「ここは何処だーっ!?」

 厠から一年長屋に戻る道中。案の定と言うべきだろうか。一年ろ組の神崎 左門は大きく道を外れて、分かり易く言えば、迷っていた。「決断力のある方向音痴」の名は伊達ではなく、猪突猛進の如く駆ける彼はその第一歩から方向を間違える。気付けば今回も、広い学園の敷地内で、あまり見覚えがない場所に来てしまった。今頃、同じ組に所属する富松 作兵衛が迷子縄の準備をしている頃だろう。

 今日は午後からも授業がある。早く長屋に戻って準備しなくては、と急ぐ左門の足が、不意に止まる。
 不意に目に止まった長屋の景色に、見慣れぬものがあったのだ。縁側に並べられる、天日干しにされた草が布の上に並べられている。上級生ともなれば、薬も自作するという話は聞いた事があったので、ここでは有り触れた光景なのかもしれない。だが、一年生の左門には未だに目新しいものばかりで。思わず左門は、手を伸ばしてしまった。

「何してるの?」
「っ」

 だが、触れるよりも早く声をかけられ、左門の肩が大きく震えてしまう。見れば、長屋の主らしい上級生がそこにいた。制服は最上級生を表す色彩だったが、それにしては何処か小柄な印象だ。

「・・・これ、天日干しにしてるの分かんない?」
「っ、すみません!物珍しさから、手を伸ばしてしまいました!」
「物珍しさ?よくある薬の作り方なんだけどな。」
「これは薬草でしたか!私は今年入学した一年ろ組の神崎左門と申します!」
「あー、一年生か。で、何で六年長屋にいるの?」
「厠から一年長屋に戻ろうとして、迷いました!」
「何を張り切ってるのさ、君。」

 呆れるように六年生は呟く。その目は伏せがちで、此方を値踏みしているかのような視線だった。

「迷ったのなら、さっさと帰ったら?一年長屋はあっちだよ。」
「有難う御座います!それでは、失礼します!」

 左門は六年生に一礼して、何故か「うぉおおお!」という掛け声と共に駆けて行く。・・・六年生が指差した方向とは、真逆の方に。
 それを目の当たりにした六年生は、絶句してしまった。流石に、あんな露骨な間違い方をワザとやっているとは思えない。

「・・・・・・変な生徒だなぁ。」

 第三者が聞いたら、確実に「お前が言うな」と言われるであろう言葉を呟いた。だが、それを拾う者は周囲にはいない。
 風が強くなって来た事もあって、天日干しにした薬の材料が飛ばされないように、六年生は縁側のそれをせっせと片付け始めた。まだ生乾きに近いのだが、部屋干しでも充分なものになるだろう。

 片付けながら、不意に思う。自分はあの一年生に名前を名乗っていなかった、と。けれど、それは「ま、いっか」の一言に一蹴されてしまった。どうせ、もう会う事はないだろうから。

「それにしても・・・、有難う、なんて・・・。はじめて後輩に言われたかもしれない・・・・・・。」





四代目会計委員長の予算会議の段





「それでは、本日の委員会活動を開始する。三木ヱ門は帳簿の続き。左門は昨日仕損じた帳簿のやり直しだ。」
「「はい!」」
「三木ヱ門はそれが終わったら、確認した後に別の集計を頼む。左門、お前は計算のスピードは早いんだから、ちゃんと場所を見て記入しろ。墨も紙も無限じゃないんだ。」
「「分かりました!」」
「・・・じゃあ、俺は六年長屋に言ってくるから、後を頼むな。」
「「お任せ下さい!」」

 会計委員会の活動が始まると、四年い組の潮江 文次郎は後輩たちに本日やるべき指示を出して直ぐに会計室を後にする。会計室に来ない委員長を迎えに、六年長屋に向かうのだ。委員会前に何を言っても時間通りに来た事がないので、委員会活動が始まってから行くようになったらしい。
 文次郎は厳格さが目立つ生徒だが、基本的に真面目で礼儀正しい性格をしている。こんな彼を前にして、ここまで妥協させるとは。と、左門は何度思った事だろう。それでも、問題の委員長が会計室に現れたのを見た事はないのだが。

 会計委員会には、六年生が存在する。
 そう言われた時、左門はかなり驚いてしまった。そして思わず「潮江先輩が会計委員長ではなかったのですか?!」と訊ねてしまったのも、今となっては語り草だ(その後に何故か二年ろ組の田村 三木ヱ門に殴られた)。

 話を聞けば、その六年生はかなりの偏屈家で学園の中にこそいるものの、委員会はおろか普段の授業にすら出て来る事は希らしい。プロ忍に最も近いと言われる最上級生がそれで良いのかとも思うのだが、未だ見ぬ会計委員長を唯一知る文次郎は決まって「そういう性格なんだから仕方ない」と遠い目をして苦笑する。あれはもう、諦めている目であった。




 ところが。

「・・・やっちまった。」
「し、潮江先輩・・・!どうなされたのですか・・・!?」

 六年長屋から戻って来た文次郎は、目に見えて落ち込んでいた。気丈な振る舞いを心がける彼が、目に見えて落ち込むのは珍しい。三木ヱ門も左門も、会計室に戻って来た文次郎を見て絶句してしまった。

「ウチの委員長、怒らせちまった・・・!」
「え゛・・・」
「怒らせたって、何かあったのですか・・・?」
「・・・今日の夕食をご一緒出来なかった事に腹を立てたらしい。」
「「そんな子供っぽい理由で?!」」

 文次郎から怒りの理由を聞いて、二人は声を揃えて驚愕してしまった。まるで、年端もいかない子供の駄々っ子のような理由だ。そんな理由で、文次郎が落胆する程に怒る六年生とは・・・ますます左門の委員長像があやふやなものになっていく。

「夕食の約束をしてたんだが・・・、今日は学年実習で遅れちまってな・・・。かなりご立腹だった。あぁなると、俺の言葉も届かねぇ。」
「ですがっ、ここは忍術学園ですよ!そんな子供っぽい理由で怒るなんて・・・!」
「今年の会計委員長に関しては、そういうもんだと思うしかねぇ。最上級生の六年生にして、未だに学園一の問題児だからな。」

 会計委員長は忍者食と薬に強い拘りを持っているらしく、事ある毎に保健委員会の管理する薬草園や生物委員会の菜園、知識を求めて図書室の持ち出し禁止の書庫に無断で入っては薬草やら毒草やら書物やらを失敬しているらしい。そういう所だけは限りなく忍者としての技術を発揮して、その為に会計委員長は特にその三つの委員会からは良い顔をされないのだ。
 授業にも委員会にも出ず、他の委員会が管轄する場所を荒らす。一年生でもしないような問題児っぷりである。

 左門が入学する前までは、上の生徒が会計委員長として抑制していたらしいのだが、今年は彼の天下。実際、会計室に会計委員長がやって来た事は一度も無かった。
 いくら委員会が委員長の思うままと言っても、それは許される事ではない!と、左門は立ち上がる。

「潮江先輩!私に行かせて下さい!私が会計委員長を説得してみせます!」
「左門?!」
「いや、そうは言うがな・・・。会計委員長はかなりの気難し屋で、・・・というか、お前会った事あるのか?」
「ありません!ですが、会計委員長であるならば!会計委員会をまとめるものでしょう!進退疑うなかれ!行ってきます!」
「って、おぃいぃ!そっちは六年長屋の方じゃない!」
「止まれぇ、左門ー!」

 「決断力のある方向音痴」神崎左門。今日も今日とて、通常運行である。

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