今年の予算会議は、各委員会の代表のみを相手にするらしい。という訳で、伊作は委員長なき保健室を任されていた。最上級生でありながら、学園一の問題児と知られる双子の会計委員長はどうやら人嫌いの毛があるらしい。忍者を目指す者としてそれはどうなのかとも思うが、必要最低限の話し合いで予算が得られるのであれば越した事はない。
 去年や一昨年のように、かくれんぼや合戦騒ぎになれば、保健委員会はお決まりになりつつある不運によって予算が取れない可能性があるからだ。

 個人的にも、伊作はあの双子が正直苦手だった。彼らとはロクな面識もない筈なのに、何故か殺意やら嫌悪やらの視線を向けて来る。何が気に食わないのかを訊ねても、それが満足に答えられた事はない。子供のように睨まれては、子供のように悪戯をされ、子供のように舌を出して来る。彼らの間では独自の完成された世界があるから、深く追求するだけ無駄だと言っていたのは、彼らを委員会の先輩に持つ文次郎だった。

「今年こそは、予算が取れるといいんだけどねぇ・・・。」
「・・・去年までは取れなかったのですか?」

 伊作の呟きにそう問いかけたのは、今年入学した一年は組の保健委員・三反田 数馬。素直でちゃんと先輩も立ててくれる彼は、一年生ながらに出来た子だと思っている。・・・影が薄いらしく、偶に伊作もその存在に気付けないのは申し訳なく思うが。

「うーん・・・、予算よりも人命救助を優先してね・・・。まともに交渉できてないんだよ。」
「そうなのですか・・・。でも、予算よりも人命を優先させるのは間違っていないと思います!」
「その結果が、この貧乏予算なんだけどね・・・。」

「保健委員会!」

 保健委員会専用の湯呑でほのぼのとした会話を繰り広げていると、急に保健室の障子がスパン!とけたたましい音を立てて開かれる。急患かと身構えたが、そこに現れたのは至って健康そうな仙蔵である。

「・・・吃驚したぁ。どうしたの、仙蔵。作法委員会委員長代理の代理の君は予算会議に出てたんじゃないのかい・・・?」
「その事でだ。保健委員長は既に他の委員長が追っているのでな。私は外堀から固めようと思う。」
「え?それって・・・」

 嫌な予感がしたかと思えば、何処か遠い所から爆発音だの金属音だの、保健委員長の悲鳴のような声が微かに聞こえて来た。それと同時に、仙蔵は得意武器の焙烙火矢をいつの間にか取り出していて・・・。予感が、確信へと変わる。

「に、逃げるよ!数馬!」
「えぇっ!?」
「保健委員会覚悟!そして、予算を寄越せー!」
「何でこっちに来るのー?!それは会計委員会に使う言葉でしょー!?」




 数多の焙烙火矢を操る仙蔵に追い回される、保健委員会。
 偶然にもその様を目撃してしまった三木ヱ門は、口元が引きつってしまう。

「・・・あの、どうして立花先輩が保健委員会を追い駆けているのでしょうか・・・・・・?」
「あぁ、三木エ門は予算会議にいなかったから知らないか。予算が通ったの、保健委員会だけだからな。」

 今年の予算会議は午前の内に始まり、午後になる前に終了した。文次郎は会計委員長の手伝いとして予算会議に参加していたが、三木ヱ門や左門は「必要以上の人数は邪魔」という会計委員長の言葉によって参加しないままに予算会議が終わってしまったのだ。予算会議が終わったのならば、今日の会計委員会の活動も終了した筈なのだが・・・。何故か三木ヱ門は午後になって文次郎に呼び出され、今こうして会計室に集まっている。

「正確には、保健委員会の予算だけ申請通りの額が許可されて、他の委員会は全てゼロ。どうしても予算が欲しいなら、保健委員長を説得しろって会計委員長が言っちまったからな。」

 保健委員である伊作を追い回しても、作法委員会に予算が入る事はないのだが。こうでもしなければ、仙蔵の気が晴れないのだろう。
 何せ、作法委員会の予算はあの双子に「え、礼儀作法の道具なんていらないでしょ?」の一言で全て削減されてしまったのだから。遠くで聞こえる焙烙火矢の爆音には、普段から溜まっている双子への鬱憤が溜まっているに違いない。

「でも、どうして保健委員会の予算だけ・・・」
「保健委員会の予算は、薬とか機材とか。只でさえ高額になりがちだからな。それを全額通す事で、各委員会の矛先を会計委員会から保健委員会に向けさせたらしい。」

 つまり、保健委員会の予算を通す代わりに、他委員会の囮にしてしまったらしい。流石は学園一の問題児、と三木ヱ門は背筋が凍るような気分になった。やる事が、えげつない。
 いくら高額になりがちだと言っても一委員会の予算と、他の委員会全ての予算の合計では、明らかに後者の方が高額だというのに。

「・・・それで、潮江先輩。私たちは何をしているのでしょうか・・・?」
「ん?書類の製本だな。綴じる頁を間違えるなよ、三木ヱ門。」
「いや、あの、・・・それは分かるのですが・・・。どうして、会計委員会の我々がこんな事を・・・。」
「会計委員長が決めちまったからな。図書委員会には、学園にない本の写本をくれてやるから予算を諦めろって。」
「え゛・・・」
「あの先輩たち、前に任務で侵入した城で見つけた蔵書を読むだけ読んで燃しちまった事があるらしい。それがまた、かなり珍しい内容らしくてな。蔵書を写本してやるって、図書委員長を説得したんだ。」
「でも、写本って・・・!原本がないのに・・・?!」
「あ、三木ヱ門は知らないか。あの二人、一年生の時に図書室の本を全部丸暗記したらし。で、三年生の時にそれを書き写してる。」

 今、さらりと。この先輩はとんでもない事を言わなかっただろうか。

「学園が特例と認めるだけの先輩だからな。只の問題児なら、普通に退学なりなんなりで追い出してる。だが、二人揃うと色々と常識を覆しちまうもんで、こうして未だ学園にいる訳だ。」
「じゃあ、ここにある書類は・・・」
「全部、あの先輩たちが写本したものだ。俺たちはこれを纏めて図書委員会に持ってくだけ。」
「・・・・・・・・・。」
「性格が独特なだけで、あの二人はやれば出来る事の方が多い。俺たちの計算した帳簿だって、最終チェックするのは会計委員長だからな。」

 うっすらと、だが。三木ヱ門はこの厳格な先輩が、どうしてあの問題児と称される最上級生を上目に見ているのかを理解したような気がした。三木ヱ門は彼らを尊敬する気にはとてもなれないが、文次郎が一目置くだけの実力も技術も、確かに彼らは身につけているのだ。・・・性格は、そういうものだと諦めるしかないにしても。

「・・・そういえば、遅いな。左門。」
「そうですね・・・。午後から委員会活動があるって、ちゃんと伝えたんですが・・・。」

 また迷子だろうか。
 あの「決断力のある方向音痴」さえなければ、出来た後輩だとは思うのだが・・・。と、文次郎と三木ヱ門は揃って溜息を付いていた。

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