<小田徳ヱ門の負傷>※年齢操作(六年→一年)

「いやー、面目ありません。寝違えてしまったみたいで、この有様です。」
「――・・・。」

 お恥ずかしい、と言わんばかりに苦笑して見せる五年生の会計委員・小田徳ヱ門。しかし、一年生の潮江文次郎には、どうにもその姿が“寝違えて”出来たものには見えなかった。
 仄かに漂う血と薬品の臭い。更には全身を覆い隠さんばかりの包帯。結っても長いと分かる髪は結えられる事なく、布団から起き上がった体勢の徳ヱ門の背中の近くを緩やかな曲線を描いていた。寝違えた、というよりは、明らかに重傷或いは重病人の姿だ。

 だが、この五年生に限っては“寝違えて”こうなってしまう理由が、確かに存在している。

「ま、あんな武器庫みたいな長屋で寝違えたらそうなるのは当然っすよね。」
「「よく生きてましたねー、小姓先輩ー。」」

 文次郎の先輩であり、徳ヱ門の後輩に当たる会計委員たちが思い思いに告げた通り。徳ヱ門の長屋は、用具委員会の管理する用具倉庫顔負けの武器庫に近しい状態なのだ。五年生の中では用具倉庫よりも重宝する武器庫と言われ、その名に劣らぬ程の多種多少な武器が収められている。どうして一個人の長屋がそんな事になっているのか、は、この際省略するが。
 そんな場所で、日常的に生活している徳ヱ門が“寝違えて”しまったらどうなるのか。結果は明らかだ。同じ組の体育委員長代理を勤める五年生が諸用で徳ヱ門の部屋を訪れた時、さぞかしそこは悲惨な事になっていただろう。

 五年生は数日前から、かなり大掛かりな実習をしていたと聞く。恐らくは、その気の緩みが徳ヱ門を寝違えさせてしまったのだろう。唯一の救いは、大量の武器がドミノ倒しのように崩れていた時、彼は幸いにもうつ伏せで眠っていた事だろうか。傷の殆どは背面に付けられたものだった。

 大事を取っての絶対安静。身動きの取れない徳ヱ門の代わりに、四年生の御園林蔵が六年生の会計委員長・浜仁ノ助にその事を伝えると、彼は厳しい顔つきのままにコクンと頷いてみせた。厳格な性格ではあるが、彼は負傷した生徒にまで無体を強いる事はない。但し、回復したその時には荷馬車の如く働く事になるのだろうが。会計委員長の狂信者を自覚する彼にはどうという事はないだろう。

 問題は、彼が寝違えて負傷してしまった事による、本日の会計委員会の活動にある。



* * *


「・・・あの、林先輩?」
「おう。何だ。」
「今日の・・・委員会の事なんですけど。どうして・・・、徳先輩の長屋を片付けているんでしょうか・・・。」

 そう。本日の会計委員会の活動は、帳簿の計算でも無ければ鍛錬でも無く。主が不在になっている徳ヱ門の長屋の片付けという、会計からはかけ離れたものだった。
 武器雪崩が起きたという徳ヱ門の長屋は凄まじい事になっており、彼が倒れていたであろう場所には血痕の後も残っている。放置する訳にはいかないというのは分かっているのだが、これが委員会の仕事という事に文次郎は納得がいかないらしい。因みに、三年の蓬川兄弟と委員長の仁ノ助は未だに黙々と作業していた。

「そりゃあ、あれだ。先輩が委員長にお願いしたから。」
「徳先輩が?」

 問うと、林蔵はそっけなく「おう」と頷く。何せ、その徳ヱ門の「お願い」を仁ノ助に伝えたのは、他でもない林蔵だったのだから。
 話だけをしていると、委員長から叱咤の視線が飛ぶので、林蔵と文次郎は作業をしながらに会話を続ける。

「傷が治って、帰って来てあの状態のままってのは嫌だって言ってたな。」
「でも、どうしてそれが委員会活動に?」
「数が多いからなぁ。同じ組の体育委員長代理は武器の扱いがひどいって聞いた事あるし、頼めなかったのかも。」
「あの、でも・・・こういうのって・・・。用具委員会の仕事では?」
「・・・・・・あぁ、そりゃあ、なぁ・・・。」

 更に問いかける文次郎に、林蔵の目が遠くなる。問いの答えがあるものの、言っていいのか迷っている、或いは適切な言葉が見つからないと言わんばかりだ。
 その表情を見て、不意に文次郎は思い出した。小田徳ヱ門と用具委員会には、只ならぬ確執が存在するという事を。徳ヱ門は用具委員会が嫌いで、用具委員会は徳ヱ門が嫌いらしい。

 林蔵の脳裏に「用具委員会に任せるのは癪に障るんですよ♪」と満面の笑顔で告げる徳ヱ門の姿が浮かんだ。

「ま、こんだけの武器を一年生の内に触れるってのは用具委員会でもない限りはないから。文次郎にとっちゃいい体験なんじゃないか。今の内、知らない事はどんどん聞いとけよ。」
「はいっ!あ、早速ですけど先輩!これ何ですか?」

 片付けの途中から気になっていたらしい。文次郎はある武器を差し出して訊ねて来た。

「苦無みたいなんですけど、形が違うみたいで・・・」
「あぁ・・・。そりゃあ袋鑓だな。」
「ふくろ、やり?」
「やっぱ持ってるんだなぁ、あの先輩。・・・それは、文次郎が言ったように苦無として使う事もできるし、この空洞に棒を入れて鑓としても使う事が出来る。――ウチの委員長の、得意武器だ。」
「仁、先輩の・・・!」

 最も尊敬する先輩の得意武器。それを知った瞬間に、文次郎は己の中の何かが高ぶるのを感じた。

「そればっかりは委員長の方が詳しいだろうから、聞いて来い。」
「はい!有難う御座います!」

 仁ノ助の元に向かう文次郎を見送った後、林蔵は改めて長屋から持ち出された大量を武器を見やる。五年生が武器庫と呼ぶのも頷ける、錚々そうそうたる品揃えだ。
 これらの武器は、何年か前の用具委員長が予算を湯水のように使って購入したものであり。全てが徳ヱ門への贈呈品だ。だが、当時の用具委員長を快く思っていない徳ヱ門は、その気になれば直ぐにでもこれらの武器を用具委員会に寄付する事も出来る。そうしないのは、単純に徳ヱ門が嫌がっているからだ。用具委員会の利益になるような事をしたくない。そんな私情の現れだ。

 理由を聞けば、それは苛められっ子が苛めっ子になる理屈と変わらず、徳ヱ門はあぁ見えて実は性格が悪い。小田徳ヱ門という人物を熟知したならば、決して彼を「良い人」とは言わないだろう。

 彼の性格を矯正出来るであろう唯一の存在・仁ノ助が何も言わないのは、彼の振る舞いに己や会計委員会への害意がないからだ。仁ノ助は己の興味がないもの、関係ないものにはトコトン無関心で寛大なのだ。・・・その寛大さには、林蔵も救われている所もあるが。

「さっちゃん先輩ー!」
「新しいお布団持ってきましたー!」
「その渾名をやめろって何度言わせんだ、阿呆双子ー!そして先輩の布団を引き摺って持って来てんじゃねぇ!」

 とりあえず、林蔵の目下の行動は血抜き中の布団に変わる新たな布団を持ってきた双子を叱咤する事であった。



* * *



「おい、小田ぁ!お前!用具委員会に預けるべき仕事を会計委員会に任せたって本当か!」
「えぇ。用具委員会あなたがたに任せるのが嫌だったので。ネコババされそうでしたし。」
「んだとぉ?!」

 傷が言えて委員会活動に復帰した徳ヱ門の前に現れたのは、口の悪い事で有名な用具委員長だった。彼の剣呑とした態度に臆する事なく、寧ろ挑発し返すように会話する徳ヱ門は、最早恒例行事に近い。

「ここで用具委員会が私の武器を管理する事になると、帳簿を一から書き換えなくてはなりませんからね。」

 怪我で遅れているのに、そんな事したくないんです。と、個人の感情を隠す事もない徳ヱ門。その様子に、用具委員長の堪忍袋の緒は今にも切れてしまいそうだった。

「死にかけたってのに、あの武器を手放す気はねぇんだな。」
「私の不祥事という事は認めます。ですが、それでも用具委員会の利益になるような事は、し・た・く・あ・り・ま・せ・ん!」
「だぁ〜〜〜っ、お前といい浜といいっ!会計委員は気に入らねぇっ!」
「・・・徳ヱ門。委員会活動の妨害だ、用具委員長を追い出せ。」
「了解です♪」
「上等だぁ!六年生に五年生が敵うと思ってんのかぁ!」

 学園一嫌われていると有名な『地獄の会計委員会』。本日も通常運行である。但し、その嫌悪の原因は委員会予算に限るものではなく、個人的な理由も多大に含まれていたりするのは、会計委員に所属する者であれば誰もが理解していた。


<初代組の各帳簿の振り分け>※初代委員長時代

・浜:六年生の学年帳簿、委員会帳簿は火薬。最終的な総括。
・小田:五年生の学年帳簿。委員会帳簿は用具、体育。
・御園:二年、四年生の学年帳簿。委員会帳簿は作法。※二年生の会計委員がいない為。
・蓬川兄弟:三年生の学年帳簿。委員会帳簿は保健と図書。※専門知識を要する保健帳簿は上級生が行うものだが、双子なのでw
・潮江:一年の学年帳簿。委員会帳簿は生物。※学年帳簿で基礎を叩き込まれ、余裕が出来れば委員会帳簿。

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