「じゃあこれ食堂に持っていってくるな」
『助けて』

 伸一郎の声と助けを求める声が重なって聞こえる。文次郎は最早どちらの声を聞けばいいのか分からず、ただ首を縦に振った。
 伸一郎は音もなく部屋を出ていく。一人きりになった途端、助けを呼ぶ声が部屋中に木霊した。

『助けて』
「うっ、あ……っ」
『助けて』

 助けて、助けて、と求める声が文次郎に降り注ぎ押し潰す。耳を塞いでも聞こえて来るそれは、やはり脳直接に響いているのだろうか。

『助けて』

 責められている気がした。ただ助けを求められているだけなのに、その声の奥に絶望と失望が隠されている気がした。

『助けて』

 お前のせいでこうなったと。お前が倒れたからこうなったのだと。
 恐らく被害妄想に過ぎないそれは、然し刃となり文次郎の心を切り裂いていく。

『助けて』

 吐き気が込み上げてきた。口の中もカラカラに渇いている。
 唇と噛み締めると、鉄の味が広がった。触ろうと手を動かすとピリッと鈍い痛みが走る。見れば、爪が新たに皮膚を破り血が溢れていた。
 ボンヤリとそれを見つめる間も、声が絶えることはない。それが、その傷よりももっと傷付いるのだと主張されている気がした。

『助けて』

 聞かないといけない、この声を。彼等を助けられるのは己しかいないのだから。

『助けて』

 聞きたくない、この声を。己を縛るこの鎖から逃げ出したい。

『助けて』
「……――っ!」
『助けて』

 相対する思いに、文次郎は声無き悲鳴を上げた。その悲鳴に声は掻き消されることなく、そればかりかより一層大きくなる。

『助けて』

 どうしろというのだ。己にどうしろと言っているのだ。やれることはやっている、これが精一杯だった、これ以外に方法を見付けることが出来なかった。
 後輩達を巻き込むなと言っているのか。幼馴染みに頼るなと言っているのか。己だけで何とかしろと言っているのか。
 あらぬ考えばかりが、助けを求める声と共に脳裏に留まり溜まっていく。

『助けて』

 絶えることのないそれは、少しずつ少しずつ、文次郎を追い詰めていった。

20130216
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