喧嘩をしたい

「私、食満君が好きなの。良ければ付き合ってくれないかな?」

 裏庭に呼び出された時点で、用件についてはある程度予想出来ていた。裏庭は告白の定番スポットであり、今までにも何度もそれで呼び出しを受けているためだ。
 今回は同級生で、可愛いと評判の子だった。だが留三郎は付き合う気になれず「悪いけど無理」と断る。

「今は部活に専念してえからさ、そういうの考えられないんだ」
「……そっか、ゴメンね急に」
「いや、気持ちは嬉しかった。有り難うな」

 ニッコリと女受けしやすい笑みを浮かべる。女生徒は泣きそうになりつつも笑みを返し、一人その場を去って行った。
 一人になったそこで、留三郎は息を吐き空を見上げる。白い雲の形が団子のように見えた。室町時代の時から甘いものは苦手なので食べたいとは思わないが、ふと甘味を好んでいた人物の顔を思い出す。
 室町時代、意見が度々衝突して喧嘩ばかりしていた同輩。犬猿の仲と称されていたが決して嫌いではなく良きライバルと思っていた、否、今も思っている男。
 甘味がいいいや辛味だ、と本気で言い争ったことがあったことを思い出し、フッと口角を上げる。

「やっぱ辛味だよなー……」

 確かあれは決着が着かず終わってしまったはずだ。原因は分からないが恐らく仙蔵か小平太、若しくは伊作のせいだろう。喧嘩の邪魔をしてくるのは、大抵この三人だった。長次は邪魔はしない代わり、雰囲気で止めろと訴えてきた。
 懐かしさに顔を綻ばせる。だが現実を思い出し、チッと舌打ちを打った。
 現世に生まれ落ちた留三郎は、まだ本気の喧嘩をしたことがない。女受けがいい分男からは不評を買い度々喧嘩を売られるのだが、全員弱くつまらなかった。乱入してきた小平太も不満そうにしていたので、自分達が強すぎるという訳ではないだろう。
 喧嘩を売られる度、留三郎の不満は募っていく。どうしてあの男はいないのだ、と理不尽にも怒ってしまう。

「どこにいるんだよ、文次郎……」

 ポツリと呟き、視線を下に降ろす。
 本気の喧嘩が出来るただ一人の男は、今ここにいない。それが無性にも、寂しく感じられた。

20121113
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