何も知らない下級生に事実を打ち明けるのでは無く、真と嘘を入り混ぜ話し遠ざける。 文次郎と話し合いそう決めたのだが、伸一郎は思っていた以上にすんなりと下級生が信じてくれたことに安堵の息を吐きたくなった。 恐らくは文次郎という存在のお陰だろう。現に今も、下級生は無意識に文次郎の言葉を待っているように見える。文次郎もそのことに気付いたのか、伸一郎に目配せをして口を開く。 「お前達に演習のことを話したのは、これ以上被害を出さない為だ」 「被害ってなんですかー?」 「天女サマに不用意に近付いて、術にかかっちゃった下級生が続出しちゃったんだよねー、実は」 やれやれと呆れたように首を竦めると、は組以外の生徒が納得の表情を浮かべた。「だからだったのか」「あいつら馬鹿だな」とヒソヒソと小声で話す声が聞こえて来る。 これで彼等は少女により一層近付かなくなるだろう。そして上級生の異変に対しても、受け入れる準備が出来たはずである。 次は教師についての、これに関しては嘘だらけな説明である。 これは演習だから教師陣は一切手を出さない、口を挟まないことになっていると伝えると、下級生は素直に信じた。この辺りは忍たまらしいと言えよう。 (これで、先生達への不信感を募らせることはない、と) 今の下級生と教師の繋がりは固く太い。だと言うのにこんなことでその絆が途切れるのは、見るに耐え難い。 残るは委員会についてである。これは文次郎の方が話すのに適しているので、伸一郎は黙っておく。 「今話したように、上級生は訓練をしている。絶対に邪魔したらいけないぞ。不用意に近寄ると術がかかるかもしれないから、近付いてはいけない。いいな?」 「お話するのはダメですかー?」 「……んんん、残念だが、術にかかっている間は普通の会話も出来ないだろう」 「そうなんですか……」 「傀儡の術って凄いんですね」 「ああ、だから上級生だけなんだ」 「あっ、でも先輩。委員会活動はどうすればいいんですか?」 最後にして本題である話題を、有り難いことに下級生の方から振ってくれた。文次郎は素早く三年生と伸一郎に視線を走らせる。 「それなんだが、あいつらが元に戻る迄での間は三年生を委員長代理にすることに決めた。三年生のいない火薬と図書は、この松平伸一郎が代理を務める」 「宜しくー」 手を挙げて笑うと、火薬と図書の後輩から「宜しくお願いします」と元気な返事を貰えた。特に火薬には最上級生がいない為か、六年生が来てくれると嬉しそうにはしゃいでいる。 「上級生が抜けた分を、三年生と協力して補うように――あいつらが元に戻った時に、ちゃんと委員会活動出来たと自慢出来る位にな」 「はーい!」 「それと会計委員会」 ここで話が終わりかと思いきや、文次郎は己が所属する委員会の後輩達に目を向けた。キョトンとする後輩達に、文次郎がやや気まずそうな表情を浮かべる。 「暫くの間、俺は町の医師に診てもらうことになった」 「ええっ?」 打ち合わせになかった内容に、会計委員のみならず伸一郎も声を上げた。文次郎は黙って伸一郎の背中を抓りながら、実はなと話し出す。 「先もこいつが言った通り、俺は妖術に対して拒絶反応が起きる体質なんだ。それでここ最近体調を崩してばかりだから、町で療養してはどうかと話を持ち掛けられてな……」 非常に不本意だという表情を浮かべ、文次郎は気が進まないと言った風に話す。 一体どういうつもりなのか。伸一郎がそう矢羽音を飛ばすとバカタレと返された。 〈俺が暫くの間学園を離れる理由に決まっているだろう〉 〈……ああ、成る程〉 言われて伸一郎は納得する。 話し合いの結果、三年生に学園を任せ文次郎は『外』に出ることになった。外部の敵の侵略情報、少女についての情報流出、術の解き方等、学園にいては出来ないことを幼馴染みは一人でする。伸一郎にも役目が与えられたが、それは学園内でしか出来ないことだ。これから頻繁に外出する言い訳は文次郎一人分でいい。 然しながら、その言い訳は如何なものだろうか。ただでさえ文次郎の怪我がトラウマになっている三人に対しては逆効果な気もする。 「先輩がお医者さんに……」 ポツリと左吉が呟く。団蔵が俯き、左門が目を丸くする。 見兼ねた伸一郎が口を挟もうとしたその時、パッと団蔵が勢いよく顔を上げた。 「それはいいことです先輩! しっかり療養してきてください!」 「やっとお医者さんの所に行ってくれる気になったんですね!」 輝かしい笑顔を浮かべる会計委員会の一年生コンビに、伸一郎はずっこけた。 文次郎はと言うと、苦笑を浮かべながら二人の頭を撫でている。 「学園から通うが、委員会には顔を出せない日が多くなる。二人とも、左門を支えてやってくれ」 「任せて下さい!」 「よし。左門、俺がいない間頼めるな?」 「勿論です!」 「いい返事だ。神崎左門、今日からお前を会計委員長代理に任命する!」 「はい!」 ちょっと待てそれでいいのか会計委員会。 文次郎にキャッキャッと嬉しそうに群がる会計委員達に、伸一郎は無言のツッコミを入れる。 それを慰めるかのように、ポンと富松と藤内が伸一郎の肩に手を置いた。 20130214 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |