別の方向に行こうとするのを手を引っ張ることで防ぐ。ただ歩いているだけなのに迷子になろうとするとは、と逆に感心してしまう。
 然し本人はと言うと、俯いたまま何も話さない。後ろには着いて来た他の三年生もいるのだが、彼等も揃って俯いたままついて来ている。

(そういやこいつら全員、委員会に所属してたっけ……)

 重苦しい空気に、伸一郎は連れてきたことを一瞬後悔した。だが今更取りやめる訳にもいかず、別方向に行こうとする左門を引っ張りながら廊下を渡る。
 部屋の前に着くと、左門の手がカタカタと揺れ動き始めた。伸一郎の言葉を聞いても不安なのだろう、後ろにいる三年生も息を潜めている。
 伸一郎は左門の手を離し、障子を開けた。ヒッと左門が小さく悲鳴を上げる。

「文ちゃん、お客さん」
「……左門?」

 気配で伸一郎以外にも人がいることに気付いていたのだろう、動揺を押し殺し何時も通りを装っていた文次郎が、思わぬ客人に目を丸くする。
 左門は潮江を見て固まった。伸一郎が背中を押すと、コケそうになりながら前に出る。

「左門? どうしたんだ?」

 様子の可笑しい後輩に、文次郎は心配そうに眉を下げた。左門の前で片膝をつき、そっとその頭を撫でる。
 その手の感触に我に返ったのだろう、潮江先輩、と消えうるような声で名前を呼ぶ。

「潮江、先輩」
「おう」
「潮江先輩、潮江、文次郎先輩」
「ああ」

 確認するように何度も呼ぶ声に、文次郎は焦れることなく返事を返す。それが文次郎が可笑しくなっていないと実感させるのか、徐々に呼ぶ声が大きくなり、大きな目に涙が浮かんで来る。
 等々堰が切れた左門が文次郎に飛び付いた。文次郎はそれを受け止め、宥めるように背中を撫でる。

「先輩、先輩っ! 潮江先輩っ!」
「ああ、ごめんな左門。また不安にさせてしまったみたいだな」
「先輩っ、先ぱあい……っ!」

 声を上げて泣きじゃくる左門の背中を撫でながら、文次郎は後ろにいた他の三年生に視線を移す。左右形の違う目が、切なげに細められた。

「伊賀崎、次屋、富松、浦風、三反田。お前達もすまなかった、俺が頼りないばかりに」
「……っ」

 予想していなかっただろう文次郎の言葉に、名を呼ばれた全員が息を飲んだ。次いで、真っ先に我に返った浦風藤内が「違います!」と声を上げる。

「先輩の、潮江先輩のせいではありません! 俺達は、僕達、は……っ!」

 ホロリと、藤内の目から涙がこぼれ落ちた。それを裾で拭いながら言葉を発しようとし、だがしゃくりあげる声にしかならない。
 文次郎は左門を片腕で抱きしめ、もう片方の手を広げた。それに、伊賀崎孫兵が真っ先に飛び込む。

「先輩っ、先輩っ! 竹谷先輩がっ! 竹谷先輩がぁっ!」
「すまない、すまないな伊賀崎。八左ヱ門を守れなかった」

 顔を埋め泣きじゃくる孫兵に、文次郎はただ謝った。それ以外にかける言葉が分からなかった、というのもあるかもしれない。
 フラリと左門の後ろに立ったのは、次屋三之助だった。左門を抱きしめる腕の服の裾を掴み、静かに涙を流す。
 三反田数馬もまた、孫兵の後ろに立ち文次郎の服の裾を掴んだ。溢れ出る涙に何度もしゃくり上げる。

「潮江先輩……」
「富松……」
「元に、戻りますか……? 先輩達、元に、元の、先輩達に……っ!」

 ただ一人必死に涙を堪えていた富松作兵衛の問いに、文次郎は「勿論だ」と答える。

「絶対に、俺があいつらを助ける。何があろうとも、絶対にだ」

 それに、崩壊寸前だった堰が切れた。富松と藤内、次屋と数馬が声を上げて泣き、文次郎に飛び付く。

「先輩っ! 先輩っ! 先ぱあいっ!」

 小柄とは言え六人に飛び付かれた文次郎は少し揺れ動いたが、倒れることなくしっかりと受け止めた。
 泣きじゃくる三年生を宥めつつ、黙って見ていた伸一郎に矢羽音を飛ばす。

〈伸一郎、頼みがある〉
〈なんだ?〉
〈あいつの支配下に置かれていない下級生を見つけて、ここに連れてきてくれ〉

 ぐっと三年生を受け止める腕に力が入ったのを、伸一郎は見逃さなかった。文次郎の目を見、ああと頷く。

〈分かった、文ちゃん。俺はお前の指示に従うよ〉

 文次郎の目から、動揺と戸惑いは消えていた。あるのは一切の感情を排した冷徹な心。『敵』を見据える、忍務時の目。
 幼馴染みが本気になったことに、伸一郎は直ぐに気付いた。幼馴染みが本気で怒り、少女を『敵』と認識したことに。

(天女サマも馬鹿だなあ、文ちゃんを本気にさせるなんて)

 持って来た盆を邪魔にならない所に置く。恐らく食べる頃には冷めているだろうそれに、内心おばちゃんに謝罪しながら合掌する。

〈じゃっ、行ってくる〉
〈ああ、頼んだ〉

 文次郎の指示を遂行するべく、伸一郎は音もなく部屋を飛び出した。

20130211
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