「お前、今日は天女サマの自慢話しないんだなー」 「はあ? 何言ってんだよお前」 「……はっ?」 「天女様は何時も立花達と一緒にいるのに、なんで俺が自慢話するんだよ。いや確かに天女様は目の保養で癒しだけどさ」 伸一郎がその異変に気付いたのは、朝食を食べに食堂へと向かう最中、部屋が直るまで寝泊まりさせてもらう友人との、この会話がきっかけだった。 【第四章】 忘れ物をしたから部屋に戻るなと、伸一郎は来た道を戻っていた。然し向かう先は寝泊まりさせてもらっている部屋ではなく、六年い組の幼馴染みの部屋である。 (どうなってんだよこれ……っ!) 最早無意識の領域で足音を立てず走りながら、先程まで交わしていた友人との会話を思い出す。 その友人は盲目的に少女――名前は忘れた。伸一郎の耳に何故か残らないのだ――に恋い焦がれていたはずだった。毎日のように伸一郎を取っ捕まえてはひたすら少女の愛くるしさを一方的に語り、刷り込み完了した雛鳥のように少女の後を着いて回っていたを何度も目にしている。 だと言うのに今朝の態度。まるで前からそうであったかのように振る舞うそれに、伸一郎は戦慄した。 (第一『立花達』ってどういうことだよ!) ギリッと歯を食いしばる。嫌な予感に激しく心臓が波打っている。 い組の長屋に着くと、立っている文次郎の背中が見えた。その背中が泣いているように見えて、思わず伸一郎は無理矢理振り向かせる。 「文ちゃんっ!」 「伸、く……っ」 振り向かせた文次郎の目には、涙が溜まっていた。唇を噛んでいたのか小さく切れており、手からは血が滴り落ちていた。恐らくは爪が肉を突き破る程きつく固く握りしめていたのだろう。 ぐらりと文次郎の目が揺らぐ。そろりと伸ばされた手が、服の裾を掴む。 「あいつらが、操られて……っ!」 その言葉に、伸一郎の脳裏を友人の言葉が横切る。まさかと呟くと、文次郎がまた唇を噛み締めた。 (今度は立花達が、天女サマの取り巻きになっちまったのかよ……!) 見てはいないが、文次郎の様子からしてこの推測は間違っていないはずだ。沸き上がる怒りの感情に伸一郎は歯を食いしばり、だが今は文次郎の方が先だと無理矢理押さえ込む。 「まずは落ち着こう、文ちゃん。俺今から食堂行って何か貰って来るから、文ちゃんはここで待っていてくれ、なっ?」 優しく部屋の中へと促すと、文次郎は俯きながらも大人しく従った。伸一郎は一度辺りを見渡し、誰もいないか気配を探る。 伸一郎が感じ取れる範囲に人がいないことを確認し、二人は文次郎と仙蔵の部屋の中に入っていった。 20130210 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |