沢山話したい

 鼻につく薬品の臭いに、仙蔵は目を覚ました。ぼんやりとする思考の中辺りを見渡し、はてと首を傾げる。

「ここ、は……」

 倉庫なのだろうか、大きな木箱が至る所に積み重なっている。もっとよく見渡そうと身体を動かそうとしたが、バランスを崩し倒れそうになる。

「なっ……」

 グイと後ろから引っ張られ、倒れることなくペタンと尻餅をついた。そこで漸く仙蔵は、己の手足が縛られていることに気付く。
 その事実に蘇る記憶。――そうだった、突然伊作が男に捕われ、それを助けようとしたが逆に捕まってしまったのだ。
 辺りを見渡しても伊作達の姿は見えないので、別々に引き離されたのだろう。

(前世であれだけ忍者をしていたというのに、まさかこうなるとは……)

 後悔しても遅いとは分かっているが、それでもせずにはいられない。

(ここに文次郎がいれば、バカタレと怒鳴られていたであろうな……)

 探している前世の親友の怒鳴る姿を思い浮かべ、フッと仙蔵は笑みを零した。幾分か冷静になれたので、記憶にある縄抜けを実行する。
 何分現世で行うのは初めてなので手間取ったが、何とか外すことは出来た。自由になった両手で足を縛る縄を解き、音を立てないよう立ち上がる。

(あいつらを探し合流しなければ……)

 周囲を伺い、人が居ないことを確認する。何故捕まえられたのかは分からないが、逃げなければいけないと警鐘が鳴っている。
 そっと足を踏み出し、だが勢いよく後ろに引っ張られ小さな手で口を封じられた。

「見張りがいる。今出ていったら捕まる」

 ボソッと耳元で囁かれ、ゾワリと鳥肌が立った。目だけ向ければ、何処かで見たことがある少女が虚な目で仙蔵を見つめている。

(……この子は確か、ボールを拾ってくれた……)

 記憶を探り、思い出す。少女は仙蔵に何か言われる前に場の状況を説明する。

「君達と一緒に捕まえられて、ここに閉じ込められた。君の友人達は別の場所に連れていかれた。さっきから見張り役の人が交代でここに来ているから、動かない方がいい」

 淡々と、事務的報告をしているかのように高低のない声で話し、少女は仙蔵の口を塞いでいた手を離した。
 少女の足元には切れた縄が落ちており、然しその足は縛られたままである。
 仙蔵は疑いの目で少女を見た。少女はその視線に虚な目を返す。

(信じていいのか……。いや、今は室町でないし、単純に巻き込んでしまっただけかもしれない……)

 仙蔵でさえ気付けない程気配を消している少女。だがそれは消しているのではなく影が薄いとも言える。わざわざ仲間を縛る必要がなく、もしも少女が男達の仲間であったなら今頃仙蔵は再び縛られているだろう。
 つまり、本当に少女は巻き込まれただけということになる。
 仙蔵は疑いの目を消し申し訳なさそうにした。間違いなく伊作の不運のせいだろうが、今彼はここにいないので代わりに謝っておく。

「巻き込んでしまってすまない」
「……別にいい」

 フルフルと少女は首を横に振った。本当に気にしていないように見える。
 その時、カツンと足音が鳴った。近付いて来るそれに仙蔵は息を潜め、少女は床に落ちた縄を広い両手を後ろにやる。

「手足隠して縛られたふり」

 ボソッと呟かれた声に頷き、仙蔵も少女と同じようにする。少しして二人の前に男が現れた。伊作を捕らえた男ではなく、恐らく仲間か下っ端だろう。仙蔵を見て「起きたか」と呟く。

「運が悪かったな、あれさえ見なければお前達は死なずにすんだのによ」

 ケタケタケタと笑う下っ端(仮)に、仙蔵は焦ることなく静かに問い掛ける。

「身代金が目的か? 残念ながら私達は一般家だ」
「そうじゃねえよ、俺達の狙いはもっとでかい。お前達は運悪く捕まって殺されるだけさ」

 ニヤニヤとする下っ端(仮)の言葉に、仙蔵は敢えて黙ることにした。それを怯えていると勘違いしたのか、下っ端(仮)は調子よく口を滑らす。

「俺達の狙いは大川平次渦正だ。先ずはあいつをみせしめに殺し、その後獲物に取り掛かる」
「……学園長を?」
「おお、そういやその制服はあの男の学校のか。ははっ、こりゃあ丁度いい! リーダーも喜ぶだろうよ!」
「……何が、目的だ」
「話す訳無いだろバーカ。今から死に行く奴には必要ねえことだよ」

 ケタケタケタと愉快そうに笑う下っ端(仮)を、仙蔵は睨み付ける。この平和な世で、前世と同じように学園長の命が狙われているとは思いもしなかった。あの人はこの現世でも何か仕出かしていたのか、と脳裏に飄々とした笑みを浮かべる学園長を思い浮かべた時――

「死に行く前に話しておいた方が良かったんじゃねえのか? お喋り野郎さんよ」

 ――記憶を刺激する低音の声が、仙蔵の耳を擽った。
 少女が「やっと来た」と呟き、だがそれさえも聞こえていない仙蔵は目を大きく見開く。

「あっ? が、あぁ?」

 バシュリと、赤い血飛沫が目の前で飛び散った。今まで上機嫌で喋っていた下っ端(仮)が、口から血を吐き出し前へと倒れる。
 男の身体が地面に激突し、埃が舞い上がった。その背中からは血が飛沫を上げて流れ落ちている。何故か――そこには大きな傷があった、今しがた刀で切られたような大きな切り傷が。

「やっぱ毒入りだと死んじまうか。ちっ、つまらん」

 ピュッと刀についた血を振り落とし、それは不満そうに呟いた。
 身体をすっぽりと覆う黒いローブを羽織り、手には前世でしか見ることがなかった忍刀を持っている。
 右が松の実型、左がアーモンド型と左右形の違う目をキョロリと動かし、少女で止める。その目の下にはベッタリと黒い隈がその存在を主張している。

「元気そうだな、コト。思わず全員出動したんだが、その必要もなかったか」
「不可抗力。私も驚いた」
「それは俺の台詞だバカタレ」

 老けているように見えて実は幼い顔立ち。前世よりも幾分か華奢になったように見える身体付き。

「もん、じ……」

 ドクリと仙蔵の心臓が跳ねた。嘘だ、という思いが沸き上がり、だがそれも歓喜の感情に塗り潰される。

「もんじ、ろう……」

 前世で同室として六年間共に過ごし、パートナーとして戦場を駆けた卵時代。誰よりも信頼し背中を預けていた一番の親友。
 震える声に、左右形の異なる目を向けられた。ああとその唇が動く。

「お前、『立花仙蔵』の生まれ変わりなのか? 前世と殆ど同じ顔だな」

 俺も人のこと言えねえけど、と続けられたそれに、仙蔵の視界がジワリと滲んだ。

「文次郎、なんだな?」
「んー、あー、確かに前世は『潮江文次郎』だな」
「ああ、だろうな。その立派な隈があるのはお前だけだろうよ」
「……一言余計なのは前世と変わらずかよ」
「阿呆、変わる訳無いだろう」

 話したかった。前世のように沢山のことを話し合いたかった。

「随分探したぞ、文次郎」

 フッと笑う仙蔵に、だが文次郎は顔をしかめてみせた。

20121128
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