<浜仁ノ助の風邪>※年齢操作(六年→一年)

 浜 仁ノ助は自分にも他人にも厳しいが、時間にも厳しい。前日の就寝前には今日の日程を再確認し、日の出前に起床すれば就寝前と同じ事を再び行うくらいには、時間に厳しい。とても夜間鍛錬に精を出しているとは思えない程、体内時計がしっかりしているのだ。当然、彼が所属する委員会に遅れた事は一度たりともない。

 そんな彼が会計室に姿を現さなかったのは、六年生が野外実習に出発して三日後の終了日の委員会の事。三日振りに仁ノ助と会えると胸を高鳴らせていた一年の潮江 文次郎をはじめとする会計委員の前に現れたのは仁ノ助ではなく、彼の同級生だった。

「え、仁先輩お休みなんですか?!」
「お休みー?」
「風邪ー?」
「おう。実習前から風邪気味だったってのに、無理が祟って寝込んじまったんだ。そんな訳で、当分彼奴は委員会には出られねぇ。」

 それを伝えに来たんだ、と告げるのは仁ノ助と長屋が同室の櫻坂 誠八郎。彼は生物委員会の委員長という所属の建前で会計委員会と対立する身ではあったが、会計委員会を嫌悪している訳ではなかった。

「実習前から・・・、ですって・・・? 貴方がいながら、そんな彼を止めなかったというのですか・・・!?」
「相変わらず、仁ノ助の事となると目の色が変わるんだな。小田。――言っとくが、俺だって止めたかった!だが、彼奴はそれを嫌がって時間をずらして行動してたんだよ!俺と一緒にならないような作戦を考えてな!」

 己一人の不調であるならば、まずは実習を優先する。それを妨害するような誠八郎を、遠ざける。――仁ノ助の思想は下級生の文次郎にも、いとも容易く想像出来た。

「保健室の新野先生が絶句するような強い風邪でな、当分は長屋で養生だ。」
「先輩っ!お見舞いには行けないんですか?!」
「駄目だ。体が弱い訳じゃない仁ノ助がぶっ倒れるような風邪だからな、下級生にうつすと大変な事になる。それに・・・、彼奴が会計委員おまえらの顔を見ようものなら、体調管理そっちのけで委員会をすると言い出し兼ねないだろうが!」

 その通り。自分に厳しく、責任感の強い会計委員長の事。今こうして、委員会に出られないというだけで歯痒い思いをしているだろう。仁ノ助を休ませたいのならば、会計委員は邪魔になる。

 この日から、鬼の会計委員長のいない地獄の会計委員会が始まる事となった。


 鬼の会計委員長不在。隠されざる事実の為か、その情報は瞬く間に広がり。次の日から会計委員会は言ある毎に他委員会からの襲撃を受ける事になった。曰く「浜仁ノ助のいない会計委員会など、鬼のいない地獄のようなもの」という、捻りのあるようなないような謳い文句まで付いている。

「先輩がいなければ、会計委員会が機能しないと思われているとは・・・心外極まりないですね・・・!」
「・・・そういや、小田先輩って前に委員長の見舞いにチャレンジするとかって行ってませんでしたっけ?」
「忌々しい事に、六年い組の長屋にはあの生物委員長の狼が見張ってましてね・・・。不用意に近付けないというのが現状です。」

 下級生三人は気付いていないだろうが、その現実は驚くべきものだ。と、四年の御園林蔵は思う。
 五年の会計委員・小田徳ヱ門。彼は自他共に認める、浜仁ノ助の狂信者。会計委員長絡みの事で、この五年生に諦めるという選択肢を選ばせているのだから、それは異常な事なのだ。
 恐るべし、六年い組の狼使い・櫻坂誠八郎・・・我らが会計委員長・浜仁ノ助の長屋の同室というのは伊達ではない。

「下手に近づいたら、遠吠えをされて浜委員長の目を覚ましてしまうかもしれません。風邪で弱った体に、大きな音はいけませんからね。」

 例え狼がいなくても、自分にも厳しい仁ノ助の事である。長屋までやって来た委員会の後輩たちの姿を見てしまえば、以前誠八郎が言っていたように、布団から飛び起きてやれ帳簿の計算だの、鍛錬だのと働きたがるに違いない。だからこそ、徳ヱ門も大きくは出られないのだ。

「ま、見舞いに行けない以上。俺等は会計委員会の仕事を全うするしかねぇっすからね。」
「あの、先輩・・・!」
「ん?」
「お見舞いに行けないんだったら・・・、」



* * *



 六年い組の長屋の前には、誠八郎の命令を大人しく聞いている狼の姿がある。仁ノ助の悪評もあって、元より“ここ”を訪れる生徒は少ないのだが、この狼の存在は内側から仁ノ助が逃げ出さないようにする見張りの役目も兼ねている。
 食堂からのお粥、保健室からの薬を携えて、誠八郎は長屋の戸を開ける。見張りの狼は、主たる誠八郎には忠実だ。

「うぉーい、仁ノ助ー!生きてるかー?!」
「・・・煩い。」
「よし、返事できるって事は多少なりとも回復したな。飯と薬、その前に汗を拭くからな。」

 長屋に入ると、仁ノ助が気怠げに言葉を投げ返して来る。寝込んだ当初は返事をする事もままならなかったのだから、回復はしていると判断するべきだろう。
 本来ならば、重病人は保健室で休む事になっている。けれど、仁ノ助は学園一の嫌われ者と呼ばれる生徒。自身の申し出もあり、仁ノ助は自室の長屋で休む事になったのだ。(仁ノ助は当初、誠八郎の事を考えて空き部屋で休もうとしていた。しかし、それを聞きいて憤慨した誠八郎が、強引に六年い組の長屋に押し込めたのである。)

「・・・・・・お前は、平気なのか。」
「あー、平気平気。俺、お前と違って体調管理バッチリだから!」
「・・・。」

 それは嫌味か、と言おうかとも思ったが。誠八郎が言わんとしている事は分かりきっているので、敢えて仁ノ助は何も言わなかった。
 汗に濡れた体を吹き、食事の後に薬を飲む。風を引いた時の一連の動作だが、寝込んだ当初は起き上がる事もままならなかったのだ。そこそこに回復はしていた。

「(風邪程度で寝込むとは情けない・・・。やはり、そろそろ鍛錬に・・・)」
「よし、飯を完食してちゃんと薬も飲めたお前には、褒美をやろう!」
「・・・褒美?」

 悪戯を考えているかのような、誠八郎の満面な笑み。仁ノ助はその表情に、多少なりとも嫌な予感を感じながら・・・先へと促した。
 すると、誠八郎は糸で重ねられた五匹の折り鶴を仁ノ助に見せる。

「・・・折り鶴?」
「おう。お前ん委員会トコの、大切な後輩たちからな。」
「・・・・・・。」

 よくよく見てみれば、折り鶴は五匹とも微妙に折り方が異なっており、五人がそれぞれに折ったものだということが分かった。
 仁ノ助が寝込んだ当初、誠八郎には会計委員たちに己が暫く養生する事を伝えるよう頼んだ。思えば、後輩たちが長屋までやって来た事はない。(というのも、誠八郎が釘を刺した事と長屋の前には彼の狼が待ち構えていた事が理由なのだが。)
「会計委員会の様子見に言ったら渡されてな。」

『櫻坂先輩!お見舞いが駄目でも、これくらいなら良いでしょう?!』
『本当は千羽鶴を仕立てるつもりだったんですけどねぇ。』
『あの先輩。紙を無駄遣いするなとか言いそうなんで、作ってる内に全回復したら元も子もないっすし。』
『『ちゃんと届けて下さいねぇ?』』

 渡された五匹の折り鶴は、不思議な事に各々の雰囲気が出ているような気がして・・・。仁ノ助はとても長い時間、彼らに会っていない事を改めて自覚した。

「“元気な”委員長に会えるのを楽しみにしてます、だとよ!」
「・・・・・・・・・。・・・誠八郎、俺は・・・果報者だな。」
「知ってるさ。」

 だから、とっとと治してしまえ。誠八郎がそう告げると、仁ノ助は折り鶴を潰してしまわぬように抱えたまま、無言で小さく頷いた。



* * *



 数日後。回復した仁ノ助は目出度く委員会職に復帰した。仁ノ助のいない会計委員会を甘く見ていた他所の委員たちは、後の粛清によって全て身を潜めたという。鬼の会計委員長復活の知らせは、矢の如く、学園中に知れ渡った。名前だけで存在を知らしめる浜仁ノ助は、良くも悪くも学園の有名人だ。

 因みに、彼の養生が長引いてしまった事には、ある理由がある。

「えぇっ、仁先輩!風邪に加えて足を捻挫してたんですか?!」
「おう。てか、足を捻挫して着地失敗して深めの川にドボンで元々の風邪をこじらせた、っていうのが本当の理由。」

 口止めはされてないから、と誠八郎は陽気に文次郎に暴露した。この場に彼がいたならば、文字通り鬼の形相で彼を止めた事だろう。

「熱に魘されて、足の怪我でロクに動けもしないってのに。委員会の事となると見境なく出て行こうとするもんでな。・・・悪かったな。会計委員おまえらの見舞いを断っちまって。」
「・・・いいえ。仁先輩が治ったのは櫻坂先輩のお陰ですから。」

 仁ノ助が無理をするから、という事前情報があればこその言葉だ。元々、文次郎は聞き分けの良い一年生なので、これでは割に合わないな、と誠八郎はもう一つだけ、仁ノ助の暴露話をする事を決めた。

「文次郎、ここだけの話。彼奴はお前らの折り鶴を見て仁ノ助は怒涛の回復力を見せたんだぞ?あぁ見えて、現金な奴だよなー。」

 態とらしい誠八郎の言葉に、文次郎は一瞬だけ目を丸くして・・・。やがて嬉しそうに顔を綻ばせた。


<↑のオマケ・初代組の折り鶴>

・潮江文次郎:きっちり、ぴっちりな折り目。一番綺麗(白い)。
・蓬川兄弟:手垢と指に付いた墨で、白黒模様。作った中で、最も双子っぽいのを選んだ。
・御園林蔵:一番最初に出来て暇になって、模様を書き入れてみた。
・小田徳ヱ門:実は折り方を知らなかった。変な所で不器用。折り迷いが多く、ヨレヨレ。

・浜仁之助:
 お見舞いの折り鶴のお礼に、と折り鶴を折った仁ノ助。その折り鶴を見た瞬間、会計委員たちは唖然としてしまう。何せ、一枚の紙から六羽もの折り鶴を織り上げてしまっているのだから。
「って、ぇ、これ、折り鶴ですか・・・?!」
「一枚の紙で六匹分折られてる・・・!」
「「組頭委員長、すごーい!」」
「(この人って、結構芸術肌ですよねぇ・・・。)」
 切断するのが勿体無いという理由で、その折り鶴は最終的に文次郎が受け取る事になった。

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