異常嗜好暗殺者

「あん、さつ、しゃ」
「そう、暗殺者。俺達は『殺し』を生業にしている異常嗜好者だ」
「なっ、なぜ……っ」
「昔は生きる為に、今はお役に立つ為に」

 詠うように言葉を紡いだ文次郎は、着ているTシャツの襟を掴み首筋が見えるようにずらし引っ張った。
 その首筋には、黒い龍の入れ墨が彫られていた。禍禍しくもあり威圧感もあるそれに、仙蔵は息を飲む。

「美しいだろう? これは俺達影閃全員にある、誓いの印だ。
 これがある限り、俺達は『人』でいることが出来る」

 入れ墨に目を奪われる仙蔵を尻目に、文次郎は音もなく立ち上がった。テーブルに身を乗り出し、仙蔵の顎を掴み顔を覗き見る。

「見れば見るほど『立花仙蔵』だな。髪が長ければ、過去から来たんじゃないかと疑った所だ」
「もん、じろ……」
「ああ、惜しい。お前が室町の『立花仙蔵』だったら」

 今すぐにでも、切っていたのに。
 そう嘯いた文次郎はニヤリと笑みを浮かべる。それは前世では決して見られなかったような、艶めかしい笑みで。
 虚をつかれた仙蔵は、言われた言葉を理解するのに時間がかかった。

「な……っ」
「現代人ってのは実にひ弱だ。切っても全然面白くねえ、殆どの奴らが死んじまう。
 だが前世のお前達なら、耐えてくれそうだ」
「何を、言って……」
「言っただろう? 俺は『切るのが大好き』だと」

 手を顎から離し、首に添わす。ギラギラと輝く目は、獲物を狙う肉食獣のそれだった。

「ここは、最後にしてやろう。流石に死んじまうかもしれないからな」
「あ……っ」
「最初は左腕を、次に左太股を切ろう。それに耐えられたら、次は小刀で腹を、右腕を」
「も、ん……」
「ああ、お前は綺麗だから血が映えるだろうなあ。
 ――命令がなければ、今すぐにでも切っているのに」

 うっとりとした表情に、ぞわりと仙蔵は悪寒を感じた。それは紛れようもなく命の危険で、思わず後ずさる。
 一瞬にして青白くなった仙蔵から文次郎は手を離し、テーブルから降りた。その顔には先程までの狂気の色は無く、つい数分前までの彼に戻っている。

「安心しろ、お前達を切りはしない」
「――……はっ」
「これでも俺は家族の中では一番まともだからな。そう簡単に、理性を飛ばしたりはしねえよ」

 さっきのは牽制だ、と飄飄とする文次郎に、仙蔵は漸く目の前の男が『潮江文次郎』らしくないと悟った。
 『潮江文次郎』はあんな風に笑う男ではない。
 『潮江文次郎』にあんな事を言う男ではない。
 『潮江文次郎』は、狂った男ではなかった。

「何が、あったんだ……」

 何故、ここまで変わってしまったのだ。今まで会えなかったこの数十年の間で、彼にここまで変えさせる程の何かがあったのか。
 その問い掛けに、文次郎は一つ笑みを返した。そして何も言わず、部屋のドアノブに手を掛ける。

「朝食を用意している。案内しよう」
「っ、文次郎!」
「――ああ、そうだ。一つだけ忠告しといてやる」

 ガチャリとドアを開けた文次郎は仙蔵を振り返った。その顔に浮かぶ表情に、再び仙蔵の身体が硬直する。

「俺を、俺達を刺激するような真似をした場合は保証しない。
 ――俺達が何時でもお前達を殺せることを、忘れるな」

 獰猛かつ、幼い子供がお気に入りの玩具を見ているかのような楽しげな笑み。一目見て分かるほどの狂気を隠す気もないそれは、今の文次郎を表しているかのようだった。

20130522
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