<潮江が浜と会っていなかったらQ>※IF、年齢操作なし、潮江の性格変更有り

 学園に戻って治療を受けても、文次郎は長屋に来る事はなかった。あれはもう、諦めるしかないのかもしれない。
 ずっと自分たちに怯え続けた結果なのだ。無理強いして治るものでもない。あの時、自分と話をしてくれた事が奇跡だった。

 あれは、潮江文次郎だ。

 妙にスッキリした結論に至ってしまった。小平太たちは未だに納得していないようであったが、個人個人で思う事があるらしく、大きくは言い出して来なかった。

「じゃあね、潮江君。」
「あぁ、有難う。」

 不意に、物陰からそんな挨拶の会話が聞こえて来る。声の主は文次郎と、もう一人は四年の斎藤タカ丸だった。
 意外としか言えない組み合わせだったが、それは文次郎の姿を見た時に納得してしまう。

「、文次郎。・・・髪、切ったのか。」
「・・・た、ち花・・・。・・・あぁ。随分と伸ばしていたから、軽くなったよ。」

 タカ丸は四年生への編入生という変わり種だが、それまでは髪結いとして町で働いていた。
 漸く見慣れたと思っていた文次郎の髷の長髪が、ばっさりと切り落とされていた。“その”文次郎の姿に、記憶にある文次郎の姿がブレて見える。

「・・・不器用なもんだしな。忍者を目指してたってのに。――分かっていて、ずっと甘えてた。済まなかったな、立花。」
「!」

 仙蔵たちの前の文次郎は、決して笑う事がなかった。いつも顔色を伺って、怯えているような表情で、・・・根本的なそれは変わっていないというのに。口元を上げただけでも、それまでの彼とは違う。

「正直、お前達はまだ眩しくて、目が眩む。でも、こそこそするのは止めようと思う。」

 そのケジメとして、髪を切ったのだという。女々しいかもしれないが、彼の心意気が見れた気がした。




「ん?」

 六年い組の立花仙蔵は違和感を覚えた。とても重要な何かを置いて来てしまったかのような感覚に、首を傾げる他ない。違和感ばかりで、原因が思い出せない。
 ここは六年長屋の己の自室。今は新たな焙烙火矢を作ろうと火薬の調合に明け暮れていた筈だ。何故、原因も分からない事に頭を悩ませなければならないのだろう。そう、思った時だった。

「仙蔵、仙蔵!――立花仙蔵ーっ!」
「・・・煩いわ!貴重な火薬が飛んでくれたらどうする!?」

 文字通りに飛び込む勢いで長屋の戸を開けたのは、六年ろ組の七松 小平太だった。火薬の調合をしていた自室には調合器具が広がっており、お世辞にも整っているとは言えない。風程度で貴重な火薬を失う訳にはいかないのだ。
 けれど、怒鳴られた当人の小平太はそんな事を気にも止めていない様子で(正確には「気にも止められない」様子で)、仙蔵に言い放った。

「文次郎って、生物委員会の委員長ではなったのか?!」
「・・・は?――文次郎は会計委員長だろう。何を寝ぼけた事を言ってるんだ。」
「え、あれ・・・。あ、うん。そうだよな、ごめん、変な事言った。」

 小平太自身が首を傾げている。どうやら、自分でも何を言ったのか理解できていないらしい。
 仙蔵がそんな事を思った時、不意に開けっ放しにされた障子の向こうから叫びにも似た声が聞こえて来た。

「潮江文次郎!俺と勝負しやがれ!」
「っだぁ!何なんだ、そんな涙ながらに迫るんじゃねぇよ気色悪い!――って、何でお前達も泣いてるんだよ。」
「・・・何でも、ない・・・」
「うん、何でもないよ。・・・あぁ、保健委員として二人の喧嘩を止めたいのに、二人の喧嘩が嬉しくて仕方ない・・・。」
「留三郎とばっかり狡いぞ、文次郎!私とバレーだ!そして夜は鍛錬だー!」
「突っ込んで来るんじゃねぇ、小平太ーっ!・・・なぁ、仙蔵。こいつらどうしちまったんだ?」

「さぁ、夢見でも悪かったのではないか?」

 普段と変わらぬ筈なのに、何故か“普段と変わらぬ”文次郎に、仙蔵も泣きたい気分になってしまった。

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