礼を言いたい 「いない、いない」 ゴールデンウイークも終わり、五月病にかかることなく登校した学校。勿論休みたいという気持ちもあるのだが、去年は不運のせいで出席日数ギリギリだった。今年もそうかもしれないので、サボることは出来ない。 「いない、いない!」 それにしても何故前世からの不運が現世でも続いているのだろうか。それ程に悪い行いでもしていただろうか、もしも殺害の罪故だったら神に聞きたい、周りもまた同罪であるのに何故己だけ不運なのか、と。 「なぜいないんだ、伊作!」 「うわっ!」 ドンと机を強く叩かれ、善法寺伊作は現実世界に戻ってきた。 見上げれば、美しい顔に怒りの色を滲ませた友人が仁王立ちで立っている。 仙蔵、と苦笑と共に名前を呼べば友人――立花仙蔵は再び机を叩いた。ここは伊作のクラスであり仙蔵のクラスではないのだが、よく伊作達を訪ねてここに来る為誰も注目しない。バンバン机を叩く音に一瞬驚いても「またか」と気に止めることさえしない。 だからこそ、仙蔵も存分に苛立ちを出すことが出来るのだ。 「何故あいつはいないんだ! これ程この私が探してやっているというのに!」 「僕に聞かれても……」 然しそれをぶつけられるのは、精神上余り宜しくない。 放っておけば頭を掻きむしりそうな勢いの仙蔵を宥めつつ、トホホと伊作は自分の不運を呪う。 小平太はバレーをしに体育館に、長次は当番なので図書室に、留三郎は女子に呼び出されて裏庭に行っている為今ここにいない。つまり、仙蔵の八つ当たりを受けれる人物が己しかいないのだ。 否、例え当番で保健室に居ても、八つ当たりをしに来ていたかもしれない。そう考えると、今の方が大分マシだ。保健室の方が誰もいないので、より一層仙蔵の八つ当たりは酷くなる。 だからといって、八つ当たりを受け入れられるという訳でも無く。伊作は「僕に当たらないでくれ」と言葉を紡ごうとし―― 『仙蔵が八つ当たりすんのは、気を許した奴にだけなんだ。だから余り拒絶しないでやってくれ』 ――ふと、かつて言われた言葉を思い出し、ヒュッと息を飲んだ。 仙蔵のことを一番理解し、その八つ当たりを一身に受けていた男の、申し訳なさそうにしつつも思いやりに溢れた優しい言葉。 急速に喉がカラカラに渇いた気がした。ゴクリと唾を飲む。 『相変わらずの不運だな、伊作』 それでも足りないのか、喉は潤いを欲した。 ――忍びとして生を全うし約五百年が経った平成の世。何の因果か忍たま達は記憶と共に生まれ変わった。そして何故かかつては忍術学園の学園長が理事をしている『大川学園』に集い再会を果たしている。 伊作達も初等部入学の時に再会を果たした。たった一人を除いて。 学園一忍者をしていた男、潮江文次郎だけが、未だ誰にも姿を見せずにいるのだ―― とうとう机に突っ伏した仙蔵の頭を撫でようとし、だが寸での所で止めた。伸ばした手を握り締め、机の上に下ろす。 仙蔵の求める手はこの手ではない。己のよりも大きくてゴツく傷だらけの温かい手を、仙蔵は求めている。 『お前が周りに幸運を全部やるから、お前には不運しか残らないんだろうな』 その手の持ち主は、不運であることを目の前で歎いた時、何でもない風にその言葉をくれた。 『どういう意味って……。お前に出会えたことが、怪我人にとっては幸運だろ?』 目を丸くする己に向けて、さも当然のように言ったその言葉。それにどれだけ己が救われたか知らないだろう。そのお礼はまだ言っていない。礼を言う前に手の持ち主は、文次郎は、その命を失ってしまったから。 「早く会いたいね」 ポツリと出た言葉に、仙蔵は僅かに反応した。それに伊作は微笑ましそうに笑い、ついと窓の外に目を向ける。 誰の心情を表しているのか。空は嫌味なほど晴天だった。 20121103 栞を挟む next [目次 表紙 sub TOP] ![]() |