一緒にいたい

「お前、何言ってんだ?」

 心底訳が分からないといった風な文次郎に、仙蔵は目を丸くした。左右形の違う目に浮かぶ薄らとした不快の感情。それに仙蔵が気付く前に、二人を交互に見ていた少女が間に滑り込む。

「フミ、今は合流するのが先決。時間が勿体ない」
「……ん、それもそうだな。コト、俺は見て回るがお前はどうする?」
「彼を連れていく」
「了解」

 いつの間に解いたのだろうか、足を縛っていた縄が床に落ちており、コトと呼ばれた少女の足は自由になっていた。
 文次郎は仙蔵を一瞥し、踵を返す。それに慌てて仙蔵が手を伸ばしたが、コトに遮られた。何をする、と声を荒げても少女の虚な目に変化は出ない。

「君にとって優先すべきことは、ここを出ること」
「然し……っ!」
「フミにならまた会える」
「……フミ、とは文次郎のことか? 君は、いや、どうして文次郎は……」
「一人一人説明するの面倒、まとめてする」

 行くよ、とコトはさっさと歩き出した。気付けば文次郎の姿はとうになく、仕方なく死体の横を通り後を追う。
 迷路のようなそこを、コトは迷わず進んで行った。見付けた出口のスライド式の扉は開いており、外は真っ暗である。コトの後に続いて出ると、空には星が輝いていた。

「仙蔵、無事だったんだね!」
「伊作……、留三郎に小平太、長次も無事だったのだな」

 先に救出されていたらしい伊作達が仙蔵へと駆け寄る。その姿に外傷はなく、伊作達もまた仙蔵に怪我がないことにホッと安堵の息を吐いた。

「良かった、怪我が無くて」
「お前達はどうやって外に……」
「……あちらにいる人達が助けてくれた……」

 長次が静かに指差す。その方を見ると、文次郎と同じローブに身を包み、だがフードを被り顔を隠している者達がいた。いつの間にかコトもその集団に混じっており、何か話し込んでいる。
 彼女達は一体何者なのか。警戒心よりもまず浮かぶのは、先程の文次郎の姿。そして思い出す、コトに向けて放たれた言葉。

「文次郎……」

 ポツリと呟いた言葉に、四人が反応した。どうしたんだと聞く留三郎に口を開こうとし、だが聞こえてきた声に意識を奪われ、音としてではなく息として零れ出る。

「なあ、これ生け捕りにしてきたけど良かったか?」

 ヒュッと四人のうちの誰かが息を飲む音が聞こえた。倉庫から何かを引き吊りながら出て来た少年に、視線が釘付けになる。

「もう止め刺してもいいよ、必要無くなったからね」
「つうかよく生け捕りなんて出来たな、フミ」
「確かに。フミ手加減苦手だもんねー」
「バカタレ、愛情表現なのに手加減なんてしたら失礼だろうが」
「やだーDV?」
「求愛行動だろ」
「自称博愛主義者」
「自称じゃねえよ」

 怪しい集団に混じりククッと笑う文次郎に、真っ先に動いたのは小平太だった。

「文次郎! 文次郎だな!」
「ああ?」

 弾かれたようにして駆け出し、文次郎へと飛び付く。文次郎はけだるように振り向き、飛びついてくる小平太を避けることも受け止めることもせず、ただ黙って見ていた。
 小平太に続き、伊作と留三郎も駆け出す。長次は信じられないとばかりに目を見開き、チラリと仙蔵を見てから後を追った。
 一足先に会っている仙蔵は、表情を固くし四人に続く。

「文次郎! まさかこんな所で会えるなんて!」
「てめえ、どこほっつき歩いてたんだよギンギン野郎!」
「……会いたかった、文次郎……」

 周りに集まる伊作達に、文次郎は数回瞬きをした。全員の顔を見、最後に仙蔵を見て納得したように声を上げる。

「お前ら、『前世』と同じように集まったからついでに『文次郎』も探していたんだな」
「……えっ?」
「だが残念だな。俺は『潮江文次郎』じゃねえよ」
「……文次、郎?」

 ドサリと、文次郎が手に持っていたのを地面に放り投げた。釣られてそちらに視線をやり、息を飲む。
 そこにいたのは、今直ぐにでも事切れそうな男だった。白目を向き口から血を吐き、あらゆる場所を切られている。ヒューッという息の音が、僅かにしか聞こえて来ない。
 徐に文次郎がもう片方の手に持っていた忍刀を振り上げた。その切っ先は男の喉を貫き、男の体は一度大きく痙攣した後、動かなくなった。
 突然目の前で見せられた殺害行為に、平和な現世で過ごし一般的な感覚を取り戻していた四人は言葉を失った。何で、と誰かが音もなく言う。

「室町の『潮江文次郎』は死んだ」

 ニヤリと文次郎は嗤った。その後ろで黒い影達が動く。

「俺は影閃一人、フミだ」

 文次郎、と言葉を発する前に、仙蔵達の思考は黒く塗り潰された。

20121129
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