「それじゃあ先輩、失礼しましたー!」
「おう、気をつけろよ」
「はーい!」

 幾つかの質疑応答を交わし細かい注意事項を伝えた後、一二年生はそれぞれの教室へと、一年は組は今から遅い朝食を取りに食堂へと向かった。
 部屋に残ったのは、文次郎と伸一郎と三年生。気配が遠退いたのを確認してから、全員がほうと息を吐く。

「これで暫くは何とかなるけど……」
「時間の問題だな。あいつらが勘付く前に何とかするぞ」

 コキコキと肩を鳴らし、文次郎が三年生を呼ぶ。三年生は文次郎の前に一列に並び、指示を待つ。

「今日までは俺も様子見として学園に残る。明日からは『外』の様子を見に、暫くここを離れることになる」

 鋭い目が三年生を貫く。ゴクリと喉を鳴らす三年生は、然しその重圧から逃げようとはしない。

「俺はお前達を『同胞』と見なし、この学園を任せよう。学園を、あいつらを守るのが、お前達の役目だ」

 その役目は、軽いように見えて重たいものだ。学園、後輩達を守る上級生としての義務を、文次郎は今下級生である三年生に託そうとしている。

「守ります。先輩がいない間、俺達でこの学園を、あいつらを守ります」
「それに俺達はもう三年生です。守られるだけの存在じゃないんで」
「立花先輩が仕掛けた罠の発動の仕方も予習済みです。いざとなれば作法委員会の絡繰りをフル活用させます」
「飼育小屋にいるペット達も、守ってくれると思います」
「先輩の方こそ、お気を付けください。怪我したら直ぐに医務室に来てくださいね」

 富松、次屋、藤内、孫兵、数馬が一人一人それぞれの言葉で決意を表す。ただ一人左門だけが、何かを堪えるようにして文次郎を見つめていた。
 恐らく左門は、前の襲撃を思い出しているのだろう。潮江先輩、と呼ぶ声は震えている。

「絶対に、お怪我しないでください。僕達はもう、あんな先輩見たくないんです」
「……ああ、約束する」
「絶対ですよ?」

 ズイと左門は小指を文次郎に突き付けた。文次郎は少し戸惑いの表情を浮かべたが、仕方なさそうに小指を絡める。

「破ったら、僕達に何か奢っててくださいね」

 約束の内容の割に軽い罰に、おうと文次郎は頷き承諾する。左門は名残惜しそうに小指を離し、居住まいを正した。

「これからお前達に、俺が知りうる範囲について説明する。……そうだ伊賀崎、後でジュンコを説得してやろう」
「本当ですか!?」
「ああ。それと次屋、お前も後で一緒に来てほしい所がある」
「分かりました」
「では説明に入る。これは本来なら上級生から知るべきことなんだがな……」

 話されるその内容に、三年生のみならず伸一郎もまた、驚かざるを得なかった。


*-*-*-*


「それでは、また後で」
「ああ」

 話を終え、授業に出るべく三年生とは一旦別れることになった。
 部屋の人口密度が一気に減り二人だけになると、何故だが物寂しさを感じてしまう。
 文次郎は気疲れたのか、ポスンと伸一郎の膝に頭を乗せて来た。所謂膝枕に伸一郎は嫌がる素振りも見せず、その頭を撫でる。

「朝からこんなに疲れるとはな……」
「仕方ねえよ、文ちゃん」
「それもそうだな……」

 ポツリと呟き、文次郎は口を閉ざした。目を閉じ、撫でる手に頭を擦り寄せる。

「なあ、文ちゃん」
「なんだ?」
「無茶、すんなよ」
「……お前はそればっかりだな」

 フッと笑う文次郎に、伸一郎はさてと邪魔にならない所に置いていた盆に視線を移した。一年生に食べられそうになったのを死守したそれは、すっかり冷めきっている。

「先に腹拵えするか」
「ああ、そうだな」

 文次郎はムクリと起き上がり、肩が重いのかコキコキと鳴らす。

「そうだ、伸一郎」
「んー?」
「お前、何か聞こえるか?」
「何かって?」
「……『助け』を求める声とか」
「いや、全く聞こえないけど」

 首を横に振り否定すると、そうかと文次郎は言い口を閉ざした。

20130215
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