三年生を除く下級生で操られていない二年生は、い組の池田三郎次と川西左近に能勢久作、は組の時友四郎兵衛の四人。一年生はそれよりも多く、黒門伝七と任暁左吉、今福彦四郎に上ノ島一平のい組四人。鶴町伏木蔵と二ノ坪怪士丸、下坂部平太に初島孫次郎のろ組四人。全員のは組と、合計十九人。
 奇しくも全員が何かしらの委員会に所属しており、藤内は委員会が何か関係しているのではないかと考えている。

「委員会ごとに並べよ」
「保健委員はこっちね」
「会計はこっちだ!」
「会計はそっちじゃなくてこっちだ、左門!」
「生物はこっちに集まれー」

 それを他の三年生達も思ったのか、文次郎の指示がある前に後輩達を委員会ごとにまとめさせていた。
 一年は組は食堂に行っておらず、上級生の先輩達の異変を目の辺りにしていない為何時も通りだが、食堂にいた他の一年と二年は見てしまった為、どこと無く不安そうにしている。

(でもそれも、仕方ないな……)

 食堂で見た光景を思い出し、藤内は溜息を吐く。
 上級生から絶対に天女に近寄るなと命令され、それに従ったのは一年と二年だけだった。三年生は言い付けを破り動いた為、今の学園の状況を知った。
 なので上級生の異変が天女のせいだと直ぐに気付けたが、後輩達は違う。何も知らない彼等の目には、上級生が堕落したように映ったに違いない。
 チラリと横目でこの部屋の主を窺う。天女に操られていない上級生たった二人の内の一人、潮江文次郎はもう一人の松平伸一郎と矢羽音を交わし話し込んでいる。伸一郎は全く知らない先輩だが、文次郎は作法委員会の委員長である仙蔵と仲がいい為、接触する機会は多い方だった。このような状況の中、彼が正常だったことは不幸中の幸いだと思っている。

「何でそんな重要なことを先に言わねえんだ、バカタレ」
「いやー、まさかこうなるとは思わなくてさ」
「全く……。頼んだぞ、伸一郎」
「任せとけ」

 話し合いが終わったのか、二人は矢羽音を交わすのを止めた。小声で言葉を交わした後、伸一郎が手を叩き注目を集める。

「はいどーも、集まってくれて有り難うな皆。今からとっても大事なことを話すから、よーく聞いてくれよ。聞かなかったら文ちゃんの十キロ算盤が飛んで来まーす」
「算盤じゃなくて拳骨だ」

 笑顔でサラっと恐ろしいことを言った伸一郎に、文次郎がズレた反応を返す。
 だがそれで二人の本気を悟ったのか、後輩達はピシッと背筋を伸ばし聞く体勢に入った。三年生も言わずもがな、である。

「じゃあ言うぞ。実はな」

 ゴクリと誰かが生唾を飲んだ。
 今からこの二人が、学園の状況を下級生に説明する。藤内も暴れる心臓を押さえて待つ。

「今学園では、上級生合同の特別演習が行われているのでーす」

 三年生達の目が点になった。藤内もえっと目を丸くする。

「演習と言うより鍛練みたいなもんなんだけどねー」
「今上級生は、『傀儡の術』に抵抗する訓練を行っている」

 予想外のそれに三年生は固まった。全く現実と違うことを言う六年生に、驚きのあまり声が出ない。
 それを尻目に、真顔で偽りを吐く六年生に騙される後輩達は無邪気に質問を投げ掛ける。

「『傀儡』って何ですかー?」
「傀儡とは妖術の一種で、人の心を操る術のことだ」
「これにかかると、自分の意思とは無関係に身体が勝手に動く怖い術でさー」
「だが忍びたる者、妖術に抵抗出来るようにならなければならない」
「そこで学園長が妖術使いを呼んで、上級生を対象に妖術抵抗訓練が行われているんだー」

 最上級生の二人の言葉は、事実を知らなければ真のように聞こえて来る。特に潮江文次郎が学園一忍者をしている為、余計に真実味を帯びている。
 一二年生達はへえと感嘆の声をもらした。誰が妖術使いなのか、という質問さえ飛び出す。
 その質問に答えたのは、潮江文次郎だった。

「天川恋歌。お前達の言う天女だ」
「天女様?」
「天女というのは、妖術をかけやすくする為の罠だ。実際、天女という言葉に惑わされあっさりと術をかけられた奴もいる」
「上級生が皆に『近付いたら駄目』って言ったのは、皆が妖術にかからないようにする為だったんだぜー」

 その言葉はある意味嘘ではない。確かに天女は妙な術で上級生を操っている。
 嘘と真が入り混じる話に、藤内は困惑の表情を浮かべた。思わず腰を浮かそうとすると、数馬の服の裾を掴まれる。
 何だと見れば、数馬が首を横に振った。その間も文次郎達は話を進めていく。

「ただ俺とこいつは元からの体質で妖術がかかりにくくてな、この演習には参加していない」
「文ちゃんの場合、拒絶反応が起きて体調崩しやすくなるんだけど」
「それは言わんでいい!」
「まーまー。で、どうして俺達がこの話を皆にしたのかと言うと……」

 そこでスッと伸一郎が声をひそめた。浮かんでいた笑みは消え、真剣な表情が浮かんでいる。

「その妖術に、お前達の先輩ががっつり掛かってしまったんだ」

 一拍後、えーという後輩達の叫び声が上がった。一年は組は信じられないとばかりに驚いているが、二年の池田が「ああ!」と声を上げたことで場が変わる。

「だから先輩達可笑しかったのか!」
「先輩達が可笑しくなったと思っていたんですけど、そういうカラクリだったんですね」
「えっ、本当に操られているんですか?」
「ああ、食堂に行った時実際に見たんだ」
「そんな、先輩達大丈夫かな……」

 上級生への疑心が心配へと変わる瞬間を目の当たりにした藤内は、漸く文次郎達が意図することに気付いた。
 いつの間にか汗で滲んでいた手を握り締め、ゴクリと喉を鳴らす。

(潮江先輩達は、こいつらを無駄に心配させない為に、わざと嘘をついているんだ。立花先輩達が俺達を遠ざけようとしたのと同じように、こいつらを守る為に)

 何も知らない後輩達に事実を教え無駄に怯えさせるよりかは、わざと嘘をつき遠ざけ守る方が余程いい。例え何時か事実を知ることになっても、それは今ではない。今、彼等が事実を知る必要はない。
 余裕が無くなっていた為そのことに思い至らなかった藤内は、今一度最上級生の偉大さを思い知った。誰よりもこの状況に傷付いているだろう二人の、然し決して慌てず大切な後輩達を守ろうとするその姿勢に憧憬の念が浮かぶ。

「はい注目ー。まだ話は終わってないぞー」

 パンパンと再び手を打ち、伸一郎がざわめく下級生の気を引く。
 藤内も居住まいを正し、話に耳を傾けた。

20130214
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