「ここは何処だーっ!」

 迷子再び。一年生にして既に迷子係となりつつある作兵衛が聞いたら涙目かのような状況だ。左門の悪癖は今日も今日とて遺憾なく発揮され、いつものように学園を走り回っていた。そして、辿り着いたのが六年長屋である。

「・・・また来た。」
「やや、これはいつぞやの天日干しの先輩!」

 別に自分が天日干しにされていた訳ではないのだが、と思う呼ばれ方だった。
 けれど当の六年生は、無駄に相手をしたくないという面倒臭さから口に出す事をしない。

「その磨り潰しているものは、この前の薬草ですか?」
「ううん、これは毒虫を乾燥させたやつ。湿気ってると美味しくないんだよね。」
「ど、毒虫っ!?食べるのですか!?」
「薬は毒を薄めて作るんだよ。というか、また迷子?」
「いえ、私ではなく!教室が迷子なのです!」

 それを世間的には、彼が迷子と言うんだけどな。という言葉も六年生は飲み込んだ。

「あっそ。因みに一年生の教室はあっちね。」
「有難う御座います!それでは!」

 左門が一礼して走り去る方角は、やはり指差した方向とは真逆。彼にはこの指の形をどう捉えたら、そちらに赴く事になるのだろうか。と、不意に疑問に思った。
 そこへ、左門が走り去った方向とは別の方から、見覚えのある後輩が姿を現した。身に纏う制服は、四年生のものだ。

「先輩!」
「あ、なっちゃん。」
「・・・その、“なっちゃん”っていうの・・・止めて下さいって言いましたよね。」
「なっちゃんはいつまでも“なっちゃん”だから、止めない。」

 ツン、とした態度に現れた四年生・・・文次郎は小さく溜息を吐くしかない。こうなった彼らは、暫く態度を改めない。自分の声に反応すると言われるのだって、それは相手の機嫌が良いからに他ならない。彼らの機嫌を損なえば、相手にされないのは文次郎も同じだ。

「機嫌直して下さいよ。俺、謝ったじゃないですか。」
「別に、一緒にご飯食べれなかった事には怒ってないもん。」
「じゃあ、どうしてそんなに不機嫌なんですか。」
「・・・なっちゃん。遅くなった原因を言わないから。」
「・・・・・・言ったら、報復しに行くでしょう。」
「行くよー?悪意の満ちた薬を投げ込んでやる。」
「止めて下さいよ!冗談に聞こえません!」
「本気だし。――まぁ、原因なんて分かってるんだけどね。」
「え、」
「なっちゃん。庇ったんでしょ?で、その怪我を保健室で治療したから遅れてきた。」
「・・・・・・・・・。」

 沈黙は肯定と同意義だ。分かっていながらも、文次郎は何も言えなかった。何を言っても、この先輩の機嫌を損ねるだけだと分かっていたから。

「なっちゃんは自分を傷付けるのが大好きだからね。庇って満足してるんだ。」
「満足なんてしてません!」
「でも、安心するでしょ。庇った相手が傷付かなくて良かった、って。」
「・・・・・・。」
「・・・そう思ってる間は、仲直りなんて、してあげない。」
「先輩!」
「今日は迎えになんて来なくていいよ。どうせ、会計室には行かないから。」




 夕食の時間を一緒に出来なかった。
 その原因は、四年生の午後の学年実習にある。早い話が、お決まりの不運に巻き込まれた伊作を庇って助け、その事で腕に怪我をし、伊作から逃れる間もなく保健室に連行されてしまったのだ。
 怪我は命に別状がある程ではないにしても、決して軽いものとは言えなかった。だからこそ、文次郎は思ったものだ。伊作がこの怪我を負わなくて良かったと。彼は医療の技術を学んでいる。こんな怪我で、それが損なわれてしまうような事があってはならない。

 けれど、会計委員会の委員長は、それを良しとはしなかった。
 彼らが怒るのを、文次郎は納得が出来ない。どうして彼らは怒るのだろうか。自分には、同級を守る価値すらないと言いたいのだろうか。




「・・・はぁ。」

 何度目の溜息だろうか。文次郎の溜息は、その回数だけ会計室の空気を澱ませる。
 今日も彼は会計委員長の説得に失敗したらしい。

「潮江先輩・・・、大丈夫ですか・・・?」
「・・・あぁ、悪い。溜息ばっかり吐いてるな、俺・・・。」

 彼の担当する帳簿が進んでいない事ではなく、彼の体調や心労を気にかけての三木ヱ門の発言だったのだが。どうにも彼は四年生である自分がまともに活動していない事を注意している、と捉えたらしい。
 けれど、それでも文次郎の溜息は途切れなかった。

「はぁ・・・。予算会議も近いってのに・・・」
「予算会議?」
「・・・あぁ、左門はまだ知らないか。」

 首を傾げる左門に、気苦労の見える文次郎の代わりに三木ヱ門が説明する。
 予算会議。会計委員会の晴れ舞台。またの名を、会計VS他委員会による予算争奪戦。各委員会は各々の予算がかかっているという事もあって、かなり躍起になって会計委員会を追い詰めるらしい。それを打破するのが、代々の会計委員長の役目なのだ。

 しかし、今年の会計委員長が不機嫌故の不在の可能性が浮かび上がって来た。これは、予算会議での大打撃に成りかねない。

「会計室に来ないのはもう諦めるしかねぇが、せめて・・・予算会議には出てくれねぇと・・・!このままじゃあ、各委員会(アイツ等)に根刮ぎ予算を奪われちまう・・・!」

 学年一の問題児が委員長を務めているという事もあって、文次郎は四年生ながらに委員長のいない五年生・委員長代理となんら遜色のない働きをしていると言われている。しかし、それでも文次郎は上級生の中でも下位の四年生。いざ予算会議が始まれば、五年生や六年生の相手にならない事は目に見えている。その上、予算会議では同輩たちまでもが敵と化す。
 才能豊かな同輩に自分よりも上の上級生。文次郎は途方に暮れるしかない。

 予算会議まで、残り一ヶ月を切っている。既に一刻の猶予もなかった。

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