<御園林蔵の帰省>※年齢操作(六年→一年)

 実家からの急な呼び出しにより、四年の会計委員・御園林蔵が急遽学園を留守にする事になった。よって、本日の会計委員会に林蔵の姿はない。その事で、目に見えて機嫌を悪くしたのは言うまでもなく、三年生の蓬川兄弟だ。彼は一年生の潮江文次郎の目から見ても、人一倍に林蔵に懐いていたので無理もないのだが。

 厳しい言い方をしてしまえば、林蔵が一人いない所で会計委員会の活動には何も問題がない。精々、彼が担当する帳簿の仕上がりが遅れる程度のものである。だが、思わぬ所で彼が不在な事による不祥事が発生してしまった。

「あつっ」
「え、文次郎!大丈夫ですか?」
「だっ、大丈夫です。熱いのに吃驚しただけですから・・・。」

 帳簿の計算を中断しての休憩。いつもは林蔵が行っているお茶出しを、五年生の小田徳ヱ門が行ったのだ(双子が行うと何故かいつも鉄粉が混じり、飲めたものではないからである)。湯呑は各々同じものであり、それが熱い事に驚いた、と語る文次郎に徳ヱ門は首を傾げた。――と、同時に納得した。
 文次郎は認めたがらないが、林蔵と同じく熱いものが苦手な猫舌の持ち主だ。林蔵が会計委員会の中でお茶出しを自ら名乗り出ているのも、自分と文次郎の分を氷入りの冷たいものに出来るからに他ならない。林蔵は双子と違って、誰彼構わず冷たいものを薦めようとはしないのだ。自分の都合だけではない、仁ノ助や徳ヱ門には濃い目の熱め、双子には薄めの温めと、林蔵は相手の好みを熟知して茶を淹れている。この気配りは、商人の跡取り息子ならではと言えるだろう。

「(目に見えない所で、気を使わせてしまっているという事ですかねぇ・・・。)」

 そんな事を考えながら、徳ヱ門は自分で入れた茶を啜る。確かに、普段飲み慣れた茶とは違う気がしてならなかった。


 林蔵の不在がもたらす影響は、実はそれだけではない。

「(・・・あれ?)」

 作業を再開させた会計室の中で、不意に文次郎は気付く。けれど、その様子に気付いた先輩たちはおらず。彼らは一様に算盤の音を響かせている。けれど、文次郎は気付いてしまった。
 ――“ここ”は、こんなにも静かだっただろうか。

「・・・・・・。」ぱちぱち、
「――・・・。」ぱち、ぱちっ
「「・・・。」」ぱちぱちぱちぱち

 算盤珠の合唱。希に紙と墨の擦れる音。それ以外の音はまるで耳に入らず、静寂が痛みとなって耳を劈くかのようでもあった。

『先輩ー?この帳簿のこの項目なんすけど・・・』
『・・・至急、確認して来い。』
『うぃーっす。』
『あ、林蔵。職員室に行くなら、この書類をお願いしてもいいですか?』
『いいっすよ。』
『『さっちゃん先輩ー!僕らも行きますー!』』
『お前らは大人しく計算してろ!そして渾名呼びを止めろ!』

「(そっか・・・、林先輩が、いないから・・・。)」

 個性が強い、というよりは癖の強い会計委員会の上級生。林蔵はその中でも比較的常識的な為、よく常識人と呼ばれていたりする。けれど、それは間違いだったようだ。
 彼はトラブルメーカーではないものの、ムードメーカーであるらしかった。



* * *



 数日後。実家の用事を済ませた林蔵が学園に戻って来た。そして、久々に彼が会計委員会に顔を出す事になったのだが・・・。

「・・・あの、先輩?」
「はい、何でしょう。」
「数日振りに委員会に来たら、何でか下級生にひっつかれて身動きが取れねぇんすけど・・・。」
「・・・・・・。」
「(双子はともかく、文次郎まで・・・。)あの、何かあったんすか?」
「強いて言えば、何もなかった事が問題だったんでしょうねぇ。」
「――へ?」

 意味深な事をのほほんとした表情で告げる徳ヱ門に、林蔵は意味を理解し切れずに首を傾げる他なかった。

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