01

「生きる為には、切り捨てなければいけなかったんです」

 ポツリとそう零した少年は、星が瞬いている空を見上げた。
 左右形の違う目に夜空が映る。その美しさに少年は気付いているのだろうか。

「『潮江文次郎』として生きられない。だから俺は『前世』を切り捨てた」

 闇に生きる者にとってその光は不要な物。だが闇から抜け出そうとする者にとってそれは、一筋の道標となる。
 その時初めて気付くのだ、空を輝かせる光のその美しさに。

「切り捨てたことを後悔していません。そのお陰で俺は、地獄から出ることが出来ましたから」

 気付いてほしいと願うのは、自分勝手なものだろう。愚かだと嗤われても致し方ない。
 それでも、願ってしまうのだ。この縋ってくる少年を、少年達を愛おしく思うが故に。

「今の俺に名前はありません。どうか貴方が付けてください――俺が貴方のものだという証拠を」

 左右形の違う目が向けられる。真っ直ぐに向けられるそれは、前世の頃から同じだったのだろうか。前世も今のように真っ直ぐで純粋な目をしていたのだろうか。

「この身朽ち果てても尚、貴方に忠誠を――我が唯一無二の主よ」

 ああ、少年よ。闇に囚われないでおくれ。その目はこの世界に相応しくない、何時しかその甘さで身を滅ぼしてしまう。

「お前の名前は――」

 少年には迎えが来るだろう。己と同じくらい、否、己以上に少年を愛する者達の迎えが。
 その時まで守ろう、この小さな少年を。そしてその時に本当の名を贈ろう。

「――フミ」

 だからそれまでは、この名前で我慢しておくれ。愛しい我が子供達。


 フミと呼ばれた少年は、クルリと目を丸くし瞬かせ。
 そして嬉しそうに、幸せそうに笑った。

20121102
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