「松平先輩」 医務室を出て来たのはいいものの、イケドンアタックで自室が壊されていたのを思い出しどうしようか迷っていた伸一郎は、余り聞き慣れぬ声に呼び掛けられた。 声の方を見れば、文次郎の委員会の後輩である田村三木ヱ門が駆け寄って来ていた。少し離れた所では綾部、滝夜叉丸、タカ丸が待っている。 文次郎のことかと直ぐにピンときた伸一郎は、予想通り「潮江先輩は……」と窺う三木ヱ門に大丈夫だと笑いかける。 「イケドンアタックに巻き込まれて今医務室にいるけど、体調は全然大丈夫。早く鍛練に行きたいって騒いでるぜ」 「そうですか、良かった……」 ホッと息を吐く三木ヱ門は、心から文次郎のことを心配していたのだろう。幼馴染みのことを慕ってくれていることが嬉しく、思わずその頭を撫でる。 「有り難うな、文ちゃんのこと心配してくれて」 ポンポンと数回叩くと、三木ヱ門は撫でられた所を触り目を丸くした。伸一郎を見上げ「同じだ」と呟く。 その呟きは小さく、伸一郎には届かなかった。だが三木ヱ門が何か呟いたことだけは分かり、何だと首を傾げる。 「どうかしたのか?」 「……いえ、何時も潮江先輩がお世話になっています、とお礼を申し上げたんです」 フッと三木ヱ門は笑い、本音をはぐらかした。伸一郎は嘘であると気付いてはいたが、追及することはせず「いやいや」と嘘に乗る。 「それはこっちの台詞かもなー。無茶ばかりする文ちゃんがお世話になってます」 「潮江先輩の無茶ぶりには慣れましたし、嫌ではありませんので」 「ははっ、俺もだよ。知ってたか? 文ちゃんの無茶ぶりは愛情の裏返しだって」 「はい、会計委員一同気付いております」 「なら良かった」 嬉しい答えに伸一郎は安心し、顔を綻ばせた。そしてこれ以上三木ヱ門の連れ達を待たせては申し訳ないと踵を反す。 「じゃあな」 「あっ、松平先輩」 「んーん?」 「先程不破先輩からお饅頭を戴いたのですが、私達で食べるには少々多いので……。もし良ければ貰ってくださいませんか?」 「いいの?」 「はい! 少しお待ち下さい」 戴けるなら貰おうと頷くと、三木ヱ門は直ぐに踵を返し連れの方へと向かって行った。二・三言交わしてから戻って来た彼の手には、懐紙に包まれた饅頭が二つある。 流石に二つもいらないと断ったが、三木ヱ門はニッコリと笑い無理矢理伸一郎に手渡す。 「今度潮江先輩の昔話でも聞かせてください。これはその前賃ということで」 「えっ、でも俺文ちゃんとは……」 「それでは、失礼致します」 伸一郎の言葉をバッサリと切り、三木ヱ門は待たせている連れの方に戻って行った。 その後ろ姿を呆然を眺め、手元にある饅頭を見る。 「……文ちゃんと分けるか」 頬を掻きながらそう思ったが、医務室に戻るのは正直気が進まない。仕方ないので会った時に渡そうと一つを懐にしまい、残る一つを口の中に放る。 その饅頭は全身が麻痺しそうな位甘く、伸一郎はグッと苦しそうに呻いた。 20120125 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] |