<浜と火薬委員会 前編>※年齢操作(六年→一年) 一年い組の潮江文次郎は早起きを心掛けている。それは彼の真面目な性格の顕れとも言えるだろうし、彼が尊敬する先輩と朝食を共にする、という目標があるから、とも言えた。先輩の名前は浜仁ノ助。彼は徹底した体内時計の持ち主であり、食事の時間は余程の事がない限りはいつも同じ時間だった。 「先輩!お早う御座います!」 「・・・あぁ。」 「お隣、ご一緒してもいいですか!?」 「・・・好きにしろ。」 「はい!」 学園一の嫌われ者と呼ばれる仁ノ助が食堂や図書室といった公共の場を利用すると、決まって彼を中心に空席が出来上がる。けれど、それはあくまで噂でしか仁ノ助を知らない者や、本当に彼を嫌う者がそうしているだけに過ぎない。文次郎のように彼を慕う生徒や、生徒に対して公平を保つ教師は普通にそれらで空いた席を利用するのだ。 「櫻坂先輩はご一緒ではないのですか?」 「・・・彼奴は、まだ寝ている。授業も任務もないからな。」 「そうなんですか。今日は一年い組も授業がないんです。だから、仙蔵も中々起きなくて・・・」 「・・・起こさずに来たのか?」 「食べ終わったら、また様子を見に行きます。仁先輩は、櫻坂先輩を放っておくのですか?」 「・・・六年生にもなって、自己管理のなっていない彼奴が悪い。」 「・・・確かに。」 但し、何事にも例外は存在する。 「よくも、そんな我が物顔で食事が出来るものですね。その顔の厚さには呆れてものも言えませんよ。会計委員長。」 「っ」 突然の声。己に向けられたものではない筈なのに、文次郎の肩がビクリと震えた。仁ノ助の隣を陣取る文次郎に対して、真正面に腰掛けるのは藍色の制服を纏う生徒。五年生の制服だが、それは同じ会計委員の小田徳ヱ門ではない。 「・・・何か用か。火薬委員長代理。」 「用?有る訳ないでしょう。他に席が無かっただけです。」 文次郎は、正直この火薬委員長代理が苦手だった。事ある毎に、何かと会計委員会に難癖を付けて来るのである。 「貴方が食堂にいると、美味しい筈の料理が何の味もしなくなると言われているのをご存知ですか?自覚は大切ですよ。」 「・・・用がないのではなかったのか。」 「用ではありません。単なる独り言です。」 六年生と五年生という序列を守りつつも、その目に浮かぶのは敵意の視線。言葉は見事に刺だらけだった。 「昨年、貴方が『地獄の会計委員会』を立ち上げてから何度も、飽きる程申し上げた事ですが・・・。いい加減に承知して頂けましたでしょうか。」 「・・・・・・。」 「地獄の会計委員会を、終わらせて下さい。」 またか。と、文次郎は朝食を咀嚼しながら思う。 火薬委員会は予算の事で会計委員と話をする時、決まってこの手の話題を上げる。それはこの火薬委員長代理が徹底させている事なのだろうし、代理自身も尽くその話題を振って来るのだ。 「予算の重要性は我々も重々承知しています。しかし、今度は其方が越権行為である事を自覚して頂きたい。」 「・・・。」 「いつまで、このような事を続けるつもりなのですか・・・!」 ダン!、と火亥太郎が近場の机に拳を叩きつけた。異常とも言える騒音に、周囲の生徒たちの肩も震えている。少しの間の後、それまで黙々と食事を続けていた仁ノ助は、やがて静かに口を開いた。 「・・・いつまで、か。その言葉、そのままお前に返すとしよう。」 「な・・・!」 「お前が何度その言葉を口にしようと、俺は『地獄の会計委員会』を終わらせる気はない。幾度となく、そうお前に告げた筈だ。」 「っ、」 亥太郎の顔が歪む。今にも乱闘騒ぎになってしまうのではないか、という剣呑な空気の中。 「食堂で物騒な気配を出さないで下さい。」 「徳先輩・・・!」 「お早う御座います。本日も宜しくお願いしますね。」 「あぁ。」 「・・・っ、お早う、御座います。」 ぬぅ、と亥太郎の背後から声をかけて来たのは、会計委員の五年生・小田徳ヱ門だった。 「さて、火薬委員長代理さん。そんな殺気塗れでは、美味しい料理の味が分かっても喉を通りませんよ?」 「小田・・・!」 徳ヱ門の存在を認識するや否や、亥太郎は先程にも増して嫌悪の目を向けて来る。今度は此方で喧嘩事になってしまうのではないか、と文次郎が身構えた瞬間。隣で食事をしていた仁ノ助がガタリと音を立てて席を立つ。 「・・・仁先輩・・・?」 「文次郎。お前は同室の様子を見に行くのだろう?時間になってしまう前に行った方がいい。――徳ヱ門は、食後に委員会活動についての話がある。」 「分かりました。」 それだけ告げると、仁ノ助は空になった食器を持って厨房の方へと向かう。どうやら、この場から退室する選択をしたようだ。けれど、それは逃避ではなく、周囲を気遣っての事だと文次郎も徳ヱ門も分かっている。事実、仁ノ助が消えた瞬間に、周囲の怯えるような空気は消えたのだから。 ・・・会計委員として仁ノ助の傍にいると、このような事態は多々あった。会計委員会が嫌われるのは、浜仁ノ助がいるから。それはあがなち間違ってはいないし、正しいのだろう。けれど、自ら責任を取ってその場から消えようとする仁ノ助を見る度、文次郎は胸が締め付けられるような思いになる。決して、仁ノ助が悪い訳ではないというのに・・・。 「会計委員長のいない会計委員会を相手にしてる暇はない。」 「おや、ご飯が残ってますよ?」 「場所を変えるだけだ。お前には関係ないだろう!」 そんな捨て台詞を残して、亥太郎はそこから居なくなってしまった。徳ヱ門は彼を見送りながらも溜息を付いて、やがて文次郎の前の席に腰掛ける。「朝食の時間をお邪魔してしまいましたね。」と、申し訳無さそうに笑う徳ヱ門に対して、文次郎は「いいえ、助かりました・・・。」と首を横に降った。 会計委員会が他所の委員会と仲が良くないと言われているのも、実際にはこの火薬委員会代理と、口の悪い用具委員長が喧嘩を売っているからに他ならない。と、文次郎は考えている。予算の事以外は、会計委員会に非はない筈なのだから。 火薬委員会はその名の通り、学園内に存在する火薬の管理を行う委員会である。高価な火薬を購入する権限は学園側にあり、委員会が予算として申し込めるのは、管理に基づく雑費くらいなものだ。極端な話、火薬委員会は他の委員会程、会計委員会からの予算をアテにしていない。 「(・・・それなのに、どうして早乙女先輩は・・・あんなに仁先輩の事を・・・)」 そんな事を考えていた文次郎の前に、ふいに大きな影が覆いかぶさった。文次郎が顔を上げると、そこには先程まで考えていた渦中の人・火薬委員長代理の早乙女 亥太郎の姿が。 「・・・お前、会計委員会の一年生だったな。」 「え、えぇ・・・そうですけど・・・。」 「教えろっ!あの人は何を考えている・・・!」 文次郎がしどろもどろとしている内に、突如・亥太郎が掴み掛って来る。一年生の文次郎は対処しきれずに、彼のされるがままになってしまった。 「さ、おと、め先輩・・・?!」 「どうしてあの人はこんな事をする、こんな事を続けられるんだ・・・!お前は、何か知っているのか・・・!」 「先輩、苦し・・・っ」 文次郎の静止を求める声は届いていないらしい。彼の掴む手の力は強まるばかりだった。 「その辺にしとけよ。」 「・・・!お前、」 「梶ケ島先輩!」 そんな火薬委員長代理の暴挙を止めるかのように声をかけて来たのは、五年の生物委員・梶ケ島友成と、同じく五年の体育委員長代理・ 。 「こっちの方が、サクラの サクラ。というのは、友成の世話する鷹の名前だ。餌掛けと呼ばれる専用の手袋越しに、友成の手に停まる彼女は、時折コテンと首を傾げるように丸い瞳で文次郎を見ていた。 「会計委員長を説得出来ないからって、一年生イビリかよ。委員長代理の行動とは思えないな。」 「煩い。委員長代理にもなっていないお前に何が分かる!」 「私は体育委員会の委員長代理だが、分からないな。」 「っ」 「こいつへのフォローは俺がしてやるから。今回は引き下がれ。予算の直訴は会計委員会の上級生にしとけって。」 友成がそう言うと、亥太郎はそれでも不満を隠しきれないような表情でこちらを睨みつけ。渋々と離れて行った。彼の事は体春市に任せ、友成は呆然としてしまっている文次郎に話しかける。 「悪かったな、文次郎。俺と同級の奴が。」 「だ、大丈夫です。ちょっと強く掴まれただけですから・・・。・・・それよりも、梶ケ島先輩。早乙女人の事・・・何か知ってるんですか?」 「ん?文次郎は知りたいのか。」 「はい・・・。あの人、よく仁先輩や徳先輩の事を悪く言うんですけど・・・。他の委員会の先輩とは、少し様子が違う気がして・・・」 「・・・・・・。」 文次郎の推察は外れていない。恐らくはこの先、自分たちが卒業するまでは、あの早乙女 亥太郎の目に会計委員会は晒され続ける事だろう。・・・ならば、言ってしまった方がいいのだろうか。 「・・・文次郎。お前にとっては辛い話になると思う。何せ、お前が気に入っている会計委員長にも関わる話だからな。それでも聞きたいか?」 「はい。」 即答する文次郎。迷いはないらしい。 生物委員会の五年生・梶ケ島友成は相棒のサクラを小屋に戻した後、会計委員長・浜仁ノ助と火薬委員長代理・早乙女 亥太郎との間に何があるのかを語る事に決めた。 prev next 戻 gift main mix sub CP TOP |