※「男主が急に愛称呼びを止め、仙蔵達の前で文次郎が泣き出す」ネタ 文ちゃんと呼ばれるようになったのは、何時からだっただろうか。何時から幼馴染みは、文次郎と呼ばなくなったのだろう。 「文次郎?」 困ったように笑う伸一郎に、あっと文次郎は服の裾を掴んでいた手を離した。無意識に引き止めたのを謝罪すると、いいよと首を横に振られる。 「じゃあ、後でな。文次郎」 手を一振りしてその場から立ち去る幼馴染みのその背中を、文次郎はただ呆然と見送った。 何故、という疑問が脳を埋め尽くす。どうして、という叫びが身体の内で燻る。 何故、名前で呼ぶ。どうして、愛称で呼ばない。 名前で呼ぶ時は大抵怒りを表す時だった。その時以外は何時も愛称だった。 ならば、己は彼を怒らせたのだろうか。彼に嫌われる程の何かを、してしまったのだろうか。 「文次郎?」 ぐるぐると巡る最悪の予想にただ突っ立っていると、たまたま通り掛かった留三郎に名を呼ばれた。それに返事を返さない、否、返せないでいると、乱暴に肩を掴まれる。 「おい文次郎、どうし……文次郎?」 顔を覗き込み、留三郎は文次郎の異変に気付いた。青ざめ目を見開いているそれに、どうしたんだと肩を揺さぶる。 「あれ、文次郎に留三郎。どうしたんだい?」 「……文次郎?」 そこに何の偶然か、将又必然か。伊作と仙蔵が通り掛かった。仙蔵は文次郎を見、その異変に直ぐさま気付いた。留三郎を押し退け文次郎の前に立ち、頬に手を添え覗き込む。 「文次郎?」 「せん、ぞ……」 六年間同室として過ごし、最も信頼していると言っても過言ではない仙蔵の顔を見て、文次郎の涙腺が切れた。 一滴、頬を流れ落ち。一滴、また一滴と溢れるようにしてこぼれ落ちて来る。 文次郎は仙蔵の肩に顔を埋めた。仙蔵は文次郎を抱き寄せ、その背中を撫でる。留三郎と伊作は予想だにしなかったその涙に、ショックに似た衝撃を受けていた。ただ呆然と、仙蔵に寄り掛かる文次郎を見る。 文次郎はそれにすら気付くことなく、ただただ、幼馴染みのことを思い涙を流すだけだった。 20130201 男主が愛称で呼ばなくなった訳を熟慮する必要がある。 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] |