浜 仁ノ助が作り上げた『地獄の会計委員会』。彼の唯一の失敗とも言える結果が、最初の予算会議だった。流血沙汰の原因となった生徒が作り出したものを、教師陣がいつまでも見逃してくれる筈がない。そう判断したからこそ、二代目会計委員長・小田 徳ヱ門は『戦う予算会議』を定着させた。剣呑とした空気を払拭してしまえば、『地獄の会計委員会』が教師陣から取り消される事はなくなる。
 忍者は結果が全て。経過は問わない。何をしても成し遂げるべきなのは結果なのだ。だが、文次郎はもう少しで二代目と三代目が成し遂げた予算会議を踏み躙る所だった。

 一年生の頃。仁ノ助のようになりたい、と文次郎が告げると、初代組の面々は一様に苦笑していた。まるで、そうなる事を望んでいないかのように。その理由を、文次郎は漸く理解できた気がするのだ。

「(俺は、俺のやり方で予算を守る・・・。模倣していては駄目だ・・・!)」




 その年の予算会議は、例年のそれと比べると至って普通のものだったと言える。会計委員会から返却された予算案は相変わらずのケチ予算ではあったが、双方にどうにか折り合いをつけ、結果から見れば「無事に終わった」と言える予算会議だった。

 尤も、五六年生が実習で不在の時にこっそりと計上した学園長の茶菓代が発見された時には、予算会議には傍観の立ち位置だった学級委員二名へ白い視線が向けられる事になったのだが。

 嘗ての『地獄の会計委員会』を知る者から見れば、信じられない程に平和な予算会議だっと言えるだろう。




「それにしても・・・、帳簿が合わない原因がまさか学園長にあったとは・・・。」
「随分と高いお菓子とお茶を買ったようで。通りで何度計算しても合わない筈ですよ・・・。」
「処理済みの書類を確認しなかった俺のミスだ。それに食った分はちゃんと返して貰ったからな。」

 予算会議の中で、新しく作られた書類。そこには、委員会予算でこっそり買われた茶菓代を学園長が“自費”で返すというものであった。・・・あれは見物だったと今でも文次郎は思う。
 主犯は学園長だったが、凶暴したのは四年生の学級委員長、四年い組の勘右衛門と四年ろ組の鉢屋 三郎だったのだから。
 恐らくは文次郎に変装した三郎が下級生たちの目を引いている隙に、勘右衛門がこっそりと書類を通してしまったのだろう。

 「・・・三郎。予算会議が近い時には邪魔をしないでって、僕前に言ったよね?」
 「ら、雷蔵!これは図書委員会への邪魔じゃあっ・・・」
 「会計委員会にちょっかい出せば、他の委員会にも影響出るって分かってたよなぁ?勘右衛門。」
 「は、八左ヱ門!落ち着いて・・・!」
 「金の切れ目が縁の切れ目、とは言いたくないのだ・・・。」
 「兵助っ」
 「目、豆腐みたいな目が座ってるよ・・・!」

 「「さっさと学園長先生の名前を署名して、」」「判を捺させるのだーっ!」
 「「はぃぃいいっ!」」

 よりにもよって、原因が学級委員長らにあると分かった瞬間の、他の四年生たちの動きは凄まじいものだった。それこそ、五六年生が呆然と事の成り行きを見届けてしまったくらいには。
 逃亡を防止する為に文次郎が庵に同行すると、学園長は意外にもすんなりと署名と捺印をしてくれた。妙にそわそわとした態度だったのは、気のせいだっただろうか・・・。

 不足分だった予算が戻った事もあり、今回の予算会議は実に平和に終了する事が出来たのだ。


「潮江先輩。髪が切れてます!」
「ん?」

 予算会議を終えて片付けに明け暮れる会計委員会。不意に左門に注意された文次郎は、己の髷に揺れる髪に意識を持って触れてみる。確かに、一部が短くなっているような気がした。曖昧な記憶だが、ならず者に髷を掴まれていた事を思い出す。あの時に引っ掛けたのかもしれない。
 彼らの中では一際容姿に拘る三木ヱ門が、毛先の乱れた髪を見て言う。

「流石にこれは整えた方がいいですね。それとも、ばっさり切ってしまいますか?」
「・・・いや、整えるだけでいいさ。」
「そう言えば、潮江先輩は髪を切らないのですか?鍛錬の邪魔になりそうなのですが・・・」

 不躾に訊ねて来る左門をとっさに三木ヱ門が注意する。が、文次郎は気にも止めていない様子で「確かにな」と苦笑して返した。自分だって、これ程に髪を伸ばす時が来るとは思っていなかった。左門の言うように鍛錬には邪魔になるし、結わえても首の後ろに髪がある長さになった時にはかなり困惑したものだ。
 本当なら、ばっさり切ってしまった方がいいのかもしれない。だが、思い切るには至れなかった。微かな望みであったが、もう少しだけ・・・。せめて、五年生である内は・・・伸ばしていたいと思う自分がいるのだ。

「予算会議も終わった事だし、次の休みにはまた甘味処に行くか。前はお前たちの好意を無駄にしてしまったからな、今度は俺が奢ってやる。」
「ほ、本当ですか!」
「有難う御座います!」

 後にその事を嗅ぎつけた五年生が乱入して来るのだが、文次郎はそれを蹴散らして何とか会計委員会のみで外出する事に成功した。嬉しそうに団子を頬張る左門たちを見て、たまにはこういうのも良いのかもしれないと、これまでの委員会活動を少しは改めようかと考える文次郎。けれど、彼は知らない。

 学園に入学してきた悪筆で有名な生徒が会計委員会に入って来た事により、会計委員会は再び帳簿との計算地獄に陥いる事を。そんな事はお構いなしに、委員長代理から委員長に登り詰めた各委員長の同輩たちが、あの手この手で予算を手に入れようと奔走する事を。自費を払ってしまった学園長が全く懲りておらず、今度は新しく併設した学級委員長委員会の予算として茶菓代を狙っている事を。
 ――その他、諸々のアクシデントが後の予算会議で巻き起こる事を、『地獄の会計委員会』が思い知る事になるのは、それから一年後の事である。

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