた。俺が戻りたいと言えば、あれは何がなんでも会計委員会から私を引き抜こうとするだろう。だが、それでは私の求める結果にならない。」
「結果・・・。」

 饒舌になっていた。仁ノ助の気持ちは、その饒舌さと比例する。

「言ってしまえば、この『地獄の会計委員会』も過程でしかない。目的を前にして、私は過程を放棄できない。」

 筆記試験で、計算式を巡らせて、漸く浮き上がった答えを答案用紙に書かぬ者はいない。真面目な文次郎ならば、真っ先に書き上げるだろう。例え、それが間違いであったとしても、その時は答えが出た喜びに酔い痴れる。

「『地獄の会計委員会』に対して、他の委員会が怒りを向けるのは至極自然な事。ここで笑みを浮かべて同情でもされたら、私は同級生として奴らの品性を疑う。不正に対しての怒りがないのだからな。」
「・・・地獄の会計委員会は、不正なのですか?」
「いや。これまで散財の限りを尽くしていたのだから、我々のしている事は正当だ。しかし、他の委員会からみれば、あるべきものが奪われている。それに対処すべきと考えるのは当然の事だ。」

 お互いに譲れないものがある。その均衡が、仁ノ助が「学園一の嫌われ者」と呼ばれる所以なのだろう。

「過不足のない予算。会計委員会だけでなく、各委員会にも判断させる。己の請求する予算は、果たして正当なものか否か。それを誰にも示唆される事なく行えるようにしてやるのが、私の目的だ。」
「・・・先輩。」

 それは、一朝一夕の事で出来る事ではない。だからこそ、彼は『地獄の会計委員会』を継続させたいのだろう。その為に、仁ノ助は己を慕う同輩も後輩とも切り捨てる道を選んだ。彼の硬い意志がある限り、この均衡は保たれ続けるのだろう。

 嘗て、浜 仁ノ助が説いた『地獄の会計委員会』における予算のあり方。文次郎はそれに賛同して、彼の正心を学んだ。
 しかし、その事で生じてしまった上級生たちの亀裂がある事も、文次郎は認めざるを得なかったのである。


<↑のオマケ・Q:どうして梶ケ島先輩はそんなに浜先輩に詳しいの?>

A:「そりゃあな。六年生にもなって三禁破って稚児趣味まで持ち始めてるどうしようもない委員長が生物委員会にいるもんで。黙ってりゃいいのに俺に言い聞かせるが如くブツブツと委員会中も呟いてちゃ詳しくもなるもんでしょ。マジでいい加減にして欲しいわ、あのダメ委員長。」

「っくし!っくし!」
「櫻坂先輩、風邪ですか?」
「・・・あまり文次郎に近づくな、馬鹿が移る。」
「俺の心配をしやがれ。つか、今風邪じゃなくて馬鹿が移るとか言っただろ!」

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