「あっ、ちょっと待ってっ! 君、入門表書いてないよね?」

 昼休みまで残り一刻を過ぎた頃、小松田は学園の正門をくぐり抜けようとする一人の少女を見つけた。見覚えがない為、己がいない間に勝手に学園に侵入したのだろう。ムッとした表情を崩さぬまま少女に先ずは入門表を突き出す。
 少女の背は高く、小松田と視線がほぼ同じである。よくよく見るとそこそこに可愛らしい顔立ちをしているが、美少女揃いのくのたま達に混じれば誰も気にも止めないだろう。
 少女は大きな目をパチクリと見開き、小松田と入門表を交互に見た。そして袖で口元を隠しフワリと笑みを浮かべる。

「あらまぁ、小松田さんったら忘れたの?」
「えっ?」
「ふふっ、私が書くのは『こっち』よ」

 思いも寄らなかった言葉に小松田がポカンとしていると、少女はたおやかな動作で入門表ではなく出門表を手に取った。そのまま流れるようにして名前が書かれ「はい、どうぞ」と差し出される。
 小松田は書かれた名前を読み、ええと声を上げる。

「うそ、君……っ!?」
「酷いわね、忘れるなんて。以前お会いしたでしょう?」
「……あああ、そうだ僕見たことあった!」
「今度はちゃんと覚えていてくださいね?」

 悪戯っぽく笑い、少女は正門をくぐり抜け学園から出ていく。しゃなりしゃなりと歩くその後ろ姿を呆然と見送っていた小松田は、我に返り一言「あれ詐欺だと思う」と呟いた。


【第五章】


 小松田に詐欺と称された少女は、人で賑わう町より少し外れた所にある甘味所に来ていた。そこの店前にある長椅子に座り団子を頬張っていた男を見つけ、その隣に腰を下ろす。

「お待たせしてすみません、利吉さん」

 話し掛けると、男――山田利吉は不審な目を少女に向けた。だが直ぐに何かに気付き目を見開く。

「まさか、君が『おふみ』ちゃん?」
「ええ、おふみと申します」
「……驚いたよ、これが父上のおっしゃっていたことなのか」
「お父上様が何と?」

 少女――おふみの問い掛けに利吉は答えようとし、だが「いらっしゃいませ」と来店に気付き注文を取りに来た店員に遮られた。おふみは慌てることなく団子と茶を注文する。店員が中に戻っていったのを見計らってから、利吉は口を開いた。

「卒業していった忍たまの中に、父上の心の友がいたみたいなんだ。その人はとても女装が上手らしく、その変装を見抜ける者は少ないと」
「ええ、そのようですね」
「その忍たまの技術を、今の会計委員会委員長は受け継いでいる。父上はそうおっしゃっていた」

 その言葉に、おふみは笑みを浮かべた。だが言葉を発しようとはしない。利吉は横に置いていた湯呑みを取り、口へと持っていく。温くなった茶で喉を潤し、「でも」と言葉を続ける。

「正直信じていなかったんだ。会計委員長は『あんな』だからね」
「……」
「でも、君を見て納得したよ。『歴代会計委員長の集合体』、そう言われることだけはある」

 おふみちゃん、いや、潮江文次郎君?
 名を呼ばれ、おふみはふふっと声に出して笑った。袖で口元を隠し猫の様に目を細める。

「確かに私は林先輩の技術を受け継ぎましたが、決して趣味ではありませんからね? 正直今すぐにでも脱ぎたい位ですもの」
「……それで趣味じゃないって言われても、説得力に欠ける気が」
「あら、利吉さんは林先輩のご指導をお受けしたいのですか? 山田先生の満点を得られるまで店という店を回らさせられ、徹底的に叩き込まされますけど、それでも宜しかったら――」
「いや、遠慮しておくよ」
「――それは残念。でも誰だってこうなりますわ、あんなに扱かれたら」

 未だにこの姿をしている時に男言葉を使えば、林先輩が現れてるんじゃないかっていう恐怖心がありますし。
 ハアと息を吐くおふみ――ではなく、女装した潮江文次郎に、利吉は苦笑を浮かべた。

20130316
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