文次郎を部屋で落ち着かせた伸一郎は一人食堂に来ていた。そこでのガヤガヤと賑やかな光景に、自然と眉間にシワが寄っていく。

(分かってはいたけど、実際見るとこれはきついな……)

 食堂の中央に位置するテーブルには、件の少女がいた。何時もならその周りには伸一郎の友人達がいたのだが、今日は違う。

「恋歌、今日は私と町に行こう!」
「駄目ですよ、恋歌さんは私達と過ごすんですから」
「先輩たちばかり狡いです、私達だって恋歌さんともっといたいのに」

 少女のお気に入りとされていた六年から四年の生徒が、当然とばかりに少女の周りを陣取っていた。その中に文次郎の同室者と後輩、己のクラスメイトの姿を発見し思わず舌打ちをする。

「何やってんだよお前等……」

 昨日までは少女に抗い自我を保っていた彼等。然しとうとう少女の力に屈せざるを得なかったらしい。
 それを文次郎は己のせいだと責めているが、伸一郎はそうは思っていない。もしも本当に文次郎という壁を失ったから彼等がああなったとしたら、文次郎が倒れたその日に既に操られていただろう。だが文次郎が倒れても彼等は彼等なりの防衛手段で対抗していた。それよりも少女の力が勝った、ただそれだけの話である。

「ふふっ、皆で過ごそっか」

 お気に入りに囲まれ嬉しそうに笑っている少女に、怒りと吐き気が込み上げて来た。友人達が少女の側を離れたのは、お気に入りが集まりお役御免になったからのように見えて仕方ない。

(さて、これからどうするか……)

 然し、何時までも目の前のことに囚われているのは忍たま失格である。
 伸一郎は目を反らすことで少女達のことを意識の外に追いやった。カウンターへと向かい、忙しく働いている食堂のおばちゃんに事情を説明して二人分の食事を用意してもらう。

「ちょっと待っててね。直ぐに作るから」
「有り難うおばちゃん。おばちゃんの美味しいご飯を食べたら、文ちゃ……潮江も直ぐ元気になるな」
「あらあら、有り難う」

 急なことだというのに快く承諾してくれたおばちゃんが炊事場に消えるのを見届け、ふうと伸一郎は息を吐いた。
 本来ならばお手伝いさんである少女が来たことで仕事が楽になるはずだというのに、来る前と少しも変わっていない仕事量におばちゃんは文句の一つも言わない。それが少女を既に見切っているのか、将又少女に操られているのか。伸一郎に判断する術はない。

(先ずは状況確認っと)

 待ち時間を利用して、さりげなく食堂内を見渡す。
 何時もと違う光景に驚いているのは、見る限り下級生の一部しかいない。どうやら大半の生徒が少女の支配下に置かれているらしい。

(先生達は……分からないな)

 少女のことを「天女」と認めてはいるが、教師達は普段通りに見える。生徒達を試しているのか、それとも同じように支配下に置かれているのか。

(これも試験だったらどうしよっかぁ……)

 はた迷惑な思い付きで生徒を振り回す学園長を思い浮かべ、肩の荷が重くなる。
 今までは生徒の意思であることも考えられ断言出来なかったが、仙蔵達の異変によって状況が変わった。
 少女は学園の『居候』ではなく、『敵』になったのだ。
 もしもこれが生徒達の意思で少女に群がっていたのなら、伸一郎も文次郎も見限っていただろう。然し操られていると分かった今、仲間を見捨てることは出来ない。
 ここまで考えた上で学園長が今まで何もしなかったのだとしたら、とんでもない狸である。

「松平君、お待たせ」
「あざーっす」

 出来立ての朝食二人分が乗った盆を受け取り、伸一郎は直ぐに踵を返した。少女達に一瞥もくれず、真っ直ぐに出入り口へと向かう。

「待ってください!」

 それを、目の前に立ち塞がり止めた人物がいた。

「ん? 確か会計委員会の……」
「三年ろ組、神崎左門です!」

 三年生の証である緑色の忍び服に身を包む少年――神崎左門に、伸一郎は首を傾げた。左門は真っ直ぐに伸一郎を見上げている。その目に不安の色が浮かんでいるのは、気のせいではないだろう。
 潮江先輩は、と小さく発せられた声に、ああと伸一郎は納得した。

「文ちゃ……潮江は大丈夫。『変わって』ないから」
「ほっ、本当ですか!? 潮江先輩はご無事ですか!? 田村先輩みたいに変な風になっていませんか!?」
「なってない、なってない。ああ、けど……」
「けど!?」

 安堵したのか、それとも不安が拭い切れないのか、揺れ動き出した目に伸一郎は苦笑する。

「今凄く落ち込んでいるんだ、自分が守りきれなかったせいだって」

 一緒に励ましに行くか、と聞くと左門は間髪入れずに頷いた。よしと伸一郎は笑い返し、視線を周りに移す。

「今のこの状況を何とかしたいと思っていたら、お前達も来いよ」

 そこには、左門とよくつるんでいる他の三年生がいた。様子を見る限り、支配下に置かれていない少数派で間違いないだろう。
 盆を片手で持ち、左門に空いた手を差し出す。恐る恐る掴んできた手を離さないよう握り締め、伸一郎は文次郎の待つ部屋へと向かった。

20130211
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