学園長の庵では、話題の卒業生と学園長が対談している最中だった。来客用にど出されたお茶もお菓子も上物で、相変わらず学園長はお菓子を選ぶセンスは良いという事が伺える。

「・・・それでは、数日ほど滞在させて頂きます。お手数をおかけします。」
「そう改まるな。此方としても、卒業生の顔を見れて嬉しいというものじゃ。生徒たちにもいい刺激になると思うしのぉ。」
「有難う御座います。」
「まぁ、これも身から出た錆と言えなくもない。お主の居る城が友好的で助かったわい。」
「いえ、此方としても、学園と事を構える気はありませんので。」

 学園を訪れる事になり、卒業生が感じていたのは懐かしさだった。卒業して以来、来る事はなかったのだが。目に見える風景は嘗てのそれと変わらない気がしてならない。

「・・・ここは変わりませんね。何もかもが昔のままだ。」
「お前の言う昔など、ワシにしてみれば瞬きにも近いがのぉ。それに、全く変わっていない訳でもない。」
「そうなのですか?」
「自分で確かめてみるが良かろう、ふぉっふぉっ。可愛い後輩たちにもみくちゃとされるが良いわ!」

 お茶菓子として出された羊羹に舌鼓を打ちながら、相変わらずのタヌキ顔で笑う学園長。実際、卒業生はその通りになった。
 庵を離れ、客人として宛てがわれた部屋に向かう道中。彼は、生徒たちに包囲されてしまったのだから。

「貴方が学園の卒業生ですか!」
「どんなお城に就職したのですか?!」
「お給料は高いですか?!」

 懐かしい、と思う。この無邪気に疑問を投げかけていた時代が、確かに自分にもあったのだ。
 が、これ程の勢いに一つ一つ答えていくのは大変だ。正直、苦笑を隠せなかった。

「学園にいた時、委員会には入ってましたか?」
「あぁ、入っていたよ。火薬委員会だ。」
「火薬委員会?! 久々知先輩、火薬委員会だそうですよ!」

 一年生の問いかけに答えると、不意に彼が別の生徒に呼びかけた。制服の色からすると、四年生なのだろう。四角い目に、やたら長い睫毛が特徴的だ。彼は緊張した面持ちで卒業生に問いかける。

「は、はじめまして!四年の久々知 兵助と申します!火薬委員会の委員長代理の代理をやってます!」
「はじめまして。四年生で委員会の代表なのか。」
「今年は、火薬委員会には五年生も六年生もいないので・・・。それで、火薬委員会の大先輩とも言える方にご助言を賜りたく!」
「そんな改まらなくてもいいさ。大先輩と言ったって、そんなに歳が離れている訳でもないんだ。」
「で、では!予算会議の事をお聞きしても宜しいでしょうか!」
「え、予算会議・・・?」
「え、って・・・まさか先輩の時には無かったのですか?予算会議。」
「いや、あるにはあったが・・・。あまり参考にはならないと思うな。」

 寧ろ、参考にされたら大変な事になる。と、卒業生は記憶の中でも最も印象深い予算会議を思い出す。但し、それは良い印象ではなく悪い印象である。あんな事は、二度と繰り返してはならない。と、彼は何度心の中で思った事だろう。

「じゃあ、先輩が忍たまだった頃の予算会議は普通だったんですか?」
「合戦とか無かったんですか?」
「鬼ごっことか、しなかったんですか?」
「・・・あぁ、そういうのはやらなかったね。」

 自分が卒業してから、予算会議で何があったのだろう。と、卒業生は不安になってしまった。聞けば武器を取り合っての合戦だの、会計委員長を追い回す鬼ごっこだの。とても予算会議とは呼べないようなイベントばかりが起こっている気がしてならない。

「コチラが予算案を出せば、大抵の予算は通ったものだ。」
「そうなんですか。羨ましいなぁ。今年の会計委員長は、目が血走ってて鐚一文出す気がないみたいな雰囲気で・・・」

 羨ましい、という言葉を口にした兵助だったが。卒業生は今でこそ、そうは思えない。学園を出て分かった事だったが、確かに嘗ての委員会では予算の使われ方が異常だった。あんな予算の使われ方をしていたら、今頃学園は無くなっていたかもしれないのだ。

「まぁ、私が委員長を務めた頃の予算は本当に鐚一文も出なかったんだけどね。」
「え、そうなんですか?!」
「当時の会計委員長は、俺の一つ下の後輩だったけどね。」
「「先輩の後輩の先輩に手も足も出ずにボロ負けしたって事ですか?!」」

 ややこしい上に貶されたような発言をする。これだから子供は怖いのだ、と卒業生は苦笑を隠せずにはいられない。今日一日は、彼らの相手をするだけで手一杯になってしまいそうだった。




 三年ろ組の会計委員・田村 三木ヱ門の気は沈みかけていた。学園中の話題、卒業生についても彼の気持ちを高揚させるまでには至らない。というのも、彼の所属する会計委員会では予算会議を前に未だに帳簿が纏まらないという問題に遭遇してしまっているからである。厳格な会計委員長代理はその事に頭を悩ませていた。三木ヱ門も彼の手助けを出来る限りしたのだが、それでも解決にはなっていない。

 そんな事を考えていたからだろうか。学園の敷地内を歩いていた三木ヱ門の言葉に、ストンとこんな言葉が入って来る。

「・・・『地獄の会計委員会』も、これで六年が経ったという訳ですか。」
「早かったような、長かったような。・・・というより、よくもここまで継続できたものです・・・。」

「(・・・え・・・?)」

 予想だにしない会話だった。話しているのは、声質から恐らくは教師陣だろう。無駄だと分かっていても、三木エ門は物陰に隠れて彼らの会話を聞く事にした。

「最初の頃はどうなるものかと、安藤先生もよく許可をされましたね・・・。」
「委員会活動は基本的に生徒が行うものです。それに、当時の彼の勢いは凄まじかった。」
「そうですね。説得して引き下がるような生徒ではないでしょう・・・。」
「結果論ですが、彼が『地獄の会計委員会』を作った事は決して悪い事ではなかったと言えます。初代組の意思を継いだ潮江君もよくやってくれていますよ。」
「・・・その潮江君ですが、大丈夫なのでしょうか。初代組が居なくなってしまった事で、背負い込んでしまっているように見えますが。」
「確かに・・・。六年生とも対立したままらしいですからな。」
「大変な事に成らなければ良いのですが・・・・・・。」

「(先生達・・・、何を・・・潮江先輩がどうなるって・・・?)」

 不安を煽るような教師陣の会話に、三木ヱ門は戸惑う事しか出来なかった。




「・・・結局、潮江先輩の攻略方法は分からず終いか。」

 重い溜息と共に、トボトボと四年長屋への帰り道を歩く兵助。委員会終わりに運良く話題の卒業生と接触する事に成功し、あわよくば予算会議における会計委員会の攻略法を聞こうと思っていた彼だったが。その望みは儚く消えてしまった。

「よぉ!兵助!何だよ、随分と暗いな!」
「・・・八左ヱ門。」

 そんな彼に声をかけたのは、同じ学年の違う組所属・生物委員の竹谷 八左ヱ門である。彼の所属する生物委員会には六年生がいたなぁ、と兵助は理不尽な怒りを抱えずにはいられない。というか、四年生が委員会代表というのが可笑しな話なのである。前年の作法委員会こそが異常だったのだ。だから、五年生か六年生を火薬委員会に配属して欲しい!と、兵助は何度思った事だろうか。

「八左ヱ門はいいよな、六年生が生物委員会にいるんだから。」
「何だよ、またその事で落ち込んでたのか?」
「いや、お前も来年になったら分かるって!六年生のいない委員会がどんなに大変か!あー、せめて予算会議の時だけでも誰か応援に来てくれればなぁ。」
「おほー。そーいや、もう直ぐ予算会議だっけな。」

 まるで今までずっと念頭になかった、と言わんばかりの発言に、兵助はキッと八左ヱ門を睨みつけた。そんな彼の心情を悟ってか、八左ヱ門は慌てて「忘れてた訳じゃなくて!」と断りを入れる。

「ウチの委員長、予算会議の話をすると目に見えて機嫌が悪くなるからさ。」
「生物委員長が?」
「だから、委員会中はあんまりその話題しないようにしてんだ。予算案も俺が届けろって頼まれたし。」

 生物委員長はそんな人物だっただろうか、と兵助はぼんやりと彼の印象像を思い出す。然程、面識があるとは言い難いのだが、それでも誰か何かに形振り構わず「嫌悪」をぶつけるような先輩ではなかったと把握している。

「どうにも、委員長。潮江先輩の事が苦手みたいでさ。」
「苦手?委員長からしてみれば後輩だろう?」
「直に聞いた訳じゃないから、何とも言えないんだけどさ。」

 八左ヱ門は、脳裏に嘗て生物委員長が用具委員長と何かを話していたのを思い出す。聞こうと思って聞いていた訳ではないので、話の全容は分からない。だが、とある言葉が八左ヱ門の耳に残っているのである。

「しょだいぐみ、って・・・何なんだろうな。」
「え?」

「初代組がどうかしたのか?」

「「ほげげっ!?」」

 二人の背後には、いつの間にか文次郎の姿があった。最近の彼が不機嫌であるという事は、既に学園内でも有名だ。二割増しの隈と眉間に皺を寄せたままに睨むような視線は、五年生ながら六年生にも負けない威圧感を放っている。

「し、潮江先輩?!」
「悪いな、何か初代組がどーのって聞こえたから、つい、な。てか、お前達って初代組の事知ってたのか?」
「い、いえ・・・!俺は知りませんけど・・・!」
「前に、ウチの委員長と用具委員長が話しているのを聞いたもので。」
「先輩たちが・・・?何か言ってたのか?」
「いや、それは・・・」

 正直、素直に打ち明けて良いものかと悩む。それは、決して褒め言葉ではないと分かっていたからだ。
 予算会議も近いというのに、こんな所で機嫌を損ねられては大変だ。けれど、八左ヱ門は文次郎の真剣な目から逃れる方法が、答える以外に見つけられなかった。

「聞いたって言っても、断片的なんですけど・・・。・・・先輩達。潮江先輩の事、――――――だって・・・・・・」

 告げられた八左ヱ門の言葉に、文次郎の目が見開かれた。

「おい!八左ヱ門!それって!」
「すみません!いや、マジで聞き間違いかもしれないし!先輩達がそんな事言う筈ないですよね!や、もう忘れて下さい!すっぱりと!」

 我に返ったのか、咄嗟に頭を下げる八左ヱ門。文次郎が来る前に聞き出しておけば良かったと、兵助は今更ながらに後悔した。八左ヱ門が何を言わんとしているのかも分からなかったので、興味がそちらに向いてしまったのだ。
 知っていれば、むざむざと告げさせたりはしなかった。

「・・・そうか。先輩達が、そう言っていたのか・・・。いいな、それ。」
「「え?」」

 八左ヱ門の言葉に、文次郎は憤慨する。そう思っていた二人は、文次郎がその言葉に頷いて見せたことにとても驚いた。ここで彼を怒らせれば、後の予算会議にも後引く可能性があったので、二人は拍子抜けしてしまう。

 だが文次郎と別れた途端に、とんでもない事をしてしまったのではないかという後悔が、二人を苛む事になった。




 体育委員会の活動内容は、本日もまた山を登ったり降りたり登ったり降りたりの繰り返しだ。道中で二年ろ組の次屋 三之助が迷子という名の行方不明になり、その捜索にも山を登ったり降りたりしたのは、最早お約束である。「無自覚な方向音痴」と呼ばれる三之助は、「決断力のある方向音痴」の同級・神崎 左門と同じくよく迷子になり易い。無自覚な為に、見つけても「どこいってたんですか?」と訊ねて来るから溜息しか出ないのだ。

 そんな三之助も無事に発見し、彼らが学園に戻って来た時の事。
 夕食前に井戸水で汗を長そうと彼らが井戸へ向かうと、そこには先客がいたのである。五年ろ組の体育委員長代理・七松 小平太には、遠目でもそれが誰か把握できた。同級の潮江 文次郎である。彼とはよく鍛錬をする仲だったので、彼も汗を流しているのだろうと一人で納得して、小平太は何気なく文次郎に声をかけた。

「おぉ!文次郎!お前も、鍛錬終わりか?!」
「・・・小平太か。・・・ぁあ、お前は委員会帰りか。」

 違う。
 言葉を交わした瞬間。小平太はそう思った。何がどう違うのかは分からないが、明らかに「違う」と思う何かがそこにはあった。
 そんな文次郎の様子を悟ってか、小平太の豹変を恐れてか、体育委員の下級生たちは呆然と彼らを見ているしかない。

「おぃ、文次郎。お前・・・」
「何だよ、急にどうした。」
「どうかしてるのはお前だ・・・。何があった、お前、それは・・・!」

 文次郎の表情は伺えない。小平太が近付いた頃には顔を洗っていて、今は手拭いで顔を吹いているからだ。
 目の前の男は「潮江文次郎」である筈なのに、「違う」と小平太の本能が告げている。得体の知れない何かに見えて仕方がない。

「・・・あぁ、そうだ。体育委員会の予算案、まだ提出されていないだろう。――さっさと提出しろ。」
「「「っ」」」

 最後のセリフに絶句したのは下級生たちだったが、心境としては小平太も同じだった。手拭いが離れて見えるようになった文次郎の顔。その厳つい視線は、怒気というよりも殺気に近いものがあった。

「ぁ、ぁあ・・・済まん。今夜でいいか。」
「早く持って来い。期限を過ぎた予算案は受け付けないからな。」

 変わったのは小平太ではなく、文次郎だった。彼は最後にそう告げた後、周囲の下級生には目もくれない様子で井戸から離れて行った。文次郎の姿が見えなくなった事で、漸く下級生たちは張り詰めていた息を吐く。

「な、何ですか、今の・・・!潮江先輩ですか・・・?!」
「めっちゃ、不機嫌でしたね・・・。」
「こっ、怖かった・・・!」

 思い思いの言葉を口にする、体育委員会の下級生たち。普段から文次郎が下級生受けし難い先輩だという事は、小平太も分かっている。けれど、分かった上でも言わせて貰おう。あれは、異常だ。

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