「別に、信頼している訳ではない」 仙蔵との口喧嘩に敗れ、もういいと鼻息が荒く医務室を出て行った伸一郎を見送りながらポツリと仙蔵がそう呟いた。 後で伸一郎の機嫌を取りにいかねば、と苦笑いを浮かべていた文次郎がそれに「そうか」とだけ応える。 「文次郎、私はあいつが嫌いだ」 「知ってる」 「これからこの先も、恐らく変わらないだろう」 「だろうな」 「だが、な」 仙蔵は文次郎を見、フッと小さく笑った。それは呆れているようにも見え、可笑しそうしているようにも見える、様々な感情が入り混じった笑みで。 『俺が嫌いだって言ったけどさ、立花』 仙蔵にとって伸一郎は、親友である文次郎を苦しめ傷付ける存在でしかなかった。自分勝手な理由で他人のフリをし、挙げ句の果てには涙を流させ。それだと言うのに、何事も無かったかのようにその隣に居座るようになり。 悔しくて、憎たらしくて、文次郎の相方という己の居場所までも奪われる気がして。 幼馴染みというその居場所が、恐ろしくて、羨ましかった。 『俺は羨ましいよ、文ちゃんの隣にいるお前が』 それが向こうも同じだったと気付いたのは、合同演習の時。最後の最後で矢羽音ではなく消えるような小さな声で呟かれた、伸一郎の本音。 『俺は、あいつの背中を追い掛けることしか出来ないから』 それが耳に届いた時、仙蔵は伸一郎を憐れに思った。この男もまた、文次郎に振り回されているのかと。 伸一郎伸一郎と幼馴染みに甘える文次郎を見て、居場所が奪われないかと心配する己のように。仙蔵仙蔵と同室者を信頼する文次郎を見て、居場所を奪われないかと心配して。 「あいつがお前の幼馴染みであることだけは、認めようじゃないか」 結局の所同じ穴の狢だったことに気付かされた仙蔵は、自分から譲歩することにした。己の方が器が大きいのだと知らしめる為に。 無自覚に無意識に同室者と幼馴染みを振り回している文次郎は、仙蔵の言葉に嬉しそうに笑った。 代わりに、話の要領が掴めず黙って聞いていることしか出来なかった伊作が、初めて知った事実に「ええ!?」と声を上げる。 「幼馴染みって、嘘っ、松平と文次郎が!?」 「なんだ、今頃気付いたのか?」 「聞いてないよそんなこと! あっ、じゃあもしかしなくても前文次郎が松平の分まで払ってたのも、妙に松平が文次郎に馴れ馴れしかったのも……!」 「幼馴染みだからだ」 「何で教えてくれなかったのさ!」 「お前達が勝手に勘違いしたんだろうが」 「そんな、酷いよもんじ! 僕達親友じゃなかったのかい!?」 「なっ、何で俺が責められねえといけないんだよ……」 仙蔵は知っていたのに己は知らなかったことがショックだったのか、伊作が喚き立て、文次郎がうろたえる。これが留三郎だったら殴り合いの喧嘩に発展していただろう。 「先生から饅頭貰ってきたぞ!」 「……皆で食べよう……」 「おいこら文次郎! お前アヒルさん壊してないだろうな!?」 キャンキャン伊作がほえ立てている内に、仲のいい何時もの面子が医務室に集まってきた。 伊作と文次郎の間に割り込み、小平太が持って来た六人分の饅頭を笑顔で掲げる。 丁度いいと仙蔵は内一つを取り、文次郎の口に押し込んだ。ングと目を丸くしたが大人しく食べる文次郎で安全を確認し、己の分も取る。 「毒は入ってないみたいだな、有り難く頂こう」 「っておい! 俺は毒味役かよ!」 「でも文次郎に効く毒なんてあるのかなあ? 小平太、僕にも頂戴」 「文次郎は鉄粉お握りも食べれる鉄の胃袋だからな。小平太、俺にもくれ」 「……文次郎は一度、検査をした方がいい……小平太、私にも……」 「――とか言いながらお前ら饅頭食べんじゃねえよ!」 「なはは! 文次郎言われ放題だな!」 「だがそれでこそ文次郎だ」 散々な言われように「うるせえ!」と涙目になる文次郎を眺め笑いながら、仙蔵は饅頭を頬張る。 含んだ瞬間蜂蜜よりも甘いものが口の中に広がったが、直ぐに饅頭のほど好い甘味で一杯になり、その美味しさに顔を綻ばせた。 20130124 prev 栞を挟む next [目次 表紙 main TOP] ![]() |