「潮江先輩、貴方が好きです」

 人が込み合う食堂で、その声は一際響いた。それぞれで話に興じていた者は口を噤み、おばちゃんの美味しいご飯を食べていた者は箸を止める。

「……お前は、確か上級生の」
「名字名前です」
「そうだ、名字だったな。……ああ、最近毎日俺の鍛練を見ていたのはお前だったのか」
「存じておりましたか」
「気配でな」

 静まり返った食堂内に響く、二人の男女の会話。男の方は学園一忍者をしている男、潮江文次郎。
 自他ともに厳しく接する為くのたまから人気が無いのだが、どうやら物好きがいたらしい。しかもその物好きは、あろうことか三禁を守ると豪語する文次郎に人目がある食堂で告白をしてみせた。
 自然に見物人の視線はくのたまへと移行する。

「気配で私だと分かってくれたのですか」

 どちらかと言えば可愛いというより綺麗という言葉が似合う容貌。人目をひく程整ってはいないが、不細工という程ではない。
 目を伏せ、ほうと名前は息を吐いた。薄らと顔を朱に染め、恥じらうように頬に手を添える。
 恋する乙女のそれに、我に返った何人かがニヤニヤとして文次郎を見た。お調子者の後輩が茶化そうと口を開いた時、女が言葉を嘯くように紡ぐ。

「潮江先輩、私のお嫁さんになってください」

 カラン、と誰かが箸を落とした音が響く。言っちゃった、と歎く女子の声も小さく響いた。

「……はっ?」
「幸せにします、後悔させません」
「いや、ん? ちょっと待て、待ってくれ」
「はい」

 今一番混乱しているであろう文次郎が待ったをかける。名前はそれに素直に頷き、だが目をキラキラと輝かせて文次郎を見上げ待つ。
 文次郎は同室の立花仙蔵を振り返った。仙蔵もまた文次郎を見、目と目で会話をする。

――俺の耳が可笑しくなったのか?
――いや、私も同じように聞こえたぞ

 どうやら耳が可笑しくなった訳ではないらしい。んんん、と文次郎は首を傾げた。きっぱりと断ろうと準備していた言葉が思わぬ単語に口から出ることを拒んでいる。

「……嫁?」
「はい」
「……誰が?」
「潮江先輩が」
「……誰の?」
「私のです」

 一つ一つ区切り質問することで、誰もが聞き間違いでないと確認出来た。んんん、とまた文次郎は唸り、ポツリと一言。

「なぜ嫁?」

 違うだろ文次郎いや確かにそれもあるけど今言う言葉はそれじゃないだろ! と声無き声で叫ぶ保健委員長。しかし心の中でだった為当事者二人には届かない。
 文次郎の疑問に、名前はパチパチと目を数回開閉された。同じように首を傾げ、心底不思議そうな声を出す。

「嫁以外にありますか?」

 どう考えてもあるだろ! と聞いていた者達の心の叫びが一致した。
 それが聞こえたのか定かではないが、名前は再び頬を染め両手で挟んだ。うっとりとした口調で滑らかに言葉を紡ぐ。

「私、ずっと潮江先輩のこと見ていたんです。先輩の可愛いお尻を見る度に撫で回したくて揉みたくて仕方ありませんでしたし、先輩に膝枕されたいな触りたいなって何時も思っています。食堂のメニューで牛のお乳や豆腐が出て来ると先輩にかけてそのまま食べちゃいたい欲望に駆られて実行しようとしたことがありましたし、井戸で水浴びしている時に薄らと透けて見える乳首に吸い付きたい衝動に負けそうになったこともありました。そのどちらも友人に止められたのですが。ああ先輩、私先輩を食べちゃいたいんです組み敷いて鳴かしたいんです。だからお嫁さんに――先輩?」

 皆まで聞くことなく、文次郎は音もなく然し急いでその場から逃げ出した。
 学園一と称されるだけありそれは見事なもので、名前が気付いた時には既に文次郎は食堂を離れており。
 然し何故いなくなった――正確には逃げ出した――のか分からず、名前は目を丸くして不思議そうにする。

「まだ告白の最中だったのですが……」
「名前、それ逆効果だから」
「えっ?」

 一緒に食堂に来ていた友人の尤もな指摘に、だが何かいけなかったのか分からない名前は首を傾げ。
 残された者達は皆、文次郎の身に何も起こらないことを祈った。

20130202
ネタ帳より派生
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