「文次郎!貴様、その態度はどういうつもりだ!」
「別に・・・、何でもねぇよ。」

「テメェ、何をそんなにカリカリしてんだよ!その空気が鬱陶しいっての分かってねぇのか。」
「うっせぇ、ヘタレ!」

「・・・文次郎。機嫌が悪いのは仕方ないけど、せめて治療させて」
「そうやって予算会議でおべっか使う気か、お前。」

 文次郎の様子が一変したという噂は、瞬く間に学園中に広まった。否、実際に一変しているのだから噂ではなく、事実だ。
 普段から威圧感を放つ風貌に見合うだけの怒気が常に彼を取り巻いて、下級生はおろか上級生ですら近付くのを戸惑ってしまう。眉間の皺と二割増しの隈は健在、更に座った目。不機嫌という言葉だけでは済まされない。文次郎を見た五年生たちは口々に彼が変わってしまったと言う。まるで、親の敵でも見るかのような視線で見て来る事に耐えられないのだ。

 下級生受けしないというだけの事で、文次郎は決して「下級生が嫌いな上級生」ではない筈だ。委員会にもなれば、後輩の田村 三木ヱ門や神崎 左門を指導したりして随分と慕われているらしい。彼自身も自分を慕う後輩を無下にしたりはせず、よく面倒を見ていたという。
 けれど、そんな後輩たちすら文次郎には近寄り難くなってしまった。嘗てのように怒鳴り散らすような事もせず、寡黙に徹する彼の周りを怒気が渦巻いていたのだ。

 同級生も後輩たちも、誰もが突然の変わりように戸惑うしかなかった。




「「ごめんなさいっ!」」

 文次郎がいない五年生の面々の前で、深々と頭を下げる八左ヱ門と兵助。だがあまりにも唐突な行動に、事態を把握しきれていない仙蔵たちは困惑するしかない。

「・・・とりあえず、落ち着け。」
「そうだよ、いきなりそんな頭を下げられても意味が分からないし。」
「いや、だって!俺が変なスイッチを押しちまったみたいで!潮江先輩があんな事に!」
「俺も同罪です。八左ヱ門を止められなかったばかりにこんな事に!」
「・・・文次郎が“あぁ”なった原因を知っているのか?」

 文次郎が変わってしまった事により、仙蔵もまた機嫌が悪い状態が続いている。事ある毎に仙蔵の「玩具」にされていた兵助たちではあったが、今回ばかりは彼のお怒りを被ってもあの出来事を話さなければならないと、既に二人は覚悟を決めていた。
 数日前にあった出来事を、ありのままに告げる。話を聞いた仙蔵たちは、一様に顔をしかめるばかりだった。

「何を言われたか知らんが、そんな言葉で態度を変えるとは情けない!」
「で、文次郎は何て言われてたんだい?」
「それが・・・“初代組の傀儡”って・・・・・・」
「しょだいぐみ、の、くぐつ・・・?」

 聞き慣れない単語に、五年生は一様にして首を傾げる。

「それを聞いた途端、潮江先輩の顔色が変わって・・・」
「反発したって事か?」
「いぇ、「それ、いいな」って肯定しちゃって・・・。」
「・・・それが原因か。」

 時期を考えても、原因はそれしかないと断定するしかない。
 だが、彼らはもっと根本的な事が分かっていない事実に辿り着いた。

「初代組とは何なのでしょう?」
「「・・・・・・。」」
「「――。」」

 素朴とも言える兵助の疑問。
 仙蔵たちは少しの沈黙の後。お互いに視線を合わせ、最終的な結論を小平太が口にする。

「何だろう?」
「先輩達も知らないんですか?」
「少なくとも、五年生の間で使っている言葉ではないな。」
「という事は委員会で使っている言葉かもな。」


 兎にも角にも、いつまでも文次郎が“あのまま”では忍びないというのが他の仙蔵たちの結論である。伊作に至っては、「予算会議前だから」と他の委員会の世話になる事を嫌がる彼に憤りすら感じているのだ。彼らは早速行動に出る。
 四年生の二人を帰らせて、五年生らは一先ず会計委員の下級生の元へと向かう。代表として向かったのは仙蔵だ。原因を最も知りたいのは彼であったし、伊作と長次は自身の委員会活動がある。留三郎は用具委員長に確かめに行き、小平太はそれに同行する事になったのだ。


 結論から言えば、下級生から満足な情報を得る事は出来なかった。しかし、三木ヱ門は証言する。数日前に教師陣が会計委員会についての会話で「初代組」という言葉を使っていたという事を。仙蔵は三木ヱ門を連れて、会計委員会の顧問教師・安藤夏之丞先生のいる職員室へと向かった。




「初代組について、ですか。君たちからその呼び名を聞くとは思いませんでしたよ。」
「我々が知っているのは、その呼び名だけです。お聞かせ願えますか。初代組とは何を刺す言葉なのか。」
「大したものではありませんよ。歴代の会計委員長の事ですからな。」
「歴代?」

 歴代、という言葉に仙蔵は首を傾げた。会計委員会は各委員会の中でも、古株と言われるくらいには長い歴史を持つ委員会だと把握しているからだ。
 それを悟ってか、安藤は苦笑しながらに続ける。

「そこまで遡りませんよ。今でこそ会計委員会の代名詞でもある『地獄の会計委員会』。あれは五年前、一人の生徒が作り上げたものです。彼の志を継いだ会計委員たちは会計委員長として『地獄の会計委員会』を継続した。初代組は、教師陣の中で彼らをそう呼んでいるに過ぎません。――けれど、今頃になって何故その事を?」

 問い返す安藤。これからが本題だった。初代組の傀儡。文次郎がそう呼ばれているらしい、と仙蔵が告げた途端。安藤は眉を顰めた。

「傀儡・・・?それを何処で・・・?」
「六年生がそう言っていたそうです。」

 納得したかのように「成程・・・」と安藤は呟く。その様子にいてもたってもいられなくなった三木ヱ門が、つい感情のままに問いかけてしまう。

「先生方の間でも、潮江先輩はそう呼ばれているのですか!?」
「いいえ。ですが、察しは付きますよ。六年生の目から見れば、そう見えていても可笑しくはない。」
「あの、それはどういう・・・。」
「潮江君は一年生の頃、生物委員会から会計委員会に強制移籍されました。立花君は覚えがあるのでは?」
「はい。」

 頷く仙蔵を見届けた後、安藤は再び話し出した。
 文次郎を引き抜いた会計委員長こそが、初代と言われる『地獄の会計委員会』の創設者である事。文次郎は初代組にとても可愛がられ、文次郎もまた初代組を尊敬していた事。
 特に初代の会計委員長・浜 仁ノ助に対しては彼の正心を引き継ぎ、外見も瓜二つだという事。

「潮江君以外の初代組と呼ばれる生徒は、昨年で全て卒業しました。その事で彼が背負い込んでいるという事は教師陣も承知しています。ですが、こればかりは当人が気付き、解決しなければならない事でしょうね。」
「・・・そうですか。お話有難う御座います。」

 一礼した後、仙蔵はそそくさと部屋を出る。三木ヱ門は安藤に止められた為、そのまま職員室に残った。

「立ち聞きしていた甲斐はありましたかな?」
「・・・っ、」

 ぎくり、と三木ヱ門の肩が跳ねる。流石に、三年生が教師の話を立ち聞きするのには無理があったようだ。けれど、安藤は立ち聞きしていた事を咎める事はなかった。寧ろ、敢えて聞かせていたような気もしないでもない。

「しかし、君も初代組を知らなかったとは。」
「・・・潮江先輩は、何も・・・・・・」
「ふむ。まぁ、君が一年生の頃は・・・会計委員長は三代目でしたからな。彼から、初代を想像するのは難しい。」

 三代目。そう言われて、三木ヱ門は嘗ての会計委員長を思い出す。彼は言っていた。「『地獄の会計委員会』を立ち上げた人の想いを無下にしたくないから、会計委員会を守っている」と。

「潮江先輩は・・・ぃえ、初代組は、『地獄の会計委員会』を立ち上げた初代をとても尊敬しておられたのですね。」
「えぇ。初代の存在は、潮江君の中でも大きいものでしょう。彼がいなければ、潮江君が今こうして五年生である事も・・・ぃえ、立花君たちの傍にいる事もなかったでしょうからな。」

 文次郎のいる学年は、仙蔵を筆頭に優秀な生徒が多い事で有名だ。その中で文次郎という生徒の存在は、頭一つ抜きんでいる所か引っ込んでいる状態だったと言っても過言ではない。そんな彼が、他の優秀な生徒たちの傍に埋もれずにいられるのは、彼が努力を惜しまなかった結果を言えるだろう。
 その努力の切欠になったのが、浜 仁ノ助が彼に与えた『正心』だった。仁ノ助は文次郎が始めて、技術でも力量でもなく、心に憧れた存在だったのだ。己の正心を保つ事で、文次郎は他者に対して僻みを持つ事もなく、上級生になる事が出来た。

 そうでなければ、潮江 文次郎という生徒はとうの昔に他の生徒たちのように僻み、歪み、早い段階で忍術学園から居なくなっていた事だろう。




 仙蔵が安藤から聞いた話を皆に告げると、「やっぱりそうか・・・」と頭を掻きながら留三郎が呟く。
 留三郎は己の所属する用具委員会の委員長に、文次郎と初代組についてを尋ねに行っていたのだ。

「・・・用具委員長は何と?」
「文次郎に直接言った訳じゃないが、そう揶揄したとは認めた。」

 やたらと初代組に懐いていた文次郎と、そんな文次郎を溺愛していたらしい初代組。特に初代と文次郎は血縁関係があるかのように瓜二つで、初代は初代組の中でも絶対的な存在だったらしい。
 対象者を意のままに操る術『傀儡の術』に肖って、『初代組の傀儡』。文次郎は初代組の体の良い玩具だったのではないか、という悪口雑言だった。

『俺等の間じゃ有名な話だったけどな。初代組が、潮江 文次郎を浜 仁ノ助のように作り替えてるんじゃないかっていうのは。』
『っ、・・・!』
『まぁ、それは言い過ぎにしても・・・。実際、アイツは初代組にべったりだったしな。浜先輩とよく対立してた用具(うち)の委員長が言ってたぞ?会計委員会はイカレた連中ばかりだってな。』

 今の六年生が一年生だった頃。当時五年生だった浜 仁ノ助が立ち上げた『地獄の会計委員会』。入学したばかりの一年生たちから見れば、それは恐怖の対象でしかなかった。
 『地獄の会計委員会』設立初年。それは会計委員会と他の委員会が最も対立した頃であり、仁ノ助は特にその威圧感から六年生にすら「鬼」と呼ばれた人物だった。全ての生徒と対立しても構わないという意志が、彼を鬼にさせていたのである。

 会計委員会と関われば、それは必然的に他の委員会との対立を意味していた。だからこそ、少なくとも仁ノ助が会計委員長である内は一年生や二年生が会計委員会に入るとは思っていなかったのだ。だが、仁ノ助は強引に引き抜く形で文次郎を会計委員会に入れた。

 文次郎たちの世代と一つ違いの学年である彼らは、よくある苛められっ子と苛めっ子の関係。その間で、『初代組の傀儡』という陰口が出現するのは必然とも言えるのである。




 原因を突き詰めた仙蔵たちは、文次郎の元へと向かう。「初代組」が今の彼を溶かす鍵になるかもしれないと考えたからだ。
 けれど、彼らが「初代組」の事を知ったと聞かされても、文次郎は態度を改めようとはしない。寧ろ、今まで知らなかった事に呆れるような視線さえ彼らに向けて見せたのだ。

「そうだな。俺は『地獄の会計委員会』の初代委員長を真似ている。で、それがお前たちに何の関係がある。」
「な、」
「関係ないだろう。俺がいつ何処で何をしていようと。」
「文次郎、貴様っ」
「それとも何か、寄って集って俺を陥落させれば予算が手に入るとでも思ってんのか?」

 実に淡々とした様子で、今日は彼らに目もくれずに帳簿の作業に戻ろうとする。その態度に耐え切れなくなり、留三郎が掴み掛って叫ぶ。

「てめっ、いつまでトチ狂っていやがる!そこまで予算が大事かよ!」
「当たり前だろう。予算を守る。『地獄の会計委員会』はその為にあるんだ。」

 いつもの文次郎ならば、彼の言葉に反発してお決まりの喧嘩に発展していたであろう。けれど、文次郎は即答してみせる。留三郎の熱気溢れる言葉と対照的なそれは、まるで冬の海の水のように冷たいものに感じられた。

「予算を守れない会計委員会に意味などない。」
「いい加減にしろ!会計委員会として予算を守るのはいい!だが、敵意を我々にまで剥き出して何になるというのだ!」
「敵意も何も、敵だろう。お前達は。」
「何だと・・・?!」
「会計委員会は、屈してはならない。相手が誰であろうと、この姿勢は揺るがない。」

 聞く耳を持たない。とはこの事だろうか。文次郎の言葉は一貫して「予算を守る」に固定されていた。まるで、それ以外を何も見ていないかのようだ。
 いつの間にか、文次郎との間に途方もない隔たりが出来てしまったかのように錯覚した。

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