「ここは何処だーっ!?」
「君も飽きないね・・・。」

 三度(みたび)、迷子。もう、この生徒を一人で歩かせてはいけないのではないだろうか、とも思う。
 この長屋は六年長屋の中でも、かなり学園の校舎から離れた場所にある。好き好んで来れる場所ではないのだが・・・。
 というか、どうして薬を作っている時に限ってやって来るのだろうか。今回の薬はデリケートなもので、作成に使う機材も多く、放置して逃げる事も出来やしない。こんな場面で言い寄られたら、適当に言い繕って追い払うしかないのだ。

「おぉ!これは天日先輩!ここは六年長屋でありますか!」
「名前みたいに略すの止めてくれないかな・・・。確かに、ここは六年長屋だけどさ。また迷ったの?」
「いいえ!私は六年長屋を目指していたのです!」

 これは意外。彼は目的地に到着する事が出来たらしい。
 普段からそれが出来れば迷う事もないだろうに、とは思っても口に出さない。面倒臭いので。

「天日先輩は、会計委員会に委員長がおられる事をご存知でしょうか?」
「・・・まぁ、会計委員長は知ってるけど。」
「私は、一言物申しに来たのです!」
「物申す?一年生が、六年生に?」
「そうです!是非に、会計委員長には予算会議に出て頂きたいのです!」
「・・・あぁ、そう言えばもう直ぐ予算会議だっけ。」
「ご存知でしたか!」
「六年も学園にいるもの。去年は会計委員長と各委員会の鬼ごっこ、一昨年は合戦だったね。」
「過激ですな!」
「一昨年の会計委員長がそう決めたからね。で、何で君は会計委員長に予算会議に出て欲しいの?君の所属する委員会は、会計委員長がいない方が楽なんじゃないの?」
「いえ、私は会計委員なのです!」

 その発言に、言葉を失った。

「・・・ぁ、そう。」
「会計委員長が予算会議にも出られないとなると、多くの予算が奪われてしまうと、潮江先輩は大変困っておいでです!」
「まぁ、・・・五六年生を相手に四年生と下級生だけじゃちょっと大変だね。」
「ちょっと、ではありません!かなり、大変なのです!」
「そうかな?」
「そうです!私は、潮江先輩より会計委員会の重要性を聞きました!予算会議で、会計委員会は何者にも屈してはならないという事も!我々の行動が、ゆくゆくは学園を守る事にも繋がるのだと!」
「・・・・・・・・・。」
「私は、今年の会計委員長が許せません!そんな名誉ある委員会活動を放棄しているのですから!ですから、一言物申して、予算会議には出て頂きたいと思っているのです!」
「・・・・・・その、物申すってやつさ。君の言う“潮江先輩”に言われてやろうと思ったの?」
「いいえ!潮江先輩はそんな事を言いません。私たち後輩に迷惑はかけられないと、いつも気遣って貰っています。ですから、私の独断でここまで来ました!」
「・・・ふぅん。」

 六年生は、左門の話を聞きつつも薬の制作作業を止めていなかったのだが、不意にその手が止まる。そして、てきぱきと縁側に散らばる機材を片付け始めた。

「・・・天日先輩?」
「ちょっと待ってて。」

 縁側の機材を、すぐ近くの長屋(そこが彼の部屋なのだろう)に運び入れたかと思えば、直ぐに六年生は別のものを持って左門の前に現れる。

「さっきの話さ、まとめると。“潮江先輩”が大変だから、“潮江先輩”の為にも、会計委員長には予算会議に出て欲しいって事だよね?」
「はい、そうです!」
「その“潮江先輩”って、好き?」
「尊敬できる先輩だと思っています!私に出来る事は少ないですが、少しでもお役に立ちたいと考えているのです!」
「・・・じゃ、これ食べてみて。」
「はい?」

 六年生が取り出したのは、灰色のお握り・・・。もとい、鉄粉に塗れたお握りだった。

「いやいやいや!これは流石に食べるものではないでしょう!」
「・・・・・・なーんだ、残念。じゃ、いいや。折角、伝えてあげようと思ったのに。」
「えっ!?」
「会計委員長、僕知ってるもの。だから、鉄粉お握り食べてくれたら今の話を会計委員長に伝えてあげようと思ったの。」
「ほ、本当ですか!?」
「本当。でも、食べないんでしょ?」
「いえ、食べます!」

 即答。さっきは「食べない」と言っていたのに、その変わり身は素早かった。

「・・・食べるの?」
「はい!それで、会計委員長に予算会議に出て頂けるのでしたら!」
「・・・・・・僕は会計委員長に君の言葉を伝えるだけで、頷くかどうかは分かんないよ?」
「それでも!潮江先輩の助けになるかもしれない事なのですから!」
「じゃ、どうぞ。」
「頂きます!」

 目の前の鉄粉お握りに対し、パン!と勢いよく手を合わせ、文次郎が行うように一礼して、左門は勢いよく鉄粉お握りを口の中へと放り込んだ。




「・・・・・・ほげ?」
「目が覚めたか、左門!」

 左門が目を覚ますと、そこは会計室の隣に設けられた仮眠室で。その布団に寝かされていた。
 目が覚めた、という言葉に、いつの間に自分は眠っていたのだろう。と、疑問に思う。

「・・・ここは・・・」
「大丈夫か?ったく、鉄粉お握りを飲み込もうとして蓬川先輩の薬湯を飲み干すとは・・・」

 呆れるように告げるのは、傍に座っていた文次郎だった。その姿に、左門は勢いよく起き上がろうとして・・・力が入らずに失敗する。

「先輩っ、わたしはっ・・・・・・あれれぇ・・・」
「あぁ、無理に起きようとするな。お前が飲んだ薬湯はな、発汗を促す効果があったんだからな。」
「・・・はっかん?」
「通常より、汗が流しやすくなるって事だ。お陰で脱水症状になりかけたんだ。無理をするな。」

 上級生ならばともかく、下級生・・・特に一年生の左門には効き目が強かったらしい。竹筒を手渡され、中に入った水を飲み込む。普通の水の味だが、何だかそれがとても安心できた。
 「心配をかけさせるなっ」と少し涙目な三木ヱ門に何も言えなくなりながら、左門は大人しくまた横になる。

「水分補給をしたら、後は体を休ませれば問題ない。」
「・・・潮江先輩、でも・・・今日の委員会は・・・・・・」
「お前は休みだ。というより、今日の委員会分は既に働いて貰ったからな。」
「え?」
「会計委員長が、来て下さったんだ。」
「ほ、本当ですか!?」

 興奮のあまり起き上がりそうになった左門をやんわりと抑えながら、文次郎は「あぁ」と頷く。
 くい、と親指を差す障子の向こうは会計室だ。向こう側のほんのりとした明かりに照らされる、ここにはいない誰かの人影。あの影の持ち主こそが、会計委員長なのだろう。

「では、予算会議は・・・」
「お前の頼みに免じて出てくれるらしい。――お手柄だったな、左門。俺じゃどうにも出来なかった事だ。だから、今は休め。」

 目的を達成できた事。文次郎の助けとなれた事。その安心が、疲れた体を休ませようと睡眠を促していく。
 左門は文次郎の言葉に応じるかのように、そっと両目を閉じて、また深い眠りに入った。

「もう大丈夫だろう。三木ヱ門、お前も戻っていいぞ。」
「でも、潮江先輩・・・。」
「今日の委員会は終了した。俺は会計委員長と予算会議の打ち合わせがあるから、直ぐには戻れない。それとも、左門を長屋まで運ぶか?」

 そう問われては、三木エ門は頷けない。会計室から一年長屋までは、そこそこの距離がある。二年生の三木ヱ門の腕力では、熟睡する左門を最後まで運ぶ事は不可能だろう。渋々と一礼して、三木エ門は仮眠室を後にする。そんな彼を見送ってから、文次郎は仮眠室から会計室の方に戻った。

 会計室には、灯台のほんのりとした灯りに照らされる帳簿を見比べる会計委員長・蓬川甲太と乙太の姿がある。彼らはその特異性から、唯一二人で一つの委員長を担うる六年生だった。

「・・・左門を連れて会計室まで来た時には驚きましたよ。普段なら、左門は委員会開始前には会計室に来た筈なのに、今日は来ませんでしたから。」
「保健室じゃ、良い顔されないもの。僕らの部屋は色々危ないし。」
「飲んだ薬湯の効果は分かってたし、飲んじゃった以上は付きっ切りで脱水症状にならないように水を飲ませるしかなかったしね。」

 止める間もなく薬湯に手を伸ばすんだから、と溜息を吐く甲太に文次郎は苦笑する。学園一の問題児と言われる先輩に、これだけの表情をさせる左門はある意味大物だ。

「左門と知り合いだったんですね。」
「知り合いって程知らないよ。六年長屋まで迷ってくる一年生なんて、はじめて見た。」
「名乗ってなかったしね。何でかこーたの事、天日先輩って呼んでたし。」
「てんぴ?」
「薬草を天日干ししてる時に会ったから、天日先輩。天日干ししてたの、おーたなんだけどね。」
「・・・まぁ、一人ずつしか見てないんだったら、双子とは思わないですよ。」

 最初に左門と出会ったのは乙太、その後は甲太が左門と出会っていた。が、どちらも片割れが長屋の奥に篭っていたタイミングで左門と会っていたので、恐らく左門は彼らを同一人物としか見れていないだろう。それ程に、この双子は瓜二つなのだから。

「だから、せめて顔合わせの時くらい出て下さいって言ったでしょう? 会計委員に顔を覚えられていない会計委員長だなんて、前代未聞ですよ。」
「「僕ら色々と前例無いから大丈夫。」」

 声を合わせる双子に、何が大丈夫なんだか・・・。と文次郎は溜息を吐く。
 これ以上の叱言は御免なので、新しい会計委員の名前を忘れいた、という事は言わないでおこう、と双子は思った。

「それに、今回の事がなかったら、きっと彼も鉄粉お握り食べなかったと思うし。」

 三木ヱ門の時と同じように、どうせ新入りの一年生も鉄粉お握りを食べる事はないだろう。そう思って、一年生の前にすら姿を見せなくなった。嫌な相手と会って機嫌を損ねるよりは、好きな事をしていたかったからだ。

「失礼しちゃうよねー。鉄粉お握りを水で飲み込もうとするなんて。」
「でも、食べたんですね。」
「食べたら、会計委員長に話を通してあげるって言っただけなんだけどね。」
「会計委員長は、貴方でしょう。」
「ううん。あの時、話をしてたのはこーただけだもの。こーただけじゃ、会計委員長じゃないもの。」
「そーそー。「僕らは二人で会計委員長なんだから。」」

 ぴったりと声を揃えて来る。こういう所は、やはり双子なんだろうな、とぼんやり文次郎は思った。年齢を重ねる度、双子は微妙に容姿や性格のズレが出て来ると聞いた事があるが、この双子に限っては、ますますお互いが似てきているようにさえ思うのだ。

「・・・それじゃあ、今度の予算会議の事ですが、」
「なっちゃん。言っとくけどさ、僕らまだ怒ってるんだからね?」
「そーそー。可愛い一年生に免じて、予算会議はやるけどさ。なっちゃんには怒ってるんだからね?」
「・・・・・・・・・。」

 予算会議の話をするのは、もう少し先の事になりそうだった。

「ねぇ、なっちゃん。委員会って楽しい?」
「え、」
「楽しい?会計委員会は。」
「いや、楽しい楽しくないじゃ・・・」
「「僕らはやりたい事しかしたくないし、楽しくない事もしたくない。」」

 同じ声が綺麗に重なり合う。二人は時折、こうしてお互いにタイミングを合わせる事もなく、言葉を重ねる事があった。その言葉は、いつも重みがあるものに聞こえる。

「あの子が言ってたよ。“潮江先輩”が大変そうだって。」
「辛いんでしょ?どうして、続けようと思うの?」
「・・・辛いと思うのは、俺が未熟だからです。俺は忍者になる為に学園に入りました。俺に才能がないのは分かり切っていますから、困難な道という事も分かっています。俺には、努力する事しか出来ません。ですが、その努力が俺を強くしていると信じているから・・・俺はここにいるんです。」
「「・・・・・・。」」

 双子は、真っ直ぐ文次郎を見た。多分、双子の言わんとしている事を、彼は分かっていない。
 上級生という立場になってからというもの、何処か文次郎は自分を卑下する言動が増えて来たように思う。周囲に才能豊かな同級が多い所為なのか、何かと自分には才能がないのだと言い聞かせているかのようにも感じた。今でさえ、才能の話なんてしていないのに。
 それを言い出すのは、自分たちが「弄れた天才」と言われている事も理由にあるのだろう。

 何もかもが、もどかしい。未熟な彼に、完結したが故に伝える事が出来ない自分たちに。

「・・・なっちゃん。僕らは二人揃うと天才、なんて言われるけどね。違うんだよ。」
「僕らは二人揃うと何でも出来るだけ。」
「・・・それを、天才と呼ぶのではないのですか。」
「違うよ。僕は、おーたがいないと何にも出来ない。」
「僕だって、こーたがいないと何もしたくない。」
「「僕らは一人じゃないから、ここにいられるんだ。――僕らは何でも出来るけど、それは忍者の才能じゃない。」」
「・・・。」
「「組頭先輩が認めた忍者の才能は、なっちゃんしか持ってないんだよ。だから、それを大切にして。」」

 二人の言葉に、文次郎は静かに頷いた。けれど、彼が直ぐに変わる事はないという事は分かっている。
 ・・・どうか、一刻も早く気付いて欲しい。彼が大切にしないものを、大切に思う者たちがいるという事を。

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