仙蔵たちが会計室から去って、文次郎は改めて溜息を吐く。今は委員会活動時間ではないので、この場にいる会計委員は自分だけだ。
 五年生となった時に同時に課せられた、「会計委員長代理」という重席。会計委員会の先輩が卒業してしまった事で、改めてその重さを知る。

 嘗ての先輩たちは、己の力を活かして予算を守り通した。
 初代はその志、二代目は武力、三代目は変装術で逃げ果せ、四代目は己の立ち振る舞いを器用に使ってみせたのだ。文次郎は、自身にそんな力はないと自負している。武力で立ち向かう事も、逃げ果せる事も、優秀な同輩たちや先輩たちの前では無力に等しいだろう。

 だから、志だけは守らなくてはならない。
 自分が最も憧れた初代のように、志を以て予算を守らなくてはならないのだ。

 例え、その先に・・・彼らとの決別が待っていようとも。




 文次郎と分かれて、仙蔵たちは再び集結していた。議題は勿論、イカれた行動に出ている会計委員長代理をどうするか、である。

「――・・・今の文次郎に、恐らく我々の言葉は届かない。」
「何で?」
「全て・・・、予算会議への妨害だと取られかねないからだ。」
「確かに・・・。」

 五年ろ組の中在家 長次の言葉に納得する伊作だったが、留三郎はどうにも納得出来ないようだ。常々「犬猿の仲」と呼ばれる彼と文次郎。一方的な態度は気に入らないのだろう。

「だからって、あの態度はねーだろ。学園の生徒である以上、委員会の恩恵に預からないなんて無理な話だ。」
「そもそも、初代を真似ているからと言って予算会議が円滑に終わるとは思えん。アイツは何を考えているんだ!」
「験担ぎ、とか?」
「そんな事するかぁ、アイツが。」

 呆れるように言う留三郎だったが、仙蔵は不意に思い出す。五年生になった新学期の初日、文次郎が袋鑓を掲げて日の出に祈っていた光景を。文次郎はあぁ見えて信心深い。神や仏を盲信しているのではなく、心を込めて祈る事を知っている。心の拠り所が己の中にある仙蔵には、縁遠い話ではあった。

「(・・・そもそも、彼奴はどうしてそこまでして予算を守ろうとする。)」

 文次郎が下級生の頃。会計委員会の先輩に異様に懐いていたのは皆が知っている。『地獄の会計委員会』に所属する生徒はどうにも同学年との繋がりが薄い生徒が多かったらしく、その分が初代組最年少だった文次郎に集まっているのかもしれない。だが、それだけの理由で、文次郎が自分たちと対立してまで、予算を守ろうとするのだろうか。

「・・・『地獄の会計委員会』には、まだ何かあるのかもしれないな・・・。」

 仙蔵は、それも安藤に問い質そうとした。だが、上手く言いくるめられて問いかけることすら出来なかったのだ。言葉にする事も出来なかった。恐らくは、隣にいた三木ヱ門の存在もあったからだろう。「何かある」という事さえ、教師陣は隠しておきたいのだ。
 だからと言って、此方がこのまま大人しく引き下がってやる気は更々にないのだが。




 元生徒だとしても、今の卒業生は忍術学園にとって外部者である。その為、卒業生は生徒と他愛もない昔話に花を咲かせる以外は極めて控えめに行動していた。生徒たちは失念しているかもしれないが、彼は城勤めのプロ忍で、ここにいるのは仕事の為なのだ。
 上司との定期連絡を終えて、学園へと戻って来る。今日の生徒たちは嫌にざわついているな、と思った矢先の事である。

「・・・浜・・・?」

 不意に目の端にかかった人影に、嘗ての後輩の姿が被った。咄嗟の事で、肩を掴んでしまう。

「ぇ、あの・・・何か・・・?」

 纏う衣は記憶が正しければ五年生のものだ。その生徒が振り向くと同時に、髷の長い髪が揺れる。その動作に面影がぶれた。そうだ、ここに彼がいる筈がない。彼は四年前に卒業している筈だ。

「・・・ぃや、済まない。仲違いしたままの知人とよく似ていてね、声をかけてしまった・・・。」
「いえ、お気になさらず。・・・もしかして、学園に滞在していらっしゃるという卒業生ですか?」
「あぁ・・・。」

 頷くと、生徒は気を悪くした様子もなくペコリとお辞儀をする。疲れの酷い顔をしていたが、礼儀正しい性格のようだ。

「はじめまして。潮江 文次郎といいます。五年い組の会計委員です。」

 会計委員。という言葉に、心臓が跳ねた気がした。




「甘味処に行きましょう!」

 その日の委員会終わり。そう言い出した三木ヱ門に、文次郎は目を丸くしてしまった。

「おい、三木ヱ門・・・?」
「最近、潮江先輩は疲れておいでです!休息を取りましょう!」
「・・・休息するのはいいけど、何で出掛ける必要があるんだ。」
「学園内だと、先輩の言うように他の委員会から妨害されるかもしれないからです!」
「・・・・・・。まぁ、いいけどな。」
「先輩!私も行きたいです!」
「あー、分かった分かった。会計委員会で行けばいいんだろ?」

 これぞ、五年生が考えた『他委員会がダメなら会計委員会で文次郎を何とかしよう』作戦である。文次郎が他の委員会に過剰に反応するというのならば、同じ会計委員会側から手を回せばいいだけの事なのだ。

 その様子を天井裏から覗き見している仙蔵たち。文次郎に気付かれれば怒りは有頂天に到達するであろうが、現に気付く事の出来ない文次郎は相当に参っている筈なのだから仕方ない、とは仙蔵の論である。

「やはり、日々の疲れと徹夜続きで満足な思考が働いていないな。」
「その状態で甘味処って大丈夫なの?倒れたりしない?普段から気張ってるのに・・・。」
「我々が何を言おうと何をしようと、今の奴には予算会議の妨害行為にしか取られないのだ。ならば、自主的に活動させてさっさと倒れてしまえばいい!」
「仙蔵、やけに気合入ってるな。」
「・・・今の奴の、目が気に入らん。」
「・・・・・・というと・・・・・・?」
「目に見えるもの、全てを敵視している目だ。文次郎の分際で、この私を敵視しようとは百年早いという事を思い知らせてくれる!」

 言葉はアレだが、要約すると彼の心情が見えて来る。文次郎に敵視された事にショックを隠せていないのだ。
 帳簿が片付けられない事、予算会議が近付いている事、満足できる成果が出せない事。それらが組み合わさって、彼をあんな風にさせてしまっているのだとしたら。ひと時でも、その事を忘れさせる事が出来たのなら。

 情けない話ではあるが、今の仙蔵たちに出来る事はそれくらいしかなかったのである。

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